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清洲城から大高城は五里(二十キロ)の距離がある。
脳内ナビゲーションの表示では歩いて四時間ほどと出ている。
藤吉郎の足は速く、俺はすぐにおいて行かれてしまった。
息は苦しいし、脇腹が痛くて走れない。
令和の体育でも長距離走はいつも下から数える順位だった。
「お、おーい、ま……待ってくれ」
「だらしないのう、南蛮人は。わしら足軽は十里(四十キロ)くらいならあっという間じゃぞ」
さすが、本能寺の変の後、中国大返しと言われる大移動をやってのけただけのことはある。
車どころか自転車すらないこの時代の人たちの脚は日々の生活で鍛えられているのだろう。
大きな木の木陰で藤吉郎が待っていてくれる。
追いついて息を整えたら、もう先へ行こうとする。
「もう少し休ませてくれよ」
「いつ雨が降り出すか分からん。急ぐぞ」
たしかに空模様は怪しくなってきている。
地上は穏やかなのに、上空の雲が速い。
まるで敵の大群が続々と押し寄せてくるみたいに黒い雲が流れてくる。
脳内モニターではまだあと十五キロもある。
軍師っていうのは、後ろで作戦を指示する立場なんじゃないのか。
最前線で偵察って、体力仕事には向かないんだけどな。
少し走ったところで、またすぐに脇腹が痛くなってしまった。
ペースが落ちた俺を振り返って藤吉郎がペッと唾を吐く。
「置いていくぞ。わしは手柄を立ててお市様に夜這いをかけるのじゃ。織田家の出世頭となれば、お市様の方からわしに言い寄ってくるかも。『藤吉郎殿、ステキ』なんてな。ぐふふ」
「寧々さんに」と、荒い息をおさえて声を絞り出す。「言いつけますよ」
「わしが捨てたら、おぬしが慰めてやってくれてもいいぞ。あれでなかなかいい体をしておるのでな」
サイテー野郎だ。
だが、体力ではまったくかなわないので、置いて行かれないように必死についていく。
昼過ぎに、ようやく建物が見えてきた。
「あれが大高城じゃ」
台地の上の森を切り開いた土地の周囲に土塁を巡らしただけの城で、清洲城と同じく物見櫓以外は平屋ばかりのようで、大きめな武家屋敷といった感じだ。
ただ、幟旗が何本も立っていて、櫓にも人がいるのが見える。
「あれは松平の旗印。兵糧を運び入れたという報告は本当だったのだな」
藤吉郎が対面する小高い丘を指さす。
「こっちに織田方の丸根砦がある。様子を聞きに行こう」
道らしい道はなく、森に茂った下草をかき分けながら斜面を登る。
台地の上に木で組んだ柵が見える。
こちらには土塁もないらしい。
だが、様子が変だ。
人の気配がない。
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