(3-12)
「サル!」と、そこへ提灯を下げた寧々さんが夜道を駆けてきた。「戦なんだって?」
「お、おう、寧々殿」と、藤吉郎が慌ててヤラセ三人組を家に押し込む。「夜中にわざわざ見送りに来てくれたのか」
俺は入り口に立って、やつらを後ろに隠した。
幸い家の中は暗いから見えないだろう。
藤吉郎に抱きついた寧々さんが頬を擦りつける。
「無事に帰ってきてね」
「大丈夫、心配するな。必ず出世してみせるでのう」
「そしたら、お嫁さんにしてくれるんだよね」
「ん、んん……そうじゃのう」
「なによ、はっきりしないんだから」と、サルの鼻をつまんでひねり上げる。
「イデデ、するする。わしには寧々殿しかおらぬ。帰ってきたらお館様にお願いして祝言を挙げさせてもらうでござる」
「きっとだよ。約束だからね」
と、そこへ闇の中から今度は真夏の入道雲みたいな大男が現れた。
「おい、サル、聞いたぞ」
「これは前田殿」
脳内ディスプレイにステイタスがポップアップした。
《前田利家:『槍の又左』:六尺の偉丈夫:統率77、武勇80,知略62、政治74》
六尺(百八十センチ)というが、俺より頭一つ分は大きい。
実際には二メートルくらいあるんじゃないか。
偉丈夫にふさわしく凜々しい甲冑姿に鼻筋通った美貌に張りのある声。
文句なしの美男子ぶりに、明かりのついた家から顔を出した町娘――だけじゃなくて、おばさんたちも――遠巻きに視線を送っている。
「サルよ、俺も連れていけ」
「しかし、前田殿は謹慎中では」
このころの前田利家は藤吉郎以上に織田家の出世頭と言ってもいい若武者だったが、信長が目をかけていた家臣と揉め事を起こして相手を斬り殺してしまい、謹慎を言いつけられていたのだ。
「御家の大事にそんなことどうでもいいわっ。俺はなんとしても手柄を立てて織田家にもどりたいのだ。おまえが俺の大将になれ」
大将という言葉に気を良くしたのか、藤吉郎の鼻が開く。
「ふんっ、それも悪くないのう。味方は多い方がいい」
「よし、なら決まりだな」と、藤吉郎の背中を張り倒す勢いでたたくと、チラリと俺を見た。「で、この見かけぬ者は誰だ?」
「サカマキとかいう南蛮人でな。このたびの今川の出陣を知らせたのはこの者じゃ。桶狭間という場所で奇襲をしかければ勝てると申すのだ」
「桶狭間?」と、利家は首をかしげた。「それはどこだ?」
「大高城と沓掛城の間にあるらしい」
「ずいぶん曖昧だのう。本当に桶狭間という場所に今川軍が来るのか?」
二メートル近い巨漢が俺にのしかかるように迫ってくる。
「ええ、それは間違いありません」
しどろもどろになりつつ見上げながら答えると、利家は鮭を捕らえる熊みたいに俺の襟首をひっつかんだ。
「よし、ならば、そなたが案内しろ」
藤吉郎が三人組を呼ぶ。
「よし、おまえらも行くぞ」
渋々出てきた三人は寧々さんに顔を背けながらさっさと暗闇の中に紛れていった。
「サル、無事でね」と、寧々さんが藤吉郎の背中に抱きつく。
「おう、待ってろよ。必ず帰ってくるからのう」
「決戦前夜か」と、前田利家がボキボキと指を鳴らす。「藤吉郎、楽しみじゃな」
――いよいよだ。
紆余曲折いろいろあったけど、なんとかシナリオ通りに桶狭間の合戦イベントが発生しそうだ。
大丈夫。
史実通り、きっとうまくいくはずだ。
この勝利が天下統一への第一歩になるんだ。
湿り気のある風が吹き抜けていく。
俺たちは寧々さんに手を振って暗い夜道に足を踏み出した。
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