(4-5)
藤吉郎と俺が三人組を引き連れて城門を出たところで、待ち構えていた前田利家が合流した。
俺はさっき城内でもらっておいた握り飯を渡した。
「お、これはかたじけない。おぬしもなかなか良いやつだな」
巨漢にバシバシと肩をたたかれ、浅い眠りでぼんやりしていた体に気合いが入る。
「おい、又左よ、邪魔な物は置いていけ」と、天を突く槍を見上げて藤吉郎がため息をこぼす。
「命よりも大事な武士の魂を置いていくわけにはいかん」
「だが、物見で目立ってどうする」
「水平に持っていくから大丈夫だ」
前田利家は握り飯を一口で頬張るとさっさと小走りで先頭に立つ。
藤吉郎は軽く舌打ちしつつ歩き出した。
大高城と沓掛城を東西に結ぶ直線のちょうど中間点に桶狭間がある。
俺たちは北西側からななめにその場所を目指していた。
距離は一里(四キロメートル)、四、五十分程度で敵軍に遭遇するはずだ。
湿地ばかりだった清洲周辺と違ってこのあたりはゆるやかな丘陵地帯で、雨上がりで草は濡れているが、地面に水たまりはなく歩きやすい。
薄い靄がかかっていて、見つかりにくい反面、こちらも敵を見つけにくい。
下手すると二万五千の大軍といきなり鉢合わせになるかもしれない。
どんどん緊張感が増していく。
三十分ばかり歩いてあと残り一キロメートルほどというところに神社があったので休憩を取った。
「本当に谷間などあるのか?」と、藤吉郎が遠くを見ながらつぶやく。「さっきからなだらかな丘が続くばかりではないか」
脳内ディズプレイには《あと十二分》と出ている。
「方角は間違っていませんよ」
と、そこへ駆け足で近づいてくる馬の足音が薄靄の中から聞こえてきた。
俺たちはとっさに神社の木立の陰に隠れて様子を見守った。
「ん、あれは簗田殿ではないか」
前田利家が槍を振って立ちはだかる。
「簗田殿、お待ちくだされ」
「おお、なんじゃ、槍の又左ではないか。謹慎中のおぬしがこんなところで何をしておる」
慌てて馬を止め荒い息を整えながら下りたのは、たしかに昨日清洲城で見かけた簗田政綱だった。
前田利家は口に人差し指を立てながらたずねた。
「手柄を立てて復帰したいので内緒にしておいてくだされ。それよりも沓掛城の様子はいかがでござったか」
「それが……」と、簗田政綱が口ごもる。「今川の旗などなく、城はもぬけの殻じゃった」
「なんと!」
「大軍どころか、人の気配もなしでのう」
前田利家が三人組に詰め寄る。
「おぬしら、昨日は本当に沓掛城の様子を見て参ったのであろうな?」
「間違いねえっすよ」と、作兵衛がキッと見返す。
「ああ、本当ですって。なあ?」
久作が横で下ぶくれの頬をさらに膨らませると、南瓜の六太郎もうなずいた。
「俺たちちゃんと見たよ。かあちゃんが大事にしてる櫛みたいな印だったもん」
今川の旗印は赤鳥と呼ばれ、持ち手がついた和櫛のような見た目だ。
「あと、丸に線が二本の旗もあったし」と、作兵衛が付け加えた。
今川家は足利将軍家の一門だから同じ二引両という家紋で間違いない。
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