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それからしばらく無言で靴を見つめていた氏真は、顔を上げて再び俺をまっすぐに見つめた。
それはまさにスポーツ用品店で憧れの選手のモデルを試着してみた令和のサッカー少年と同じ目だった。
「これを我に譲ってはくれぬか。蹴鞠に使えば無敵ではないか」
ランニングシューズだからサッカーシューズほど特化していないけど、この時代の靴にくらべたらはるかにやりやすいだろう。
困ったことになったとは思ったものの、同時に、これはチャンスなのかもしれないと俺は気づいた。
この乱世を生きていく上で、こんなランニングシューズくらいで今川家の現当主を味方にできるなら迷うことはない。
「いいですよ。俺ので良ければ差し上げます」
「まことか!」と、氏真は板張りの床の上で靴を履き軽やかに飛び跳ねる。「何でお礼をしたら良い?」
「いえいえ、お礼など。ほんの気持ちですから」
床を泥まみれにしてはしゃぐ若殿を見つめる家臣たちの表情は渋いが、氏真は懐から鞠を取り出し、リフティングを始めた。
――うおっ、こいつ、いつもそんなもん持ち歩いてんのかよ。
ボールはフレンドかよ。
鞠を落とすことなく縁側に出て、従者たちに命じて篝火を集めさせると、ナイター設備を整えた中庭で蹴鞠が始まる。
ダンスのごとき足取りで赤い炎に照らされた鞠を軽やかに扱う姿が闇に揺らめき、幻想的な曲芸団の演目でも見ているかのようだ。
渋い表情だった家臣団もみなうっとりと眺め始めている。
――あ、そうだ。
俺は控えの間にいる取次役に紙と筆を頼んだ。
「絵を描いておるのか?」
前田利家が筆を執った俺の手元をのぞき込む。
そう、俺が描いているのは令和の大人気漫画『隼ストライカー瞬』の主人公だ。
小学生の頃に授業そっちのけでノートに落書きしてたのが今になって役に立つとは。
キャラもストーリーも丸パクりだけど、戦国時代だからどこからもクレームなんてこないだろう。
世界大会でマルセイユルーレットを仕掛けてきたフランスチームのMFからボールを奪い、逆にディフェンスを同じ技で翻弄しゴールを決める名場面だ。
「これを若殿に」
従者から手渡された氏真は目を輝かせながら駆け寄ってきた。
「これは南蛮蹴鞠か?」
「はい。十一人ずつのチーム……軍団に分かれて競い合う競技です」
「おお、おもしろそうじゃのう」
氏真はさっそく若い従者を相手にマルセイユルーレットを試し始めた。
「ほう、なるほど。こうか……」
くるりと回転するなり、いきなり股抜けまで成功してみせる。
――すげえな。
天才じゃねえか、コイツ。
日本代表にいたら、本当に世界大会での優勝も夢じゃなくなるかも。
『氏真ジパング』とか伝説になったりして。
何度も繰り返し氏真が家来を翻弄している間に、俺はもう一つ主人公の瞬が世界大会でイングランド代表相手に決勝ゴールを放ったシーンを描いた。
絵だけでなく、古語に自動翻訳された文字も書き込む。
《側方より上がりし鞠はるか頭上を越えんとせしを、ひらり一閃宙返りにて捕らえれば、見事的にぞ吸い込まれぬる》
「ほう、つまりこういうことか」
そうつぶやいた氏真は鞠を空中高く蹴り上げると、自らの体を宙に躍らせ、オーバーヘッドで鋭く蹴り飛ばし、見事石灯籠に当てて見せた。
――うおおっ。
家臣たちの口からどよめきが起き、涼しい顔の氏真がキッと俺を見つめる。
こいつ、一発でバイシクルシュートを決めやがった。
「これはすばらしいのう。この競技を広め、国ごとに代表を出して競い合えば、戦などせずとも済むのではあるまいか。三河代表対尾張代表の試合が実現しておれば、こたびの戦もなかったであろうに」
今川氏真が目を輝かせながら、まるで近代五輪精神のようなことを語り始める。
史実では蹴鞠に夢中で今川家を滅ぼした無能な男と思われているけど、むしろ、生まれる時代を間違えた秀才なんじゃないのか。
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