序章
「アデル姫様。幼き頃より、お慕い申し上げておりました。どうぞ、私めをお選びください。」
なんてね。身振り手振りを付け加えながら、跪いてみる。もちろん、周りには誰もおらず、一人芝居だ。
明るい太陽の光が部屋にもさしてくるが、窓が少ないため、薄暗い。真夏の強い日差しを避けるには良いかもしれないが、気分がいまいち上がらない。それだけが理由ではないが。
そんな愛の告白をされる日が、いつか来るのかしらと夢見る日々は遠い昔のこと。
相手はどうせ、大人たちが勝手に選定するのだろうし。、子どもの私に拒否権なんてものはない。
宮殿の端にある自室から見える庭園では、腕を組み、微笑みながら楽しそうにゆっくりと歩く仲睦まじい様子のカップルがいたが、それを見て、ふとそんなあり得ないことを考えては見たものの、気分はすっかり老婆心。微笑ましい情景かなとしか思わなかった。
ひとたび城下に出れば、大人たちは活気にあふれた商売を営み、子どもたちは無邪気な笑い声をあげて駆け回っているであろう。
「さあて。今日も一日、理想の”お姫さま”になるか。」
鏡を見ながら自分に言い聞かせた。
***
賢王と人々に慕われる父王。
そんな父親を持ってしまったアデルを見る目は厳しかった。
民から称賛された、過去の権力者たちの顛末は、歴史を見れば明らかであろう。
往々にしてその繁栄は一代の間に絶頂を迎え、後継者は残された利を惰性的についばんでいく。
人々の期待は膨らむ一方なのに、現実がそれでは、政権が倒れる日は近いだろう。
”すべての人々に利益を。”と考え、実行に移せたのは、数えるほどの優れた権力者たちだけであろう。
すべての民が利益を得ることに納得しない取り巻きたちが、自分の利益を優先したいがために賢王の跡継ぎをたぶらかして政治の実権を放棄させ、あわよくば自分たちが実権を握る。そんな歴史が過去、何度も繰り返されてきた。
重税を課したり、賄賂によって政策を決めたり、さらなる権力を持とうと自分の子どもと跡継ぎを結婚させたりとやりたい放題だ。
「アデルが悪い子になってしまったらどうしよう。」
私が幼いころ、そんな心配そうな独り言をもらす父の声を聞いたことがある。今であれば、それは、欲にかられた周りの大人たちに利用されないか心配しての一言だったとわかるが、その当時はショックだったのを覚えている。
毎日、お勉強も、習い事も頑張っているのに、父上にとって私は悪い子なんだ。そんなことを思いながらも、笑顔で話しかけてくる父王に嫌われまいと、精いっぱいの笑顔で応えていた。
我ながら、健気である。
そんな健気に頑張っていた私を、父王は地の底に落とした。
「アデル。今日からお前はお姫さまじゃないから。ここを出て外でみんなと暮らすんだ。」
と、突然の離別宣言。
あっ。父王はそんなにわたしのことが嫌いだったんだと確信した瞬間でもある。
そんな思いを抱えながら、5歳になったわたしは住まいを寄宿舎に移し、学校に通うこととなった。