スリング②
「これってさ。マキがアデル様だったってこと?」
「!?」
生徒たちの驚愕の表情は、雄弁にその心理状況を語っていた。
さすが、国中から集められた優秀な生徒たち。簡単にその結論に至ったようだ。
この国の唯一の後継者である姫君の名に。
もっとも、マキことアデルの普段の自由な振る舞いから(素行の悪さともいう)、その結論に至るまでに少し時間がかかってしまったのかもしれないが。
しかし、平和なこの国で、男の子と性別を偽る必要がある要人の筆頭は、きっと彼女であろう。スリング国の後継者となる王女、アデル姫。その名前だけは、数々の生誕祭や祝賀行事のおかげで有名であった。
身分にかかわらず、優秀な生徒であれば入学できる初等科において、貴族の子息たちは親から言われてきたことに従順に従っていた。
アデル姫のために用意された初等科である以上、彼女が通わないという選択肢はない。顔は知らなくても、王女は必ずいるはずだから、とにかく仲良くするようにと。
貴族に限らず、その地位、権力に目がくらんだ周りの大人たちから、そんな指令が出ていた家が大半であろう。
結果、次の王位継承者である王女様の配偶者、側近を目指して、子ども達は素直にこの子が姫君だと信じた女の子に殊更優しく接し、気に入られようと日々奮闘していた。
幼いため、駆け引きには難しく、単純に、後継者の可能性のある女の子たちには優しく、ライバルとなるであろう男の子には厳しくをモットーに接する子がちらほら。一方で、そんなことは面倒だとばかりに、しがらみから抜け出したバイタリティ溢れる一匹狼もいた。
「そういえば、マキと仲が良かった奴らって、今、いったいどこで何しているんだろうなあ。」
と疑問を持つ者。
「いっ、いまさら、マキと仲良くするってどうすればいいんだよ。」
と困惑する者。
「どうしよう。」
と悩む者。
それぞれが、思わず独り言を漏らしてしまうほどに途方に暮れていた。
***
さて、その日、朝から王宮に喚ばれていたアデルは、他の生徒たちの阿鼻叫喚を聞くことも、彼らから責められることもなかったのだが、初等科の前夜祭には出席するようとの命があったため、学園に戻ることになっていた。
王宮で待ち構えていた選りすぐりの侍女たちに、これでもかと磨かれ、ウエストをきつく絞められて着せられたドレスには、動きにくいな、面倒だなといった否定的な感情しか生まれてこない。
集団を先導することはあっても、特に親しい人を作ってこなかった訳だが、この格好では、もはや誰も近づいてこないだろう。
そう思うとため息が出た。
10歳になり、始めて着た大人のドレスは、まるで鎖に巻き付かれているかのように重く感じた。
***
授業がいつもより早めに切り上げられると、生徒たちは前夜祭に向けてそれぞれが決められた部屋に向かった。そこで、大人たちに整えられ、用意された正装に着替えさせられると、卒業式の前夜祭、兼、中等部に向けての顔合わせが行われるホールに向かうこととなる。
朝からの混乱も、それはそれと割り切れるくらいの度胸を持つような教育を受けてきたのであろう。無事、切り替えられたようだ。
動揺を隠せないことによる不利益ほどひどいものはない。判断の遅れが、更なる被害を呼び寄せることを知っている彼らは、何とも頼もしいものである。
無事、初等科の卒業までたどりついた生徒たちの御披露目の場でもあるので、室内は華やかに飾り付けられ、色で溢れていた。
既に到着している大人たちは、ホールの奥の方で歓談しているが、その目は常に入口を注視していた。
ほとんどがこれから講師になる者たちで、初等科の講師たちと、優雅に一礼してホールに入って来る生徒たちの様子を見ては意見交換をしていた。