(4-13)
利家は槍の柄で薙ぎ払い、間合いを取ると、退きざまに突きを繰り出す。
槍先をかわした忠次は踏み込むと見せかけ、利家が一瞬止まった隙を突いて横から振り払う。
「うおっ!」
兜の側頭部に打撃を受けた利家が膝を崩して倒れたところに忠次がのしかかろうとするのを藤吉郎が槍を刺し入れ防ぐ。
「忠次」と、元康が叫ぶ。「平八を!」
馬上の主君を見上げた忠次は利家を蹴りつけ、本多忠勝に駆け寄った。
史実ではかすり傷一つ負ったことがないと言われる本多忠勝も、今はぬかるみに転がっている。
「情けなや、平八、目を覚ませ。初陣たりとも戦場に立てば武将たるもの背中に土などつけてどうする」
抱き起こして雨に濡れた頬を張るも、少年はだらしなく口を開いてぐったりとしたままだ。
「おまえら、大将を狙え」
藤吉郎の掛け声に、三人組が弾けたように横から槍を突き出せば、馬上の元康はキッとにらみ返す。
「おまえらごときの相手になる我ではない」
「逃がすかよ」と、藤吉郎が槍を突き出す。
「雑魚が」と、槍を合わせた元康はさらりといなすと、三人組に向かって馬を進める。
「うわああ」
「来るな」
作兵衛と久作はその場にへたり込み、無口な六太郎は気を失ったのか膝から崩れ落ちた。
「踏みつけてやるわっ!」
槍を振り上げ元康が突っ込んだその時だった。
雨空に一閃、桶狭間が光に浮かんだ。
時が止まった次の瞬間、大地が割れるような轟音が天を走る。
雷鳴に驚いた馬が前脚を跳ね上げ、体勢を崩した元康の槍が地面に突き刺さる。
引っかかった槍に引きずられ、柄を握りしめたまま馬から落ちた元康が作兵衛と久作の前に無様な姿をさらして転がった。
「殿!」
駆け寄ろうとした酒井忠次の脚に利家が槍を刺し入れ、もつれた忠次が俺の前に転がってきた。
視線が交錯した瞬間、恐怖におびえた男の悲鳴が俺の耳に突き刺さったような気がした。
――やらないとやられる。
俺は無我夢中で、腹を晒した男にのしかかって押さえつけた。
――やらないとやられるんだ。
俺は腰に差した脇差しを抜いた。
昨日全滅した丸根砦で武井村の権造さんからもらった刀だ。
権造さんだって、松平の誰かにやられたんだ。
酒井忠次がやれと命じたのかもしれない。
だが、俺は刀を握りしめたまま動けなかった。
「早く殺せ!」と、どこからか声が聞こえる。「殺せ」
――殺す。
頭の中にその文字がくっきりと浮かんだ瞬間、雷に打たれたように手が震え、俺の手から刀がこぼれ落ちる。
――ウグッ……。
躊躇した俺の首が、伸びてきた手にがっちりと鷲づかみにされていた。
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