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(1-4)

 ――そうか。


 狂犬病は水を嫌うと聞いたことがある。


 だから川に入ってこられないのか。


 俺は流れに手を突っ込んで川底から石を拾い上げると、犬に向かって投げつけた。


 来るな。


 ちくしょう、あっちに行け!


 一つ、二つと、当たりはしないが投げ続けていると、形勢逆転、犬はおびえたような目で濡れた石をかわしつつ、最後は背中を丸めて土手の向こうへと逃げていった。


 ――ふう。


 助かった。


 俺、生きてるな。


 こんな実感、令和では味わったことがなかった。


 と、そんなことを考えていたら、本当に腹の調子が限界に達していた。


 ヤバイな。


 ちょうどいいや、ここでやるしかないだろ。


 人生初野糞だ。


 俺は辺りを見回して誰もいないことを確かめてから飛び石をまたいでズボンを下ろし、ケツを出すと川面(かわも)にしゃがみ込んだ。


 天然の水洗トイレってやつだ。


 ――ふう。


 旧暦の五月は新暦だと六月ごろでちょっと蒸し暑く、尻の下を流れる川の冷気が心地よい。


 と、俺がぷりりとひねり出した分身がぷかぷかと流れていく。


 あ、俺、川下に向かってしゃがんだのか。


 あんまり見たくないから、次は川上に向かってしゃがむことにしよう。


 野糞にもコツがあるとはな。


 でも、まあ、とにかくすっきりだぜ。


 と、間抜けな俺はここで気がついた。


 やべえよ、葉っぱ取ってくるの忘れた。


 紙がないって分かってたのに、慣れないせいで、やっぱり事前に適当な葉っぱなんか探してなかったんだよな。


 野犬に追われてそれどころじゃなかったし。


 今さらケツを出したまま探し回るわけにも行かないし、このまま川で洗うしかないだろう。


 温水じゃないけど、天然の洗浄機ってことになるのかな。


 俺はおそるおそる腰を下げていった。


「うおっ、冷てえ」


 水に着いた途端、意外なほどに冷たくて思わず飛び上がってしまった。


 だけど、洗わないことにはズボンをはくこともできない。


 と、覚悟を決めてもう一度ケツを川に沈めた時だった。


「ナンジャガヤ?」


「うわっ」


 いきなり後ろの方から声をかけられて尻餅をついてしまった。


 ケツどころか、脱いでいたズボンまでずぶ濡れだ。


「ツベガネ」


 女の子の声だ。


 下半身を隠しながら振り向くと、中学生くらいの年頃らしい着物姿の女の子が河原で俺をじっと見下ろしていた。


 ちょ、待って、今しまうから。


 慌ててファスナーを上げようとして挟みそうになったし、ぐしょぐしょで気持ち悪いけど、そんなこと言ってる場合じゃない。


 それに、もう一つ、困ったことがあった。


 さっきから女の子の言葉は耳に入ってくるんだけど、何と言ってるのか分からない。


 外国語みたいというか、おそらく方言、ここは織田信長の地元だから尾張弁――しかも五百年も前の――なんだろうけど、さっぱり聞き取れないし、意味を理解できないのだ。



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