(4-10)
「天下統一の大局をお考えください」
「くどい」と、織田信長は吐き捨てた。「わしは尾張織田家の当主。天下など大それたことを狙ったことなどないわっ!」
――だめだ……。
俺は無力感に打ちのめされていた。
なんだよ、これ。
主役の織田信長までシナリオを無視しやがって。
誰一人、俺の思い通りになんか動かないじゃないかよ。
雨でずぶ濡れの俺の前に退き佐久間が立ちはだかる。
「おぬし、南蛮人だからといって、無礼が過ぎるぞ。お館様に口答えをするなど、本来ならばこの場で切って捨てるところであるわい」
「まあ良い」と、信長は蝿を追い払うように手を振った。「良薬は口に苦し。慎重な意見もまたおのれの正しさの裏付けとなるものだ。南蛮人のおかげでむしろわしの決意は固まったぞ。みなの者、かかれい!」
――おーう!
雨雲を蹴散らすほどのときの声と共に武将たちが馬にまたがり、槍を構えた足軽部隊が一斉に駆け出す。
「進め!」
「三河までの街道に敵の屍を並べろ」
「一人も討ちもらすな」
もう誰にも止められない。
兵も、運命も、歴史も。
最初から俺にできることなんて何もなかったんじゃないかよ。
何が最強の軍師だよ。
いくらシミュレーションを繰り返したところで、それを実行させる力がなかったら、ただの机上の空論、砂上の楼閣、風の前の塵だ。
目の前の丘陵では、急に現れた織田の本隊による反撃に慌てふためく松平勢がどんどん討ち取られていく。
俺を押さえつけていた藤吉郎がゴミでも捨てるように突き放す。
「わしもこうしてはおられん」
「これで帰参もかなうな」と、前田利家も鼻息荒く敵に突っ込んでいく。「帰ったら、俺はまつ殿と祝言を挙げるんだ」
――やめろ、よけいなフラグを立てるな。
これ以上ややこしくしないでくれ。
仕方がない。
こうなってしまった以上、俺も流れに身を任せるしかないか。
先を行く藤吉郎を追って俺も駆けだした。
桶狭間とされる放牧地に戻ると、五千人の松平勢の行列に横から突っ込んだ織田の軍勢が、分断された後方の兵を殲滅していた。
槍に刺され倒された兵の首を、鬼の形相でたたき落とした森可成が、血の滴りを顔で受け止めながら雨雲に向かって突き立て、雄叫びを上げる。
それを見た前方の松平勢は味方を見捨てて一目散に沓掛城へと逃げていく。
道には置き去りにされた槍や刀、脱ぎ捨てられた甲冑が点々と続いていた。
俺は槍を拾い上げて肩に担いだ。
「おまえらも今のうちに拾っておけ」
三人組に指示すると、一斉に文句が上がる。
「なんだてめえ、偉そうに」
「俺たちはアニキの言うことしか聞かねえよ」
「そ……うだ、はあ、そう……だぞぉ」
だが、言葉とは裏腹に、三人とも苦しそうな顔をしながらも武器を拾って、前を行く二人を追いかけている。
俺も必死に走り続けた。
体が慣れたのか、脇腹も痛くない。
雨は降り続いているが、地面は固く、ランニングシューズの俺の脚は軽快だ。
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