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92話

カクヨム版92話を改稿。

「『飛行船の第一次改装計画』だって?」


 ドクが満面の笑みと共にそっと差し出した分厚い企画書に、ラックは驚くしかなかった。


 飛行船については、大元の構想をラックはドミニクに対して語ったし、走り書きの素案のメモは過去に渡している。

 そして、それとは別に、「用途が明確にされてはいない魔道具が大量に購入希望リストで列挙され、おねだりもされた」という事実もある。


 ドクに購入希望の内容について確認をとってみれば。


「機動騎士“など”の改造や実験に必要。でも、最終的には無駄になる魔道具もあるかもしれない。けれどもね。もしそうなったら、それが判明した時点で領内の必要な場所に流用できるでしょう?」


 そのように言われてしまえば、ゴーズ家の当主としては許可するしかなかった。

 但し、大規模改造予定項目の筆頭に上がっていた案件は、ゴーズ家特産の蜘蛛糸から作られる布を大量に必要とするため、実施するのはまだ不可能であったはずなのである。


「届いた魔道具の仮取り付けでの試験は、既に終わっているわ。今はまだ浮力の発生方式の変更には手を出せないから、そこは二次改装以降で行うつもりよ。先行改装するのは、動力のハイブリッド化と魔道具の固定武装の追加ね」


 一番船を実験機として一次改装を行い、試験運用を行って問題点の洗い出しをして行く。

 当面は仮取り付けした低出力の魔道具部分を、順次高出力の魔道具に置き換え、本取り付けを行う形だ。


 これにより、大幅に航続距離が伸びるのと、高度八十メートルまでの限定とはなるが、立体機動の性能向上が見込まれる。


 船体の強度が現行のままでは不足なのが判明しているために、クーガの機動騎士を改造するのに使う予定であった魔獣素材を一部流用する。


 ラックが目を通した分厚い企画書の内容は、要約するとそんな感じであった。


「おーい。船長。これの対象が君の船なんだけど。良いのかい?」


 ラックは少し離れた所で、息子に何かの指示を出していた一番船の船長を見つけ、手に持ったドクの企画書を示しながら声を掛けた。


「ああ。それはもう聞いてる。『最初のはあくまで追加が主で、完全交換となる部分は強度が上がるけど重量は増加せず、寧ろ軽くなる』んだってね。それだと操船感覚が変わるだろうし、全体の重量バランスが変わる。だから、『重りを追加して全く同じバランスの状態に近いところから、徐々に外して切り替えて行く』って聞いてるから問題はない」


「そうなんだ?」


「どのみち、今は乗組員がいないからな。他の船の船長と息子たちを動員すればこいつだけならなんとか動かせるけど」


 レフィールはラックとドミニクのいる場所へ駆け寄ってきて、一番船を見ながらそう答えた。


 飛行船の運用には乗組員の手が必要であり、少なくとも五人の人手がなければ運用に危険が伴う。

 その内訳は、動力部の管理者、燃料とそれに関係する補器類の管理者、左右の見張りが各一名に、船体破損時の応急修理要員が一名。船長の他にも、それだけの人員が必要となる。


 戦闘行動も行うとなれば、「更に追加で人手が必要」なのは言うまでもない。

 また、長時間の飛行を前提とするため、前述の人員に交代要員が別で必要になって来るのだ。

 機動騎士とは違って、飛行船は操縦者(船長)だけがいれば動かせるモノではないのである。


「まぁ、君の船だし、納得してるなら良いのかな? だけどさ、この仕様だと操舵はともかく、前進後進とスラスター部分の動作は魔力持ちの搭乗員を乗せて、指示を出して操船する形になるよ?」


 ラックの発言に、ドクは悪い笑みを浮かべた。

 そして、レフィールは驚きと困惑が混じった表情へと変化してしまう。


「あれ? ドミニクさんから聞いてないのかい? 『船長三人の全員に魔力があった』って話を」


「へっ?」


「言い忘れていたわ。レフィールが二千二百、二番船のルクリュアが二千、三番船のサバーシュが二千百の魔力量の持ち主だったのよ。伝え忘れていてごめんなさいね。甥っ子さん」


