(5-2)
松平の使者が去ると、脇に控えていた家老の林秀貞がそっとたずねた。
「殿、よろしいのですか。敵を無傷で返すなど、将来の禍根とならねば良いのですが。少なくともけじめとして本多殿に切腹を命じるべきではございませぬか」
「それは浅い考えというものよ」と、信長はほくそ笑む。「抵抗もせずおめおめと無傷で帰ってきた将兵を三河ではどう迎える。さらに守備を命じておいて自分たちだけ手を引いた今川の心証はどうだ。恥や恨みほど団結を引き裂く秘薬はあるまい」
「なるほど、内部からの分裂を促すと。殿の深いお考え、感服いたしました」
「それにしても南蛮人か」と、織田信長が宙をにらみながらつぶやく。「河尻」
指名された丹下砦守将の河尻秀隆が前に進み出る。
「ははっ、お館様何用でございまするか」
「その方、昨夜サカマキとか言うあの南蛮人を見たか」
「はい。あ、いや、昨夜ではございませんが、今朝方であれば握り飯を配っておるときに話をしました。見慣れぬ服を着ておりましたので」
「では、夜のうちには見かけておらんのだな」
「はい。拙者は見ておりません」
横から林秀貞が口を挟む。
「丹下砦から沓掛城までは二里(八キロメートル)ほど。一晩のうちに往復できますな」
「うむ、あやつ、我らを裏切りおったな」
――おいおい、ちょっと待てよ。
俺は思わず脳内ディスプレイに向かって反論しようとしていた。
俺がそんな裏切り行為をするわけないだろ。
織田信長に天下を取らせるために軍師になったんだからな。
もちろん、そんな言い分がモニターの向こうに伝わるはずもなく、軍議が進んでいく。
信長がふっと息を吐く。
「織田家に耳寄りな情報を届け、今川方にも内通していたとは、あの南蛮人やはり食えぬな」
「南蛮人の申すとおりに出張って松平の軍勢を蹴散らしたのは僥倖でしたが、今川に待ち伏せされていたかも知れませぬな」
「うむ、どちらでも勝った方から褒美を取ろうとしていたのであろうが、わしの目は節穴ではないことを思い知らせねばならぬようだな」
信長のやつ、完全に俺のことを疑ってやがる。
今川を取り逃がしたにしろ、松平を殲滅できたのは俺のおかげなのに。
だが、俺じゃないとしたら、誰なんだ。
南蛮人と言えば……あいつか。
――デイブ・スミッシー。
そうだ、あいつだ。
実際、桶狭間で馬に乗ったあいつに会った時、東の沓掛城の方から来てたよな。
今思えば、あれは今川方に情報をもたらして帰ってくるところだったんじゃないのか。
ちきしょう、デイブのやつ、俺たちを今川に売りやがって。
このままで終わると思うなよ。
俺は全国統一を千回成し遂げた最強の軍師なんだ。
最果ての蠣崎ですらシミュレーションを繰り返して勝ちパターンを発見してきたんだ。
絶対にゲームオーバーになんかさせないからな。
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