(3-2)
昨日清洲に来た道を逆にたどり、川沿いに来たところで湿地の中の小道に降りる。
葦というのか背の高い草が茂り、両側からトンネルのように覆い被さっている道を、ところどころ泥に足を取られながら草をかき分け進むと、小高い台地に突き当たった。
「ここがやつらの村だ」
斜面を登ると葦の上に顔が出てまわりが見渡せる。
台地の上には畑が広がり、その周囲に藤吉郎の家よりは少しだけましなかやぶき屋根の家が何軒かあり、他にも小屋のような建物がいくつかある。
ふと足元を見ると、靴が泥だらけだった。
じめっとしていて気持ちが悪いが、どうにもならない。
草鞋の藤吉郎は足全体が泥まみれだが、そんなことなど気にもせず、村の中へ行ってしまう。
昨日から気になっていたことをたずねてみた。
「ここらへんには水田はないんですか?」
「洪水で流されるし、湿地は根が腐るからな。うちのカカ様もそうじゃが、こういった狭い台地くらいしか耕せぬじゃろ」
木曽三川と呼ばれる急流が集中する濃尾平野は江戸時代に治水工事がおこなわれるまでは人を暴力でねじ伏せる土地だったのだ。
水がなければ米は作れないが、毎年押し流されるほどの水量では意味がない。
米中心の経済になるのは戦国よりずっと後の時代なのだ。
村の家には刈り取ったばかりの麦が干されている。
さっき俺が食べた麦飯のおにぎりもここら辺で収穫されたものなんだろうか。
庭の隅でそんなことを考えていると、藤吉郎が一軒の農家に勝手に首を突っ込んで声をかけた。
「おい、いるか?」
声に反応して中で人が動く気配がした。
「ういっす。なんすか?」
腹をボリボリと引っ掻き、ゆるんだ褌を押さえながら出てきたのは確かに昨日の《農民1》だ。
「なんじゃ、畑にも出んで朝寝坊か」と、藤吉郎が尻を叩く。「仲間も呼んでこい」
あくびをしながら家を出て行った男は昨日の二人を連れて戻ってきた。
相変わらず二人とも洟をたらしている。
「おまえら、仕事だ」
三人並べて藤吉郎が告げると、兄貴分の男が鼻をこすった。
「また昨日の女子を襲うのか……ていうか、こいつ、昨日の」と、俺の姿を見て拳を握りしめる。「おまえ、よくも」
「まあまあ、落ち着け」と、藤吉郎が割って入る。「今日はお殿様の仕事だ」
「な、なんと、お殿様をやるのか」
「こら、めったなことを言うな、無礼者が。違う。お殿様のご命令でおまえたちに仕事をしてもらうのだ」
「なんすか。村の麦を献上しろって言うんですか」
「いや、それどころか、うまくいったら、たんまりご褒美がもらえる話だ」
「うほっ」と、子分の洟垂れ男が進み出る。「ご褒美っすか。アニキ、やりましょうぜ」
こっちの子分は茄子のように下ぶくれの面長で、もう一人の子分は南瓜のように顔の横幅が広く見える。
「で、何をすりゃいいんすか?」
「今川の兵が攻めてきているらしい。大高城と沓掛城の間を物見だ」
「危ねえじゃねえっすか」
「農民ならただの通りすがりってことで見逃してもらえるだろう。今川の大将がどこにいるのかが分かったら、お館様がご褒美をくださるはずだ」
今川を打ち負かして織田家が生き残れればの話だが、藤吉郎はやつらには隠していた。
ぐだぐだと渋っている連中に、藤吉郎は懐から出した包みを広げて見せた。
「握り飯を持ってきた。食ってから行け」
自分の分だけじゃなく、このために用意しておいたのか。
やはり史実通り気の回し方がうまい。
「うほっ、メシだ」
やつらも大きな握り飯に大興奮で、躊躇なく手を出すと、食らいついてあっという間に飲み込んでしまった。
「食ったんだから、仕事しろよ」
「しゃあねえ、行くか」と、兄貴分が子分たちの背中を叩く。
「しかたねえっすね」
「行くっすよ」
俺はやつらの名前をたずねた。
「俺は作兵衛」と、兄貴分が胸を張る。
「おいらは久作だ」と、茄子顔の子分が洟をすすった。
「六太郎」と、南瓜顔がぼそりと言った。
「織田家の命運がかかっているんだ。頼むよ」
三人は湿地へ降りると、葦の道をかき分けながら物見へ向かった。
「うまくいきますかね」
「さあな」
考えてみれば、昨日、俺にすら追い払われたモブ雑魚連中だからな。
ただここで待っているだけというのも、時間が惜しい。
「俺たちも行きましょう」
「ならば大高城の様子を見てくるか。松平の動きも知っておきたいからな」
拳を打ち合わせた藤吉郎は早速別の道へと足を踏み出し、俺もその後を追った。
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