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「それにしても、なぜじゃ」と、藤吉郎が首をかしげる。「この素早い退却、織田方の動きを知っていたかのようじゃな」
たしかに変だ。
苦労して確保した前線基地を放棄してまで帰国を急ぐなんて、よほど確かな情報をつかんでいないとできない判断だろう。
敵にもよほど優秀な軍師がいるってことなんだろうか。
――いったい、どうなってるんだよ。
またシナリオが変わったというのか。
そもそも、今川義元がいないんじゃ、桶狭間イベントなんて起こりようがない。
と、そこへ東の方からポックポックと馬の足音が聞こえてきた。
振り向くと、見覚えのある金髪男がこちらへ近づいてくる。
「ハアイ、三浦出身のフランクサーン」
デイブだ。
なんでここに?
「おぬし、馬に乗れるのか」と、藤吉郎が驚いている。
「乗馬は紳士のたしなみデース。ワタシは国に帰れば騎士の爵位がある貴族ですからネ」
戦国時代の馬は令和のポニーのような体格で、長身のデイブが乗ると、子供の自転車にまたがった大人みたいだ。
実際、鐙に足をかけると膝が余って蟹股になってしまい、体勢が苦しそうだ。
「東の方に敵軍はいなかったか?」と、前田利家がたずねる。
「見ませんでしたヨ」
「ううむ、やはり簗田殿の言うとおりか」と、藤吉郎も腕組みをしてうなる。「どうしたものかのう」
「どうしたものかって、サルよ、何がだ?」
「このまま松平をおとなしく帰すのか」
「では、さっそくお館様にご出馬を願うか」
「いや、今から丹下砦まで戻っていたら、戻ってきた頃には沓掛城に入られてしまうだろう。間に合わん」
「かといって、さすがに俺たち七人だけでやるのは無理だろう」
「だが、手柄を立てるなら今しかない。おぬしだって帰参したいのであろう」
「それはそうだが、討ち死にしたら帰参どころではないぞ」
戦の話を始めた二人の横で、人数に入れられたた三人組は青い顔でブルブルと震えている。
俺も正直、ケツの穴がムズムズして漏らしそうだった。
軍師として合戦に勝つことばかり考えていて、自分自身が戦闘に参加することに関してはどこか目を背けていたようなところがある。
桶狭間の場所さえ教えればあとは勝手にベントが発動するんじゃないかと思い込んでいたのだ。
だが、予想もしなかった別の敵がすぐ近くにいる状況に直面すると、思考が停止してしまう。
自分の手で人を殺すなんて考えられないし、かといって、敵に襲いかかられたら抵抗すらできないだろう。
それはつまり、死ぬってことだ。
こんなに死を間近に感じたことなんかない。
しかも、それは自分自身が直接関わる生死なのだ。
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