(5-6)
俺にというよりはむしろ自分の喉に刀を突きつけたような思い詰めた表情のせいで、酒井忠次よりやや下の三十歳くらいなのに令和の六十過ぎに見える。
この時代の人間が生き急いでいるのか、令和が平和すぎるのか俺には分からない。
「わしはそなたを許したわけではないが、決して後ろから刺すような真似はせぬ」と、俺に顔を突き出す。「だがな、正面から刺されぬように気をつけられよ」
眉間に深いしわを寄せた鋭い目に見据えられて俺は返事ができなかった。
と、そこへ酒井忠次がもどってきた。
「若殿のお成りである、みなの者控えい」
「ははっ」と、本多忠真が平伏する。
織田方の二人と俺はあぐらをかいた格好で足音のする廊下の方を向いていた。
松平元康の金陀美具足を身につけた世良田村の作兵衛だ。
馬子にも衣装ということわざそのままだ。
顔を上げた忠真が呆然とした表情で黄金の甲冑を見つめている。
「これは、いったい……」
「本多殿、若殿である。帰還のご挨拶をなされよ」
「はあ」と、なおも首をかしげる。「して、若殿はどちらに」
「こちらにおわすではないか」
「酒井殿、これはどういうことでございますかな。若殿の甲冑をどこの馬の骨とも分からぬ者が身につけるなど、無礼にもほどがありますぞ」
「分からぬのはその方ぞ、本多殿。こちらにおわすのは紛れもなく若殿ではないか」
忠真の表情が再び引き締まる。
「なんと、平八のみならず、若殿まで討ち死になされたのか」
「めったなことを申すな」と、忠次が声を潜める。「討ち死になどと知られれば松平の家は断絶じゃ。我らの三河は今川に好きなように切り取られる。ここにおわすのが我らが松平の若殿なのだ」
膝をすりながら忠真が筆頭家老に詰め寄る。
「酒井殿、本気でござるか」
「もちろん、冗談でできる話ではない。殿の死を隠して乗り切るしかないのだ」
そして、俺たちの計画を説明した。
「今川と手を切り、松平家は織田と組む。忠真殿も、こたびの戦で今川が我らを見下しておることは痛感したであろう。若殿も人質以来これまで充分に苦労を耐え忍んでこられたのに、結果としてこのような仕打ち。もはや今川に義理立てする筋はござらぬ」
「わしもそのように思うて鳴海城を明け渡してきた」と、忠真が深くうなずく。「先鋒を仰せつかって命を投げ出しても、今川にとっては使い捨ての安い駒だったのであろうな」
深いため息と共に忠真は拳で床をたたきつけた。
「松平の御家のため、この忠真、すべてを飲み込みまする」
「うむ、それでこそ忠義。忠真殿の同意、この忠次ありがたく礼を申すぞ」
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