(3-7)
「よし、分かった」
信長のつぶやきにみなが一斉に顔を上げる。
「では、殿、いざ……」
柴田勝家の発言を信長が手を突き出して制する。
「和議の使者を出せ。今川とは戦わぬ」
「な、なんと……」
失望の声と共に、みなが唇を噛んでうつむく。
「尾張一国を統べることすら必死であったが、しょせんそれまでの夢。是非もなし。今川に飲み込まれるもまた定めというものであろう」
「しかし、今川が和議に応じるとは思えませぬぞ。今一度お考えを」
林秀貞の忠言にも力なく首を振るばかりだ。
「市を人質に出せば今川も織田を潰すことはすまい」
「しかしそれではあまりにもお市様が不憫では」
「あれも武門に生まれた女。覚悟はしておろう」
と、その時だった。
あきらめの空気が漂い始めた広間に嗚咽が響き渡る。
柴田勝家だ。
「ああ、無念。わしは絶対に認めませんぞ!」
「こ、これ、柴田殿」
林秀貞が無礼をたしなめるが、柴田勝家は涙を流しながら天を仰いだ。
「殿には過ちを一度許してもらったご恩がございます。あの時以来拙者の命は捨ててお仕えして参りました」
かつて弟信勝に謀反を企てられた信長だが、それまで信勝派だった柴田勝家の鞍替えを許し、重臣として受け入れたとはいえ、史実では、桶狭間の合戦には起用しなかったと言われている。
「ただ、時々ふと、自分は自らの散り際を見失ってしまったのではないかと思うこともございました」
人目をはばからぬ豪傑の慟哭に同僚たちもみなこらえきれずに涙をこぼす。
森可成も横で何度も拳で顔をぬぐっている。
柴田勝家は信長の前に進み出て頭を下げたまま続けた。
「さればこそ、こたびの戦、我が死に場所といたしましょうぞ。武士は枕を高くして死ぬるは潔しとせず。戦場の塵となりてこそ本望でございます」
「勝家よ、そなたわしに逆らうと申すか」
まっすぐに起き直ると、柴田勝家がキッと信長を見つめ返した。
「殿のお言葉に逆らうつもりはございません。ですから、拙者はここでおいとまをいただきます。殿への恩義は一生忘れませぬ」
決意に満ちた忠臣の言葉に、信長はうつむきながら首をゆるりと振った。
「ならば是非もなし。これまでご苦労であった」
困惑顔の返事に、勝家はニヤリと笑みを浮かべ立ち上がった。
「今日この時からわしは流浪の狼藉者。織田家とは無縁でござる。ならば、今川との一戦に賭けてみるといたします」
「なんと!」
林秀貞が呆然と柴田勝家を見上げるが、晴れ晴れとした顔を周囲に向けて決意を吐き出す。
「わしら武家に生まれし阿呆は命など惜しくはございませぬ。今川相手に無様な突撃を仕掛けて花と散るもそれもまた一興、武門の誉れというもの。無頼な輩が仕掛けた戯れ。織田家にはご迷惑をおかけいたしませぬゆえご安心召されい」
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