スリング④
ふと、私も大人になったなぁと感慨深く、アデルは昔のこと思い出してみたが、周りを見渡してみると人が遠い。また一人ぼっちか・・・と実感してしまうほどに。
いつの間にか用意された立食形式の食事を前に、生徒たちは数人で固まり楽しそうに会話しながら食べたり飲んだりし始めていた。壁に沿って並べられた椅子に腰かけて、料理と会話を堪能している様子。
食べることに貪欲に単独行動をしている者もいたが、山盛りの魅力的な食事を前に頬が緩んでいた。その嬉しさにあふれた豊かな表情と、アデルの曇った表情は、同じ一人の生徒という立場ながら、かけ離れていた。
一部の生徒たちは、遠くからアデルの様子をチラッチラッとと伺っているが、決して距離を縮めようとはしてこない。朝礼で発表があったからか、日頃の行いのせいか、恥ずかしさからか、時々目が視線が合いそうになると顔を背けてしまっていた。
さて、流石に喉が渇いてきたので、アデルは飲み物を取りに即席のカウンターに向かうことにした。
声をかけなくても不思議と道が出来ていき、たどり着いた列ではレディーファーストを貫こうする大人や真似た生徒達に先を譲られたりと、今までと違う扱いがもどかしい。
無事、飲み物を取ると、身動きがとりにくくなった今がチャンスとばかりに、アデルの回りに大人たちが順々に挨拶のために集まってきた。肩からなびかせたマントを、大袈裟ではなく自然に、でも華麗に翻してから一礼するその優雅な動作に、生徒たちの目は釘付けだ。それを目の前で見せつけられて一瞬固まったアデルだが、礼節をもっめて礼を返した。
そのやり取りから、学園とは違うこれから挑む社交界という大人の世界の片りんを感じ取った生徒たちは心ここにあらずな様子。その視線から、アデルはまた、心の距離が一層遠のくのを感じていた。
遠慮しているのか、距離を測りかねているのであろうか、大人たちに囲まれているせいか、一向に話しかけてこない生徒たち。
日頃から距離を取っていたとはいえ、寂しがりやの彼女にとって、それは、十分に悲しい出来事になった。
***
翌日執り行われた初等科の卒業式にも、前夜祭にも、かつて、アデルと仲の良かった生徒たちの姿はなかった。
一昨日までの彼女であれば、少なくともクラスメイト達と笑顔で挨拶し、軽く言葉を交わすくらいのことはあったであろう。たとえ、ボスと呼ばれたり、ガキ大将扱いであったとしても。
しかし、卒業式にあたり彼女に用意されていたのは貴賓席。
式典にはそうそうたる大人たちと一緒に最後に入場し、式典の後は、護衛たちに囲まれて即座に退席しなくてはならなかった。
外部からの来場者を参列可能にしたことが一つの理由であったかもしれないが、物々しい雰囲気である。
(ずっと一人だったじゃない。また、その生活に戻るだけよ。しっかりしなさい、アデル。)
式典の入場を待つ待機室で、悲しげに窓に薄く映った自分自身に心の中で言い聞かせる。
「さあ、笑顔で。」
と、エスコートを申し出てくれた父王の側近の一人に声をかけられたが、その入場の合図に感情の無い笑顔を貼り付けると、右手でドレスを軽くつまみ、左手を彼が差し出してくれた右手に乗せた。
手を引かれながら、こんな風に扱われたのはいつ以来だろうと考えていると、ふと、かつて仲の良かった少年たちの姿が思い出された。
「一緒に卒業できなかったわね。」
と小さくつぶやいた。
(父王はきっと、私のことも、私が仲良くする子のことも嫌いなんだわ。だから、いつも誰かと仲良くなると、その子を私から取り上げてしまう。そうに決まっている。それに、昨日も今日も見にも来てくれないし。)