第3章 決戦前夜(3-1)
握り飯をもらって城を出たのは十時半だった。
ただし、この時代の時刻は不定時法で、季節によって変わる日の出と日の入りを分割して計測していたため、令和の十時半とは意味が違う。
太陽暦で一番日の長い時期の六月だと、大体九時頃の感覚だ。
どちらにしろ、まだ一日が始まったばかりと言っていい頃合いだった。
藤吉郎はかなり速い足取りで歩きながら握り飯に食らいつく。
「あの三人組の居場所は分かってるんですか?」と、俺も食べながら歩く。
具材はない。
シンプルな麦ご飯の塩おむすびだ。
「村へ行ってみればなんとかなるだろう」
指についた米粒をなめ取る藤吉郎に、俺は織田信長についてたずねた。
「のぶな……お殿様はいつもあんな感じなんですか?」
「あんなとは?」
「案外弱気だなと。もっと短気で好戦的な性格なのかと思っていたので」
「わしもそんなにお目にかかったことはないが、それほど戦好きというわけではないぞ。むしろ、計略で無用な争いを避ける方ではないかな」
「藤吉郎さんは昔草履取りをやっていたんですよね」
「ああ、仕官したてのころ少しだけな。べつに機嫌が悪いとか、それほどお怒りになることもなかったぞ」
「藤吉郎さんが気の利く人だったからなんじゃないですか」と、俺は有名なエピソードを持ち出してみた。「寒い日に草履を懐で温めてたんですよね」
ところが、藤吉郎は鼻で笑う。
「なんじゃそれは。わしはそんなことしとらんぞ。俺が仕官したのは夏だったからな」
――え、そうなの?
後世の創作だったのかよ。
「有名な話かと思ったんですけど」
「誰に聞いたそんな話」
未来で聞いたとも言えず、俺が困っていると、藤吉郎が話題を戻した。
「お館様はどちらかというと、あいまいな話で判断をするのが嫌いな御方だ。だから、我々の物見の結果次第でお考えを決めるつもりなのだろう」
それはそれで合理的な考え方だ。
この点については後世の評価とも重なる。
「だからこそ、急がねばならぬのだ」と、藤吉郎は脚をさらに速めた。「お市様の輿入れなど、わしが止めてやるわい。今川が本当に攻めてきているのなら、大将が大高城に入ったところで織田側に服従を求めるつもりだろう。お館様はその際にお市様の輿入れを申し入れるのではないかな」
「藤吉郎さんはお市さんが好きなんですか」
「ば、ば、馬鹿を申せ」と、真っ赤な顔で俺のシャツをひっかく。「わしごときに手の届く御方ではないわっ!」
拒み続けられて娘に手を出したのが史実だけど、今は言わないでおこう。
と、手を引っ込めて真っ赤なサルから侍の顔に戻る。
「だがな、お館様も物見を出すとおっしゃっておる。おぬしが申し上げた奇襲を諦めたわけでもなかろう。和睦なら物見など無用だからな。だから、わしらは最善を尽くさねばならぬのだ。織田家の命運はわしらの肩に重くのしかかっておるのじゃ」
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