(6-6)
「その方、名を何という」
「坂巻悠斗と申します」
「駿府へ来たら我のところへ参れ。この戯画の続きが気になるのでな」
「かしこまりました。書き上がり次第、お届けに参ります」
「そうしてくれるか。よし、ならば我の鞠をそなたに授けようぞ」
もらっても困るけど、断る理由もないので俺はひざまずいて両手を差し出した。
「ありがたき幸せ」
「うむ、我も楽しみにしておるぞ」
唖然とした表情の義元をおいて、脱いだ俺の靴を両手にはめながら氏真が去っていった。
家臣たちも何しに来たんだあいつはという表情をしているが口に出す者はいない。
咳払いをした今川義元が本多忠真に申しつけた。
「では、沓掛城の元康殿には今川家の感謝を総意として伝えてもらいたい」
「ははっ。この忠真、若殿に代わってお礼を申し上げまする。必ずやそのありがたきお言葉伝えまする」
本心を隠したまま会見は終了し、俺たちは岡崎城下の本多忠真の屋敷に入った。
夜も更けていたが忠真は六太郎忠勝を位牌だけの簡素な仏壇の前に呼び寄せた。
「兄忠高に報告せねばならぬ」
位牌に向かって祈りを捧げる二人の後ろで、俺と前田利家も手を合わせた。
「そなたは本当に平八郎になりきる覚悟はできておるのか?」
忠真ににらみつけられた六太郎は目を泳がせていたが、拳に力を込めると深く息を吸い込んだ。
「はい」
「そうか。ならば何も言うまい。これからは忠勝として生きよ」
俺たちは忠真の屋敷で一夜を明かした。
正直なところ、忠真に寝首を掻かれるのではないかと心配していたのだが、連日の長距離移動の疲れからか、俺はあっという間に眠りに落ち、いびきをかいてぐっすり寝ていたらしい。
「もとより卑怯な不意打ちなどするつもりもないが、昨夜今川の大殿に頂いた刀でそなたを刺そうと思いはしたが、あまりにも豪胆に寝ておるので殺意も失せたわい」
澄んだ朝の日差しを背に口をゆがめながら笑った本多忠真はその短刀を俺に放ってよこした。
「わしには必要ない。そなたが持っていろ」
「いいんですか」と、俺は繊細な装飾が施された名刀を眺めた。
「今川には散々煮え湯を飲まされてきた。おぬしへの怒りなど生ぬるく思えるほどのな。けじめの意味で手放すのだ」
甥の死も強引な影武者も全部飲み込んでしまえるほどの屈辱がどのようなものなのかは知るよしもないが、味方でいてくれる以上俺はその気持ちに報いたいと思いながら、今川の短刀をありがたく受け取った。
約束通り日の出と共に岡崎城を退去した今川勢を見送ってから俺たちは沓掛城へ向かった。
織田と松平の同盟が成立したら、漫画を楽しみにしている氏真には申し訳ないが、俺は駿府へ行くことなどできなくなるだろう。
裏切り者のデイブ・スミッシーと、やっていることは変わらないのかもしれないな。
史実通りにするためとはいえ、そもそも織田信長に桶狭間への出馬を進言したのは俺なんだし。
だが、そんな謙虚な反省など、この下剋上の乱世では何の役にも立たないようだった。
沓掛城に戻った俺に待ち受けていたのは、無実の罪を晴らすどころか、理不尽で過酷な運命だった。
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