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「それより」と、藤吉郎がしわくちゃの額をサルのように指でかく。「他にも怪しい連中はいなかったか」
寧々さんが目を見開いた。
「なんで知ってるの?」
「いやなに、悲鳴が聞こえたような気がしたのでな」
「そうそう。この人がね、私を助けてくれたのよ。悪いやつらに襲われかけたの」
「やっぱりそうか。そんな連中、わしが追い払ってやったのに」
藤吉郎は拳をぶつけ合わせながら、なぜかガッカリしたような表情をしている。
「あのね、この人は南蛮人なんだって」
寧々さんが助け船を出してくれるけど、それでも藤吉郎は首をかしげる。
「それはおかしいぞ。わしはお城で南蛮人を見たことがある。あいつらの髪は黒くなかった。赤かったり、金色だったり、おまけに目も青や緑だったぞ。こいつはわしらと大して変わらないではないか」
なんてこったい。
こんなことなら、チャラ男みたいにカラコン金髪にしておくんだった。
――似合わないだろうけど。
「藤吉郎さん。俺を信長公に会わせてくれないか」
と、その瞬間、顔を真っ赤にして藤吉郎が俺のシャツにつかみかかった。
「貴様、イミナを口にするとは、なんと恐れ多いことを」
ん、何だって?
すると、俺の脳内にまたポップアップ画面が浮かんだ。
《敬語モードをオンにしますか》
解説も表示される。
《諱とは、昔の人の本名のことですが、当時の風習で、それを呼ぶことは大変失礼なこととされていました。そのため、当時の偉い人は、役職などの通称で呼ぶのが普通でした》
だから、藤吉郎はさっきから『お館様』と言っているのか。
令和の俺にはよく分からない習慣だけど、こういうのはとりあえず言われたとおりにしておくべきなんだろう。
オンにすると、『信長』の部分が適切に変換されて声に出た。
「お殿様に会わせてほしいんだ」
「なにゆえじゃ」と、落ち着きを取り戻した藤吉郎がシャツを離す。
「織田家に関わる大事な話があるんだ。」
「だから、それはなんじゃと聞いておる」
「直接でないと話せない」
「それは無理だ。怪しいやつなど、会わせるわけにはいかん」
「もうすぐ今川が攻めてくると言ってもか」
「何だと!」と、背が低いのに顔が迫ってくる。「それは本当か」
「数日中に尾張へ向かってくるはずだ」
「ううむ」と、藤吉郎は腕組みをしてうなる。「それはまずいな。お城はこの前の地震で壁が崩れたままだし、攻め込まれたらひとたまりもないだろう」
「だから、いち早く知らせて迎え撃つ準備をしないと」
「その話はどこで聞いたのだ?」
「ああ、ええと……」
俺は言葉に詰まってしまった。
未来から来たなんて話をしても信じてもらえそうにないし、脳内モニターのことなんて、もっと説明しようがない。
「そなた易者か」
「占い師というわけじゃ……ないですね」
未来を知っているわけだけど、占いの結果というわけじゃない。
本当に知っているんだから。
「では、間者か」
間者とは忍者のことだ。
「というわけでもなく……」
説明したくてもできないのがもどかしい。
はっきり言えない俺を藤吉郎がますます不審者扱いし始めた。
「はっきりせい。ますます怪しいやつだ」と、なめ回すように俺を見る。「珍しい格好をしておるが、異国の者のようでもあるし、我々と変わらぬ者にも見える。正体が分からぬのではお館様に会わせるわけにはいかんな」
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