(2-10)
半分頭を上げたあたりで、声を震わせながら藤吉郎が挨拶を述べた。
「お館様にはご機嫌麗しゅう」
と、いきなり横でデイブが口を挟む。
「ハアイ、ノブナガサーン、ゴキゲンデスカ?」
「ば、馬鹿者、控えろ」と、藤吉郎がまた頭を押さえようとする。
「これ、サルよ、苦しゅうない」と、俺にはまだ見えないが信長の声がする。
思ったより、柔らかな印象だ。
「しかし、おそれながら……」
「よいよい、サルよ。是非もなし。デイブ殿、わしもそなたのおもしろい話を楽しみにしておったぞ」
おもしろい?
コイツのジョークが?
今は一大事なんだぞ。
そんなの後にしてくれ。
俺は頭を下げたまま思わず舌打ちをしてしまった。
「殿、その前に我らの話を」と、藤吉郎が勇気を振り絞って声を上げてくれた。
「おお、そうであったな。話とは何だ。遠慮なく申せ」
「ははっ、ありがたき幸せ。こちらに控えまするサカマキと申す南蛮人が御家の一大事について申し上げたいそうです」
再び廊下の床に額をこすりつけながら藤吉郎が俺にささやいた。
「ほれ、おぬし、お館様にご挨拶を申し上げろ」
脳内モニターにもガイドが表示される。
《体を起こし、『お初にお目にかかります』と挨拶を述べてください》
よし、俺の出番か。
いよいよ織田信長と御対面だ。
俺は思いきって体を真っ直ぐに起こし、前を見つめた。
――ん?
あれ?
「お初にお目にかかります」
台本通りの挨拶を述べたものの、俺はその先の言葉を失っていた。
家臣団の列の最奥に置かれた一段高い畳の上にあぐらをかいて座っているのは、ひょろりとした細い体に瓢箪のような頭をのせた色白の男だった。
これが……織田……信長?
『信長のアレ』では立派な髭を生やし、鋭い目つきに胸板厚く筋肉隆々の偉丈夫として描かれる憧れの戦国武将のはずが、想像と全然違う。
半開きの眠そうな目をした殿様は脇息という台にだらしなく体を預け、脇に控えた付き人の小姓に扇であおがせながら、自分のちょんまげを引っ張って遊んでいたかと思うと、いきなり指をつっこんで鼻をほじり、スポンと指を抜くと、先端にこびりついた鼻くそをフッと吹き飛ばした。
《織田信長:二十六歳:『尾張の大うつけ』と呼ばれた織田家当主》
脳内モニターには間違いなくそう表示されているけど、思わず頬をつねってしまいそうになる。
と、さらにステイタスが表示された。
《織田信長:統率7、武勇40、知略2、政治5》
え、嘘だろ。
こんなに能力値が低いはずないんだが。
まさか、偽者?
影武者?
疑っていると、アラートが表示された。
《本人確認:チェック済み。影武者ではありません》
やっぱり、そうなのか。
おいおい、これじゃ、織田家も終わりだろ。
うつけのふりをしているんじゃなくて、まさか本物の大うつけだったとは。
「尾張国だけにね」と、俺の横でささやくデイブのウインクがウザい。
いや、あんた黙ってろ。
ていうか、なんで俺の心が読めた?
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