(3-4)
斜面を登り切ったところで、藤吉郎が俺に手を突き出して制した。
「こ、これは……」
思わず叫びそうになった俺の口を藤吉郎が押さえる。
「声を上げるな。敵に気づかれるとまずい」
俺はうなずいて答えた。
丸根砦には死体が散乱していた。
柵の一部が倒され、敵が押し入ったのか、その痕跡を示すように身ぐるみ剥がれた丸裸の死体が転がっている。
戦国時代の合戦では、勝った方が死体の武具や兵糧をあさるのは当たり前のことだったし、落ち武者側も弱った仲間から奪い取って見捨てていたらしい。
追撃されている時は、味方を犠牲にして多少の金目の物を置き去りにし、敵がそれに目がくらんでいるうちに自分たちだけ逃げ切ることもあったようだ。
砦の中に入った藤吉郎が建物の壁にもたれて座り込んだ足軽に駆け寄った。
脚を切られたらしく、下半身が血まみれだ。
「拙者は織田家の木下藤吉郎と申す。何があった?」
かすかな息を漏らしながら足軽が声を絞り出した。
「今朝方、大高城に入った松平の兵に襲われた」
「今川の兵は?」
「分からん。わしらが見たのは松平の旗印だけだ」
「ここの大将は佐久間盛重殿であったな」
「殿は討ち死になされた。首はやつらが持っていった」
「なんと!」
佐久間盛重は清洲城にいた佐久間信盛の一族だ。
藤吉郎が俺の顔を見る。
「清洲城に使いを出した後にやられたようだな」
「報告が来た頃には砦は落ちていたんですね」
足軽が藤吉郎の手をつかむ。
「わしは武井村の権造。村のカカアに……」
「武井村だな」と、藤吉郎は脇差を抜いて権造さんの髪を切った。「遺髪を届けてやる」
もはや返事を言う力もなく目を閉じた権造さんは、安心したのか口元には笑みが浮かんでいるようにも見えた。
「おい、下がれ」と、横にいた俺に藤吉郎が手を伸ばした。「邪魔だ」
――ん?
言われるままに、俺が一歩下がると、藤吉郎がいきなり権造さんの首に刀を当てて一気に引いた。
「ちょ、え!」
鉄分の臭いと共に血しぶきが飛び、折れた首の重みで体が崩れる。
――俺の目の前で人が……死んだ……というか、殺したのか。
ていうか、人を殺したところを見てしまった。
藤吉郎が藤吉郎に見えない。
こいつは人なのか?
本当にさっきまでと同じ藤吉郎なのか?
気がつくと俺は腰を抜かして手を後ろについて地面にへたりこんでいた。
藤吉郎が権造さんの服で刀を拭いて立ち上がる。
「な、なんで……」
「これ以上苦しめるのは酷であろう。情けとは時に非情なりよ」
無駄に苦しめるのは気の毒ということなのか。
刀をしまった藤吉郎は左手を開いた。
握られていた遺髪がハラハラと舞う。
――なんで?
「武井村に届けるんじゃないんですか?」
「どこにあるかも知らんし、権造なんて村に何人いると思う。いちいち探してなどいられるか」
藤吉郎の言うように、脳内モニターには大高城の周辺だけですら武井村が六カ所も表示された。
ステイタスを表示させようとしても、《足軽》としか表示されない。
これが現実なのか。
無名の人間は使い捨ての駒に過ぎないのか。
歴史に名を残すどころか、野ざらしで忘れられる。
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