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「話はついたようだな」と、藤吉郎が口を挟んだ。「いつまでもしんみりしておらんで織田の本陣へ使いを出してくれ。松平元康が織田家と組むために会見を申し入れるとな」
「あい分かった」と、酒井忠次が立ち上がろうとしたところを、前田利家が呼び止めた。
「俺が書状を書くゆえ、それを御使者に持たせてくだされ」
藤吉郎が向き合う。
「又左よ、そなたはまだ帰参がかなったわけではないぞ」
「だが、サル、おまえは字が書けぬであろう」
「それはそうだが」
「影武者のことは伏せるが、俺の手柄を記して織田家に帰参できるようにしたいのだ」
「まあ良かろう。おぬし一人の問題ではないからな。まつ殿のことも考えんとな」
「恩に着るぞ、サルよ」
前田利家は紙と筆をもらって早速手紙を書き始めた。
昔の人の文字は読めないが、脳内に翻訳文が表示される。
自分の活躍により松平勢を味方に引き入れることに成功したと、かなり盛ってあるが、べつに構わないだろう。
と、また脳内モニターに新しいアラートが表示された。
《今川勢が岡崎城へ入りました》
あ、そうか。
沓掛城はまだ松平の領内ではないんだよな。
「今川勢が岡崎城へ入ったそうです。このまま駿河へ退去すると思いますか?」
俺の問いかけに藤吉郎が笑う。
「相変わらずおもしろいことを言う男だ。なぜ今川勢の状況が分かる」
説明しようがないから俺は無視して続けた。
「岡崎城で立て直して居座られたら、織田方についた松平は居場所を失いますよ。この計画は無駄になります」
「じゃあ、どうしたらいい」と、前田利家が筆を止めた。「おぬしが申していたように松平が総崩れと早馬は出したが、もともと数で勝る今川が引き返してきたら勝ち目はないな」
前田利家の冷静な分析に藤吉郎の表情も引き締まる。
「じゃあ、どうするというのだ、又左よ。ここにおる松平勢もせいぜい数百。またどこかで奇襲を仕掛けるか?」
俺は一つの考えを示した。
「今川はまだ松平が織田方につくと決めたことを知りません。岡崎城へ戻ってきたと見せかけて今川がおとなしく去ればそれで良しとする。今川が岡崎城を明け渡さない場合は偽計を使って追い出すというのはどうでしょうか」
「偽計とは?」
「織田方に沓掛城を奪われ、勢いに乗って岡崎城へ向かっていると嘘を伝えるのです。立て直す余裕を与える前に偽計を用いれば、今川も岡崎城に固執することはないでしょう」
「そううまくいくかのう」と、藤吉郎は腕を組んで首をひねったまま黙り込んだ。
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