(5-4)
ふと、とりとめもないことを考えている自分に気づいて苦笑してしまう。
俺は捕らえられ縛られ殺されるかもしれないのに、清潔とか快適なんてことを気にしている場合じゃないだろうに。
ただ、現実感が欠けていて思考が広がっていかない。
令和の高校生にとって、こんな生命に関わる状況がかけ離れすぎているからだろうか、映画やドラマを見ているような感じで、自分が主人公という自覚がおこらないのも仕方がないのかもしれない。
ただ、そのおかげで、パニックにはならずに済んでいた。
少しして、周囲が騒がしくなってきた。
大勢の人の足音や、積み荷か何かを下ろす音が聞こえる。
小屋の扉が開いて藤吉郎と前田利家、それと酒井忠次が現れた。
「来い」
藤吉郎が乱暴に縄を引っ張り上げ俺を無理矢理立たせる。
おとなしく従うと、表に引き出され、城の館に連れていかれた。
城内の空き地には疲れ切った様子の雑兵たちがいた。
みなうつろな目で座り込み、手にした握り飯をかじっている。
「鳴海城から撤退した松平の兵だ」
藤吉郎の説明に、さっき脳内で見た中継の様子を思い出す。
「本多忠真の軍勢か」
「なぜおぬしがそれを知っているのかはさておき、その通りだ」
気絶していた俺が正確に情報をつかんでいることを怪しまれてしまったようだ。
建物で囲われた中庭に面して広い板張りの部屋があり、真ん中にぽつんと鎧姿の小男がいる。
映像で見た本多忠真だ。
ちらりと俺に目をやっただけで、うつむいてじっと板張りの模様を眺めている。
「殿を呼んで参る。ここで待たれよ」
酒井忠次が縁側へ出て奥へ向かうと、前田利家が俺の縄を解いてくれた。
「ありがとうございます」
礼を述べても利家は顔をそらして無言だった。
代わりに藤吉郎がつぶやく。
「やはりおぬしは今川の間者であったか。わしの目は節穴ではないぞ。というより、お館様の目が鋭く見抜いていたと言うべきであるがな」
「俺はスパイ……間者ではない」
「だが、今川に我らのことが筒抜けだったではないか。お館様は昨夜俺を呼び出して、『あの南蛮人を見張れ。怪しいと思えばすぐに殺せ』とおっしゃっていたのだ」
「俺は裏切ってなどいない。今川の軍勢が撤退したのは予想外だったが、織田方にマイナス……不利な結果ではなかっただろう」
「昨夜のうちに丹下砦を抜け出して、今川義元のいたこの沓掛城まで知らせに来ることは可能だった」
前田利家が口を挟む。
「俺は出口で休んでおったが、南蛮人の服装をした者は出てこなかったぞ」
「服を替えれば分かるまい」
「だが、夜中に二里も往復できるであろうか。この者は道も知らぬだろうし、そもそも、今川方が全軍を引き返す決断を下すほどこの者の言うことを信用するとは思えぬが」
「だからこそ、今川の間者という証であろう」
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