(3-5)
「雑兵なんて、死んでも雑兵だ」
そうつぶやいた藤吉郎は俺に構わず砦の中を見て回っていた。
重い現実に打ちのめされて俺はなかなか立ち上がれなかった。
俺が甘いのか。
現実が過酷なのか。
風が吹いて、血の臭いが鼻にかかる。
腹の底から酸っぱいものがこみ上げてくる。
人を殺す場面には現実味がなかったのに、血の臭いの生々しさが感情を深くえぐってきた。
「う、お、おえっ……」
食ったものを吐き出しそうな俺の頭を藤吉郎が押さえつける。
「吐くな。食ったものはクソになるまで出すな。俺たち足軽は城で握り飯一つもらうためにこういうことをしておるのだ。握り飯一つは人の命と同じ。大事なものを吐くんじゃない」
――俺が間違っていたのか。
戦国時代で勝ち残るということは敵を倒す、いや、殺すということだ。
《勝つ》の反対は《負ける》じゃない。
殺されるということだ。
「おぬしは人を殺したことはないのか?」
藤吉郎に問われた俺は静かに首を振った。
あるわけないだろ。
人殺しなんて、絶対にやっちゃいけない犯罪だと、教わらなくたって子供の頃から当たり前のように思っていた。
「なら、今ここで人を刺す練習でもしておけ」
――はあ?
何言ってんだよ。
「死体相手なら、抵抗もされぬ。人を刺すことになれておかないと、いざというときに今のように腰が抜けて逆にやられるだけだ」
俺を見下ろしながらそう言った藤吉郎の顔は鬼でも野獣でもない普通の人間の顔だった。
「脇差しぐらいは持っていた方がいいぞ」と、藤吉郎は権造さんの腰を指さした。「もらっておけ」
ためらっている俺に、藤吉郎はぽつりとつぶやいた。
「遠慮するな。形見だ」
言い方を変えたくらいで罪悪感が消えるはずがない。
だが、なんとか腰を上げた俺は権造さんの遺体の前で手を合わせ、そして、言われたとおりに腰から脇差しを鞘ごと抜き取った。
――すみません。
使わせてもらいます。
人を刺す練習はできなかったけど、敵の追い剥ぎと変わらないことをした。
もう後戻りはできない。
俺は権造さんの脇差しをベルトを緩めて腰に差した。
「侍の真似は似合わぬな」
鼻で笑う藤吉郎に、俺は答えた。
「死にたくないんで」
視線を落とした藤吉郎が額を掻く。
「初陣の時はみな腰が抜けるものよ。おぬしはまだ吐かなかっただけましだ。俺は全部吐いちまったからな」
何の励ましにもならない言葉に返す答えなどない。
「行くぞ。早くお館様にお知らせしなければ」
生き残った者がいないことを確認した俺たちは丸根砦を後にし、清洲城に向かった。
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