 悪い顔になったままのドクは、口に出した言葉とは裏腹に、全然悪いと思っていないのがモロに伝わるかのような声音で、ラックにあっさりと重大な事実を告げたのだった。




 ラックにおねだりしたことで、アナハイ村に届いた数々の魔道具を前にして、狂気の研究者は早速各種実験に取り掛かった。

 実験に使える燃料代わりの魔石も、ドミニクの要求通り大量に用意されている。


 ドクの事前予測通り、この地のこの職は、彼女にとっては天国に感じる職場待遇であった。

 魔道大学校における煩わしい人間関係がなくなったのも、彼女的には予想外に快適なことだったのだ。


 但し、目下のところ改造できる機動騎士は手元にないため、ドクが実際に手を出すのは飛行船のみ。

 技術者兼研究者としては、弄り回せる“興味のある”玩具があればそれで良いのである。




 これは過日の話になるのだが、実験で飛行船に仮取り付けした魔道具の操作は、当然ながらラックの叔母が全て動作チェックを行っていた。

 だが、そこへ「私にもやらせろ!」と、一番船の船長であるレフィールが手も口も出す。


 取り付けられた魔道具は、稼働に二百の魔力量を必要とするものだったため、レフィールでは動かすことができないハズであった。

 そして、ドミニクの技術者としての立場からすると、作業や実験中に今後何度も同様の邪魔をされては困る。


 そうした考えもあって、「一度、動かせないことを体験するのも良いだろう」と、心の内で呟く。

 続いて、「魔力持ちにしか動かせないから、無駄だと思うわよ」と言いながら、試験操縦用の座席をレフィールへと譲ったドミニクだったのだが。


 その結果は。

 

「動く。こいつ、動くぞ! 私でも動く!」


「あらまぁ。レフィール。貴方、魔力持ちだったのね。『元スティキー皇国の人間だ』とはラックから聞いているけれど。ファーミルス王国に来てから、魔力量の検査はしなかったのかしら?」


 予想外の結果には驚きつつも、ドミニクはレフィールに問い掛ける。

 まず、あり得ないだろうが、「ラックが船長たちの魔力量の検査を行ったにも拘らず、うっかりにしろ故意にしろ、自身に結果を教えてくれていない可能性」は存在するからだ。


「そんなのがあるのかい? 何もした覚えはないよ」


「そうなのね。じゃ、わたくしが持っている検査機で今から検査をしてしまいましょうか。ついでに他の人たちもね。他の船長さんはルクリュアとサバーシュでしたっけ? あとは息子さんたちか」


 そんな流れで六人の検査が行われ、女性陣の数値は前述の通りである。

 ちなみに、息子三人は残念ながら八十、七十、六十の結果であった。

 彼らの魔力量は平民の平均値よりはかなり高い。

 だが、それでも通称で「魔力持ち」と言われる最低ラインである「二百」の数値には届いていない。

 要はファーミルス王国だと、ザコ枠になる。


「素晴らしいわね。ファーミルス王国の貴族家の出自ってわけでもないのに。貴女たち下級機動騎士なら操縦できるわよ。あ、でも貴族籍を持っていないし、魔道大学校を出ていないから機動騎士は無理か。抜け道がないわけじゃないけれど、まぁそれは今はどうでも良いわね」


 そんな流れの事件(?)が過去にラックの知らない所では起こっていた。


 そもそも、「何故個人所有で魔力量の検査機を持っているのか?」という、それに関しての知識がある人なら、ツッコミどころが満載の話であったりするのだが、それへの答えは勿論ある。


 ドクが前職の魔道大学校の機動騎士関連の責任者に就任して直ぐの頃、新入生入学時の検査用に使われていた品物のうちの一つを、興味本位と単なる物欲でちょろまかしていただけであった。


 当時の魔道大学校の備品管理の担当者は、自身に向けた責任追及が起きかねない不祥事の発覚を恐れてしまった。

 それ故に、紛失や盗難ではなく、「故障による廃棄」と、検査機が一つ減った理由を捏造して数合わせの手続きを行ってしまった。


 それが、足りないはずの一つの捜索がされることもなく、現在もドクが所持したままになっている理由だったりする。

 もっとも、当時の彼女の境遇というか立場だと、正式に願い出さえすれば所有が許された可能性は実は高い。

 但し、その場合は「魔道大学校に所属している限り」という条件が組み込まれてしまうだろうけれど。


 ちなみに、その窃盗自体はドミニクの就任直後だっただけにかなり昔のことで、王国法の刑罰の観点から行くと時効が既に成立している。

 つまり、現時点では入手経路不明の合法所持品となっているのであった。


 これは余談になるが、実のところ時効に関連する法律も賢者の知識からの産物であり、妙なところでもラックのご先祖様は影響力を発揮していたりする。

 実にどうでも良い話なのだが。




 それはさておき、ラックからすれば寝耳に水が如く、突如シンママ三人衆の船長全員が「下限に近い」とは言え、男爵級の魔力量の持ち主だと知らされたわけで。

 知ってしまえばゴーズ家の当主としてのそれなりの対処が、当然必要となってくるのである。


「良かったわねぇ。お嫁さんがまた増えるのね」


 ドクからの「面白いことになった」という表情を、全く隠すことなく口にした言葉に対し、ラックは湧き上がる「毒を吐くな!」と言いたくなる気持ちを無理矢理に抑え込む。

 三人の船長をゴーズ領で確実に抱え込み、魔力持ちとしての登録を穏便に行う手段の抜け道は確かにそれしかない。

 それしかないのだが、このケースだとラックとしてはミシュラが怖いのも事実であり現実である。


「えーとですね。レフィールさん。これは船長さん三人全員に話すべきことなんですけどね。私の方も、正妻からの許可をきちんと得たあとにしか、できないことでありましてですね」


