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だが、それも、もう起こることのないイベントなんだろうな。
今川義元は危険を察知して生き残った英傑となり、妹のお市から届いた両口を縛った小豆袋で『袋の鼠』を悟った織田信長の逸話のように、桶狭間の退却劇は危機回避のお手本として後世に語り継がれるのだろう。
一方の松平元康は徳川家康と名乗って征夷大将軍となることもなく、今川に見捨てられた三河の残念大名と揶揄され、静岡駅前にいくつもの銅像が設置されることもなくなるんだろう。
歴史が変わったんだ。
――この俺の手で。
雨脚は一層強くなり、いくつもの雷が桶狭間に轟く。
すでに雑兵たちは逃げ去り、織田の兵も追撃に来ない。
と、その時だった。
体をよじった元康に弾き飛ばされ、作兵衛が泥の上に尻餅をついて転がる。
久作と六太郎を突き飛ばしながら松平元康が酒井忠次へ駆け寄ろうとする。
「逃がすかっ!」
藤吉郎が背中から猿のように飛びかかり、前田利家が投げつけた槍が脚に絡む。
もんどりうった元康は忠次の頭のそばに横たわり、藤吉郎に背中を押さえつけられた。
「忠次よ」と、元康が幼少期からの忠実なる家臣に手を伸ばす。「そちの海老掬いをまた見たかった。笑わぬ我を笑わそうと必死だったそちのことは、今でも忘れぬ」
「殿……」
気を取り戻した忠次の目の前で藤吉郎が松平元康の首を落とした。
「織田家中、木下藤吉郎、松平元康を討ち取ったり!」
史実では太平の世を築き、神君と称された英雄は、桶狭間であっけない最期を迎えた。
「うおぉぉぉぉっ!」
起き上がろうとする忠次の胸を前田利家が蹴りつけ、仰向けになったところを押さえ込む。
「許さん。許さんぞ。おぬしら。殿をよくも……」
暴れる敵将の腕を前田利家は冷静にひねりあげ、身動きを封じた。
と、その時だった。
ポーン。
俺の脳内にウインドウが浮かび上がった。
《大名の後継者を選んでください》
――ん?
野望が潰えた滅亡エンドじゃないのか?
そうか……。
当主が討ち死にしたからって、それが即座に滅亡になるわけじゃない。
史実でも、義元が討たれた今川だって、氏真が後継者となって十年近く続いたんだ。
だとしたら、松平の後継者は誰になるんだ?
後継者を選べというのに、ポップアップしたリストには何も表示されていない。
バグか?
主家の今川から養子を受け入れるのか。
と、さらに別のウインドウが開いた。
《徳川家康が影武者だったという伝承を信じてゲームを再開しますか?》
――あれ?
これって、架空シナリオの選択画面ってことだよな。
影武者か……。
――待てよ。
そうか、後継者がいないなら、俺が決めてしまえばいいんじゃないのか。
俺は軍師なんだ。
戦国のシナリオを決めるのは俺だ。
だとしたら、酒井忠次は殺してはいけない。
利用すべき駒だ。
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