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と、俺の頭の中にウィンドウが浮かび、ボタンが点滅を始めた。
《翻訳機能を始める》
矢印ポインタが重なっている。
俺は迷わずクリックした(もちろん手ではなく、頭の中のイメージでだが)。
「何してんの?」
「冷たいね」
言葉が急に現代の標準語で聞こえるようになった。
便利だな。
そういえば、ゲームの『信長のアレ』でも、みんな標準語でしゃべってたもんな。
よそ者を区別するためという説もあるくらい、昔は隣村ですら言葉が通じないのが当たり前だったらしい。
それくらい方言の壁は大変だったようだから、この時代で生きていくにはとてもありがたい機能だ。
と、女の子が俺の顔をのぞき込んできた。
「邪魔してごめんね。すっきりした?」
なんだよ、大をしてたのバレバレかよ。
ていうか、女子に見られてたなんて、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。
しかも、ものすごくかわいいし。
花をあしらった明るい色の着物を着崩すことなくまとい、目がくりっとしていて唇に艶があり、細身だけど背筋が伸びて、さっきの野犬みたいに病気や栄養失調の多いこの時代にしては健康的な感じのする美少女だ。
令和なら中学のバスケ部で華麗に活躍してそうな雰囲気だ。
何かいい匂いもするし、農民の子ではないのかもしれない。
「珍しい格好だね。あんたどこから来たの?」
高校の制服が珍しいようで、遠慮なく俺の長袖シャツを引っ張り始めた。
いきなり距離が近くて女子慣れしてない俺は動揺してしまう。
ある意味野犬より行動が読めない。
「あたし、ねね、あんたは?」
その途端、俺の脳内モニターにアラートが表示された。
《寧々:十三歳。後の北政所、高台院》
ああ、この人があの豊臣秀吉夫人として有名な寧々さんなのか。
この時代は『数え年』という、生まれた時にゼロ歳ではなく一歳から始まり、正月になると一つ歳を取るという年齢の数え方だから、未来だと十二歳の中学一年生くらいということになる。
やっぱり最初の印象は間違っていなかったようだ。
高校三年生の俺より五歳くらい下なのに、物怖じしないコミュ力を持っているのは、学校のカースト上位一軍女子でもおそらく一番に名前が挙がりそうな美少女の生まれ持った魅力なんだろう。
「俺は坂巻悠斗です」
自分がしゃべる言葉も自然に尾張弁に変換されて発音されるらしく、女の子はにっこりと笑ってくれた。
「南蛮の人?」
「ああ、まあ、そんな感じですね」
年上の俺の方が敬語が抜けない。
「遠いところなんだね」
実際には、時間的に遠いってことなんだけど、説明しようがないから黙ってうなずいておいた。
「私、南蛮の人を見るの初めて」
人なつこいというか、距離感がバグってる感じでぐいぐい迫られて、後ずさった俺は思わず川に片足が入ってしまった。
「なんで逃げるの?」
「いや、まあ、そういうわけでは」
俺みたいな非モテボッチ陰キャ男子にも親切にしてくれるなんて、本当にかわいくていい人だな。
……っていうか、俺ってチョロい男子なんだろうな。
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