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井戸端から人が少なくなって藤吉郎と小屋にもどると、おなかが派手に音を立てた。
「朝ご飯はどうするんですか」
「城に上がれば朝飯を食わせてもらえる。おぬしも来い」
「お殿様にも会わせてもらえますか」
「いや、さすがにそこまでは無理じゃ。だが、上役に話はしてみるつもりじゃ」
そんなにのんびりしてたら今川の軍勢に攻め込まれるんだけどな。
このまま無駄に時間が過ぎていくのは困る。
桶狭間の大逆転どころか、織田信長が今川義元に討ち取られて後世の評価が逆転してしまう。
――ん?
よく考えてみたら、それはそれで俺はべつに困らないのか。
なんなら、今川義元に油断するなとアドバイスをしたっていいんだよな。
実際、『信長のアレ』を他の大名でプレイしていると、桶狭間イベント発生の時に二十回に一回くらいの割合で今川が勝ってしまうこともあるのだ。
そしたら、松平元康だって今川傘下のままだから、令和の時代に静岡駅前から徳川家康の銅像が消えて、英雄今川義元に変わってるんだろうな。
――ま、織田信長ですらお目通りがかなわないのに、もっと身分の高い今川義元なんて、俺みたいな不審者の言うことなんて、どうせ耳を貸してくれないか。
やっぱり、今川義元には討ち取られて永遠の負け犬になってもらおう。
と、その時だった。
鉄の扉が閉まるような重苦しい効果音とともに、脳内モニターに画面がポップアップした。
《伝令:今川義元の軍勢が織田領内へ入りました。先鋒の松平元康が兵糧を運び入れるために大高城へ向かっています》
おお、ついに来たか。
「大変ですよ!」
俺は藤吉郎の肩をつかんで揺すぶった。
「な、何事でござるか」
「天下の一大事なんですよ、藤吉郎殿。言ったとおり、いよいよ今川が攻めてきます。織田領に入りました」
「なんと、ずいぶんとはっきりと言うでござるな。どうして分かった?」
「説明している暇はありません。すぐに織田のお殿様に会わせてください」
「いや、いくらなんでも、それは無理だ。だからまずは上役に話を通して……」
「そんなことを言っている間にまたとない機会を逃していいんですか。出世のチャンス……好機ですよ。堂々と寧々さんを手に入れることができるんですよ」
「いやべつに……」と、歯切れが悪い。「いざ夫婦になったら気軽に浮気もできなくなるからのう。やるだけなら今のままの方がいいし」
ああ、もう、クズ野郎の話なんかどうでもいい。
「いいから早く」と、俺は藤吉郎の胸ぐらをつかんで表通りに引っ張り出した。「今川の軍勢は一週間以内に桶狭間に来ます。それまでに織田の兵を集めて返り討ちにするんですよ。お城の壁だって修理しなければならないんですよね」
「それはそうじゃが、今さら間に合わぬであろう」
「いい考えがあるんですって」
歴史の逸話では、藤吉郎は人夫を組に分けて修理する壁の範囲を少しずつ割り当て、褒美を約束して競争させ、全体を数日で組み上げてしまったらしい。
本人がそれを思いつかないのなら、俺が教えてやればいいだけだ。
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