(4-15)
血まみれの忠勝は俺をにらみつけ、かすれた声を絞り出す。
「そなたの名は?」
「相模国の三浦出身、坂巻悠斗」
「南蛮人ではないのか」
俺は周囲に聞かれないように答えた。
「五百年後の未来人だ」
「ほ……ほんだ……へいはちろうたっ……だ……つ」と、口から血を噴きながら少年が俺の手をつかむ。「いくさばにて……ちったとこうせい……につたえ…くれ」
「分かった」
「かいしゃくを」
俺の刀は?
酒井忠次にやられかけた時に落としたかと、周囲を見回してもどこにもない。
――ふっ……。
どちらにしろできるわけないだろ。
死にかけた人を楽にしてやるためと言ったって、首を切るなんて俺にできるわけないじゃんかよ。
「これを使え」
見上げると、前田利家が刀を差しだしていた。
――だめか。
逃げ場なんかない。
俺が刺したんだ。
俺が責任を取らなければならないのか。
「たのむ」と、少年の手から力が抜けた。「せめて武士として死なせて……くれ」
――どうすりゃいいんだよ。
刀を受け取ったものの、どこにどうすればいいのかすら分からない。
殺せるわけないだろ。
できねえって。
手は震え、心は揺れ、刀を取り落としそうになる右手を左手で必死に押さえる。
少年の細い首に刃をあてがったその時だった。
――ゴリッ。
前田利家が俺の手ごと刀を踏みつけた。
首が転がり、鮮血の噴水が死者の怨念のように俺に襲いかかる。
鉄分の臭いに吐き気がこみ上げる。
――なっ、何するんだよ。
俺は立ち上がって前田利家に血みどろの刀を突きつけた。
六尺の大男は無表情に間合いを詰めて俺の手から刀をあっさりもぎ取ると、血を拭って鞘に収めた。
「包んでやれ」と、藤吉郎が俺に布を差し出す。
どこから拾ってきたのか分からないが褌だ。
他にないんだから仕方がない。
俺は兜ごと本多忠勝の首を褌にくるんだ。
――俺のせいだ。
俺が歴史を変えるなんて考えなければ死ななくても良かったんだ。
初陣で散ることもなく、傷一つ負わなかった勇将としての名が残ったはずなのに、俺が歴史から消し去ってしまったんだ。
褌のひもを縛っていると、嗚咽が聞こえた。
死体を目にした六太郎が嘔吐していたのだ。
見ると、褌が茶色く汚れている。
泥ではない。
糞を漏らしたのだ。
雨に流れる下痢便の刺激臭が鼻をつく。
六太郎は涎を垂らしながら声を上げて泣いている。
「ハッハッハッハッハ」
松平元康が声を上げて笑う。
「戦場で糞を漏らすとは、天下の臆病者よ。そんな雑兵どもにやられる我ではないわっ。平八、我が敵を取ってやるぞ」
おいおい、あんたこそ、戦国一有名な脱糞大名だろうよ。
作兵衛の下でもがき抵抗する若大将に、俺は心の中で思わずツッコんでいた。
三方ヶ原の戦いで武田勢に追われ、馬上で糞を漏らしたんじゃんかよ。
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