「何そのおかしな言い方。レフィール。貴女は知らないでしょうけど、必要魔力量五百を超える道具は、一部の特殊な例外を除いて、使用者が限定されるように登録が必要なの。今は実験機の扱いで、その制限がわたくしの権限で解除されてるけれどね。なので、ずっとこのままってわけにはいかない。だけど使用者の登録ができるのは貴族籍を持つ人間だけなの」


 一旦言葉を切ったドクは、レフィールが説明した内容を理解しているかを知るために表情を窺う。

 そして、「どうやら大丈夫らしい」と判断したあと、更なる説明を続けた。


「貴女がこれから貴族籍を得る方法は二つある。一つは、まず王国にお金を払って魔力持ちの平民の登録をし、三年の労役をするか、それに代わるお金を納める。そのあと、問題がなければ希望した貴族家か、魔力量に見合った爵位の家を斡旋される。そうして、そこの家の養子となり、更に三年間魔道大学校に通って卒業すること。これで正規の貴族籍が得られるわ」


「それは、大変過ぎないかい? そんなの無理だよ」


「でしょうね。で、もう一つは、辺境伯もしくは侯爵以上の爵位を持つ貴族の妾になること。お勧めはこっちになるわね。貴女、女性で良かったわねぇ。男性だと二つ目はないから」


 男女で手段に差があるのは、「貴族家の当主は男性に限定される」という、ファーミルス王国の制度上の事情が絡むのがその理由である。

 そして、実は妾を持つこと自体には貴族の爵位は関係がなく、「二百以上の魔力量の持ち主且つ、相応の財力を持つ」という条件さえ満たせば、王国の法だと許される。


 伯爵以下と伯爵より上の爵位で妾の立場に差が出るのは、単に後ろ盾の保証人的意味合いで線引きがされているだけだ。

 線引きの理由がそうであるため、もし後ろ盾になる自信があるなら、国王に願い出れば爵位が足りていなくても許可が出る可能性はある制度となっている。

 もっとも、過去にそんな実例は一つもないのだけれど。


 尚、ここでドクが知っていても、あえて言わない第三の方法も実は存在する。

 それは、出産可能な年齢の女性限定の最後の裏技であり、「『塔』で出産した男子の母親としてくっついて、貴族籍入りする」という手段だ。


 ドミニクがその裏技に触れないのは、その道を選んだ場合の苦痛を身を以て知っているからであろうか?


 真実は藪の中だ。


 過去のゴーズ家における事例で挙げると、実はミレスとテレスは、登録のお金と労役代わりのお金を支払ってゴーズ家が希望した形で養女となっている。

 その時の経緯もあり、ラックはこの制度のことをよく理解しており、しっかり覚えていただけだったりするのだけれど。


「えーと。ドクに説明されてしまったので言います。改装予定を実行した場合で、レフィール、貴女が貴族籍を持たない場合、その飛行船に乗り続けることができなくなります。ただ、これは当初のゴーズ家への就職への条件に反する話になってしまうので、私としてはやりたくありません。で、そうなると私の妾になってもらうのが一番手っ取り早い話になってしまうのです」


 ここまで黙って考え込みながら聞いていたレフィールだったが、ラックの言葉でようやく口を開く。


「つまり私に『嫁に来い!』と。そう言ってるわけだね? でも立場が『妻じゃない』と。『妾だ』と」


「あの? 拘るとこはそこ? そこなの?」


 ドクが要らないチャチャを入れて来るが、ラックは無視して話を進める。


「嫁いでくる場合、対外的にはそういう立場にしかできません。ファーミルス王国の家制度だと、貴女は父親が貴族じゃない平民ですからね。ですが、『ゴーズ家の中での序列』というか『扱い』は別です。そこは当主である私の裁量権の範囲ですので」


 そんなこんなのなんやかんやで、途中からルクリュアとサバーシュも加わって、ラック&ドクに三人衆がプラスされての五人での話し合いが続いた。

 その長く続いた話は、最終的には、「ゴーズ家の正妻の許可の有無を含んだ内容次第」という条件付きの結論で決着となったのだけれど。


 ちなみに、母親が嫁ぐ話であるのに、息子さんたちはこの時完全に蚊帳の外であった。

 途中でそれが気になった超能力者であったが、「成人してる息子はもう独立してんだよ!」と、三人衆は口を揃えたのだった。


 こうして、ラックは新たに女性三人を囲うことになる可能性が急浮上してしまった。


 以前(81話)に魔王様から探られた案件が現実化しそうなハメに陥りつつあるゴーズ領の領主様。意外にも、当事者三人からは嫁ぐのを嫌がられるどころか、「『妻』ではない『妾』って立場が気に食わない」と怒られる事態に直面し、困惑しきりとなる超能力者。「魔力量0の僕って、この国だとゴミクズ扱いで全然モテないんだけどなぁ」と、小さく呟きながらも、「どうせなら、若い頃にモテてみたかった」と、誰かに知られたら首を絞められかねない、黄昏モードに突入したラックなのであった。

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