第4章 空白の桶狭間(4-1)
返り血を浴びたみたいにぬめりけのある闇をかき分けながら先を急ぐ。
令和の人間は本当の暗闇を知らない。
星や月のない日でも、遠くの街の明かりが雲に反射してたり、車のライトが横切ることもある。
だが、戦国の世の夜は本物の闇だ。
目隠しをされたみたいに何も見えない。
一応脳内ディスプレイに地図が表示されているから方角は間違っていないと分かるのだが、それがなかったら、どこを歩いているのかまったく安心できなかっただろう。
明かりを持っていないのに、藤吉郎と前田利家は夜目が利くのか、昼と変わらない速さで進んでいく。
「早いところ丹下砦に入って、眠っておかないとな。あくびをしながら戦はできんぞ」
藤吉郎は相変わらず息も切らさず意気揚々と俺の前を進む。
「サルよ、一番槍は俺だ」
前田利家が槍を振り回したのか、闇の中から切っ先が舞う音が耳をかすめた。
――やめてくれ。
見えねえんだからよ、危ねえだろ。
頼むからおとなしく歩いててくれ。
だが、興奮が収まらないらしく、二人ともずっとしゃべり続けている。
いつまでたっても闇に目が慣れず暗くて見えない道を、俺は二人の声の後について歩いて行った。
連れてきた三人組は逃げだそうとはしないものの、やはり気が乗らないらしい。
「畑の手伝いしてれば良かったな」と、茄子の久作。
「今さら遅えよ」と、作兵衛が後頭部をはたく音が闇に小気味よく響く。
南瓜の六太郎はしゃべる気力もないらしい。
闇の中でかろうじて足音だけは離れずついてきている。
もっとも、俺だってやつら同様、昼の間にすでに四十キロを往復して今またさらに片道二十キロ近くを歩こうとしているわけだから、脚は限界に近いし、頭も半分眠っている。
せめて街灯でもあれば歩きやすいんだけどな。
「街道に街灯をつけるっていう考えはないんでしょうかね」
俺は前を行く二人にたずねてみた。
「街灯とはなんじゃ?」
「道端に明かりを置いておくんですよ」
江戸時代あたりだと石灯籠というのが橋のたもとなんかに設置されていたと聞いたことがあるが、戦国時代だとまだそういうのはなかったんだろうか。
藤吉郎の返事は素っ気ない。
「油や蝋燭の無駄だろ。夜中に出歩く馬鹿はおらんからな」
「ああ、山賊ぐらいだろ」と、前田利家も豪快に笑う。「あとはまさに俺たちみたいな馬鹿者か」
「夜這いに行くにも明るいとやりにくいしのう」
悪さをすることしか頭にないらしいが、その方が戦国の世の常識なんだろう。
だからこそ、夜を明るくできれば治安が良くなり、新しい産業もおこせるんじゃないだろうか。
「主要な街道筋ぐらいは、明かりをつけておけば兵を動かすのにいいと思うんですけどね」
「それも一理あるな」と、藤吉郎は脚を緩めず同意する。「お館様に申し上げてみたらどうじゃ」
「藤吉郎さんの手柄にしてくださいよ」
「いいのか。おぬしはなんでそんなにわしに良くしてくれるのだ?」
そりゃまあ、未来の天下人だからな。
――説明しにくいけど。
「ここに来て一番最初に世話してくれたからですよ」
俺は当たり障りのない言い訳を答えておいた。
「ふん、サルにしてはずいぶんと人の良いことをしておるな」
前田利家にからかわれて藤吉郎が声を張る。
「人が良いのは生まれつきじゃ」
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