(4-18)
「俺はまつ殿以外の女をめとるつもりはないぞ」
前田利家のそんな主張を無視して俺は続けた。
「作兵衛を松平元康の影武者にするんだ。久作は本多忠勝になりすませ。おい、二人とも、甲冑を脱がせて身につけろ」
俺に言われても、二人は腰を抜かしてへたり込んで動けずにいる。
「何言ってんだよ。無理に決まってるだろ。できるわけねえよ。俺たちが殿様になれるわけないだろ。誰が見たってすぐに偽物だって見抜かれるぜ」
「殿様なんて飾りだ。家来が本物だと認めればそのまま通用する。そのためにも、酒井忠次殿の助力がいるんだ」
織田の連中はまだ松平元康の討ち死にを知らない。
甲斐の武田信玄も自分の死を三年隠せと遺言したんだ。
できないはずはない。
俺の脳内ディスプレイに人物アイコンが表示される。
《作兵衛を松平家の後継者としますか?》
俺は迷わず《はい》をクリックした。
軽やかなファンファーレと共に、新しいウィンドウがポップアップする。
《世良田村の作兵衛が松平元康として松平家を継ぎました》
新しいシナリオの始まりだ。
俺は軍師として作兵衛を操り、戦国の時代を切り開いていくんだ。
「しかたがない。御家のために、わしも一肌脱ぐか。これもまた亡き若殿へのご奉公というものだな」
酒井忠次はそうつぶやきながら立ち上がった。
シナリオが動き始めると、どうやらそれに従うようになっているらしい。
利家は押さえつけることもせず、沓掛城へと向かうその背中を見守っている。
血の臭いも、恩義も忠義も、降りしきる雨がすべてを洗い流していく。
史実とはまったく異なる俺たちの桶狭間はこうして幕を閉じた。
それにしても、本当にここは桶狭間だったのか?
史実とは異なる思いがけない出来事ばかりで、なんだか夢を見ているような気分だ。
――俺は……人を、殺したんだ。
あらためて自分のしたことの重みを噛みしめるが、疲労のせいか、目の前の風景が鏡の中にでもあるかのように、自分と現実の間に大きな隔たりができていた。
――あれ?
藤吉郎はどうした?
振り向こうとしたその時だった。
「やはり、お館様の言っていたとおりだったか」
背後から声が聞こえたかと思うと、頭に強烈な一撃が加えられ、俺は膝から崩れ落ちていた。
天下の野望は夢か幻か。
薄れていく意識の中で、俺の脳内に新しいウィンドウが立ち上がっていた。
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