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「夫婦になりたいんですよね?」
「そりゃそうじゃが」と、藤吉郎は口を曲げて言葉を濁す。「寧々殿は足軽大将の娘。わしのような下っ端では、出世しないと嫁にもらうことなどできんからな」
ああ、そうなのか。
かわいらしいきちんとした着物を着ていたのは、それなりにいいところの娘さんだったからなのか。
今の下っ端の藤吉郎だと、出世しなくちゃ表立ってお付き合いなんかできないし、かといって、ちゃんとした家柄の娘と結婚すること自体が、身分制度の厳しいこの時代の出世そのものなんだろうし、ジレンマってやつだな。
「好きなら頑張って手柄を立てて出世したらいいじゃないですか」
「簡単に言うな。できぬから、隠れて逢い引きしておるのだ。ま、それで駄目だったら、もっと若い女子に乗り換えるだけだがな」
どこまでもクズだが、歴史の事実を知っている未来人の俺は確信を持って励ました。
「大丈夫ですよ。できます。俺がアドバイスしますから」
「アド……とはなんだ?」
外来語は通じないか。
「助言ですよ。すみません。南蛮の言葉が出てしまいました」
「ふん、うさんくさいやつだ」
NTR願望を邪魔されたのをまだ遺恨に思っているのか、疑わしそうな目で俺をにらみつけている。
ちょうどそこで家に着いたらしく、藤吉郎が立ち止まって指さした。
「わしの住まいはここじゃ」
なんだこれ?
家というよりは物置小屋だ。
細い柱に板を打ちつけ、隙間には粘土だか泥みたいな物を塗ってある。
――人間の住むところじゃないだろ。
観光地とかに残っている武家屋敷とか、最低でもかやぶき屋根の農家みたいな建物を想像していたから、あまりの落差に膝が震えるほど動揺してしまう。
中に入ると、ガラス窓なんてないから真っ暗で、藤吉郎は壁をくりぬいたような四角い穴にかかった筵を跳ね上げた。
だいぶ傾いた淡い夕日が差し込んで、ようやく室内の様子がつかめた。
床はささくれだった薄い板張りで、上がって歩くとふかふかと揺れて踏み抜いてしまいそうだ。
家具らしいものはないし、囲炉裏でもあるのかと思ったけど、炊事のできそうな設備もない。
「あのう、どうやって料理してるんですか?」
「独り身でそんなもの、やるわけないだろ」と、藤吉郎は背中を丸めながら木の床に直に座り込んだ。
「じゃあ、何食べてるんですか」
「金を払って隣のバアさんから飯を分けてもらっておる。これでもわしは一応お館様からお給金をいただいておるからな」
と、話をすればそのお隣さんが姿を現した。
「サル、帰ったのかえ」
「おう、バアさん、今日は客もおるぞ」
「なんじゃ、なら二人分払っておくれよ」
「分かっておる」
小屋の隅の床板をずらして床下に手を突っ込むと、藤吉郎は小さな壺を取り出した。
中には小銭が入っていた。
財布代わりというか、貯金箱のようなものらしい。
「おまえも来い」
言われるままについていくと、隣の家で小銭と引き換えに、飯と漬物、それと汁物を受け取り、また家に戻ってきて夕飯になった。
ご飯は白米ではなく、麦ご飯に雑穀が混ざったものだ。
俺は焼き肉屋さんではいつも麦ご飯を選んでいるから、べつにかまわない。
だけど、それ以外が問題だった。
漬物は緑の菜っ葉の切れっ端、汁物は具無しの味噌を溶かしただけの濁ったお湯だ。
「おかずは?」
「殿様か」と、藤吉郎が吐き捨てるように笑う。「これで全部だ。腹が膨れるだけましだ」
自分のお金はないし贅沢は言えないけど、それにしても毎日こんなものを食べてるだけで、よく生きていけるものだ。
「うまいだろ」
藤吉郎は顔をほころばせながら飯をかき込んでいる。
白米と何種類ものおかずが当たり前の食事をしてきた令和の人間からすれば、見た目からしてわびしいし、漬物は塩の塊みたいにしょっぱく、味噌だけの汁はダシなどなく、正直うまくはない。
ただ、朝から何も食べてなく、歩きっぱなしだったせいで食べ始めてしまえば箸が進んだ。
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