(2-13)
「お殿様に申し上げます」と、俺は本題を切り出した。「尾張国に入った今川義元は数日のうちに沓掛城に入ります。その後、松平の待つ大高城へ向かう途中で、桶狭間にて休憩するでしょう。そこを狙って奇襲を仕掛ければ、討ち取ることが可能です」
「桶狭間?」と、信長は首をかしげた。「それはどこにあるのだ?」
俺の脳内モニターにマップが表示される。
現在の愛知県豊明市付近、尾張国の南東部だ。
「二里(八キロメートル)離れた沓掛城と大高城のちょうど中間地点でございます」
「サル」と、信長が藤吉郎にたずねる。「おまえは知っておるか」
「いいえ、そのような場所は聞いたこともございません」
――はぁ?
そんな馬鹿な。
まさかの展開で焦る。
「桶狭間という細長い谷間があるはずなんですけど」
だが、なんということか、居合わせたみなが首をかしげるばかりだ。
佐久間信盛が「おそれながら」と頭を下げたまま進み出る。
「拙者、使いであのあたりへはよく参りますが、見通しの良い緩やかな丘陵地でそのような谷間などはございません」
「田楽狭間とも呼ばれるようですが」と、俺は知っている知識を追加した。
「どうじゃ?」と、信長はそのまま佐久間信盛に投げた。
「いえ、存じません」
嘘だろ。
桶狭間だぞ?
どう説明したらいいんだ?
俺の脳内カーナビには間違いなくGPSの位置情報が表示されているけど、それを伝えたところで戦国時代の人たちには理解できないだろう。
俺自身が案内するしかないか。
「わたくしが先導いたします。ご出馬を」
だが、信長は視線を斜め上にそらしながらボソリとつぶやくだけだった。
「今川の大軍が本当に押し寄せるというのなら、勝ち目などない。兵など出せるか」
主君の弱気な言葉に、家臣たちは拳を握りしめてはいるが反論する者はいない。
兵力の差を考えれば勝ち目がないと思うのも無理もない。
だが、奇襲を仕掛ければ勝てるのだ。
俺はそれを知っているんだ。
金森長近が進み出た。。
「二万五千の軍勢といえども、この南蛮人の申すとおり、一度に押し寄せるわけではございません。人数が多い分、隊列は伸び、側面は手薄になります。そこを狙って突けば大将首を取ることもできましょう」
「ううむ」と、信長はあごひげに手をやり、それを引っ張ってうつむいてしまう。
『信長のアレ』で他国に使者を送った時の芳しくない反応そのままだ。
説得に何が足りないんだ?
政治力か?
相手との信頼度か?
金森長近が丁寧に頭を下げつつも語気を強める。
「殿、ご決断を。我らのにご命令を」
「しかしのう……」と、どこまでも煮え切らない信長に、家臣団からため息が漏れる。
これが織田信長なのか。
たとえ小国といえども、格下の家柄から本家との争いに勝ち、兄弟の謀反を封じ込めて尾張を統一した下剋上のサバイバーなのか。
どうすれば納得してくれるんだよ。
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