(5-9)
「この計画にはもう一つ意味があります」
「それは?」と、前田利家が俺を見つめる。
「岡崎城にいる今川義元に、今川方に織田家の奇襲を密告した南蛮人が誰なのかを聞き出すことができます」
「つまり、おぬしの無実の罪を晴らせるというわけだな」
前田利家は大いにうなずいているが、藤吉郎は納得していないらしい。
「悪くない考えだが、わしらが今川義元と会見できるわけないであろう。わしらは織田家臣だ。松平勢と偽ったところで、お目通りのかなう身分ではないからな。本人の口から聞けないのならば、おぬしの身の証とはならぬぞ」
うう、それはそうだな。
前田利家も腕を組む。
「酒井殿の従者として控えているだけではだめか。控えの間まで会見の声が届けばいいだろう」
「まあたしかにそれでもいいかもしれないが、そもそも酒井殿がわしらを今川に突き出したら終わりだ」
『尾張国だけにね』と、こんなところでデイブのダジャレが思い浮かぶ。
――いや、岡崎は三河だろ。
俺のツッコミもどうでもいい。
「我らは『若殿』のご意向に従うまで。この期に及んで裏切りなどは考えてはおらぬ」
酒井忠次の言葉に、本多忠真は渋い表情で吐き捨てた。
「わしも恨みを持っていることは隠さぬが、裏切る気はない。御家のため、武士として誓う」
今は松平元康となった世良田村の作兵衛はおどおどしながらつぶやいた。
「おいらが偽物だと見抜かれたらどっちにしろ終わりだろ」
たしかに、今川の人間はみな元康の顔を知っている。
のこのこ岡崎へ行けば、すぐに影武者だとバレるだろう。
「とりあえず、『若殿は負傷して沓掛城にて治療中』と言い訳すれば使者だけでも疑われないだろうし、むしろ、大将が負傷するほどの総崩れと思わせることもできるかもしれないですね」
「よし」と、藤吉郎が俺たちを見回す。「わしが丹下砦のお館様に沓掛へのご出馬をお願いしに行く。ここで作兵衛は待て。酒井殿の付き添いでお館様との会見をおこなうこととしよう。又左とサカマキは本多殿の従者として岡崎へ行って、さっき申していたとおりの計略を実行して今川を追い出してくれ。南蛮人の件も又左が証人となればサカマキの無実も確かめられるであろうからな。それでどうだ?」
居合わせたみながうなずいた。
「又左、書状はできたか」
「はいよ」
「では、急がなければな。時間がたてばたつほど、今川をだませなくなる」
すぐさま立ち上がった藤吉郎に続いて俺たちも早速行動を開始した。
独り六太郎だけが縁側に座ったままだ。
「おい、平八郎、何をしておる」と、忠真叔父が頭をはたく。「そちも我らについて参れ」
「えっ」と、見上げた六太郎の額をさらに拳で突く。
「ぼやぼやするでない。二つ足りぬなどとのんきなことは言っておれんぞ」
「いてててて」と、耳を引っ張られながら立ち上がって、六太郎忠勝も本多忠真についていった。
俺も前田利家と並んで歩きながら礼を言った。
「藤吉郎に口添えしてくださってありがとうございました」
「なに、いいってことよ」と、六尺の大男が笑顔を見せる。「お互い様だ。俺も織田家では厄介者扱いされておるからな」
沓掛城を出たのは夕方の六時だった。
すでに雨雲は流れ、夏至に近い時期の西日が差し込んで、東へ向かう俺たちの行く手を明るく照らしていた。
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