91話
カクヨム版91話を改稿。
「『王都に招集されていた軍の戦力が、解散命令で戻された』だって?」
ラックは北部辺境伯が出してくれた伝令兵経由で、ミシュラへと知らされた情報に驚いていた。
時刻は夕闇が迫る少し前。
今日も今日とて日中は外に出て、超能力者にしかできない“領主の仕事?”を熟した領主様。
ゴーズ家の当主は、トランザ村の領主の館へと戻り、執務室で本日の執務を終えてライガの世話をしているミシュラから、口頭での報告を受けたのだった。
「スティキー皇国との戦争が、当家の戦果も含めて、状況に動きがなくなって日数も経ちましたし、王都に新たに配備された対航空機用の魔道具の兵器の数が揃ったこともあって、領主貴族からの『領地へ戦力を戻したい』という要望が強くなったようですわね。それを受けての対応なのでしょう。おそらく『財政面での支出を押さえたい』という部分も関係はしているでしょうけれど」
ゴーズ家の視点で言えば、先頃行われた飛行機の引き渡しに伴い、有償の貸し出しで王都に派遣していた機動騎士十五機という戦力は、既に現地からの撤収を完了している。
だが、それはあくまで、高射砲という魔道具の兵器の配備が完了したからの措置であって、戦争が終了したわけではない。
この段階で、王宮が王都の戦力減を更に認めるのは、少しばかり「妙」と言うか「不自然」と言えた。
「何かがあったんだろうか? ちょっと不自然じゃないかな?」
ミシュラへ向けてそう言いながらも、ラックは千里眼を発動した。
超能力者は、「王都の文官がした仕事の結果を漁れば、その判断が出た経緯がわかるかもしれない」と考えたからだ。
そして、偶然の要素が強いのだが、結果としては答えが直ぐに見つかったのである。
これもラックの名が呼び寄せた幸運なのであろうか。
「ああ、これか。南部辺境伯の領都の復興作業。これのために『機動騎士を使いたい』と、辺境伯とカストル公爵の連名で申請がされている。王都から引き上げる戦力の一部が、南部辺境伯に有償で協力するようだね」
「あら。そんな事情でしたのね。連名になっているのは、おそらく南部辺境伯が母を通じて父を動かしたのでしょう」
何故この時期に、それが行なわれたのか?
残念なことに、この時のミシュラは気づいていなかった。
ミシュラの母は正妻の座を追われ、ゴーズ領へ蟄居的な扱いで身柄を引き渡されることが既に決まっている。
それは、ロディアが王都のカストル公爵邸へメインハルトを連れて戻る時に実行される案件であり、先の話で直ぐにというわけではない。
けれども、彼女が将来そのような立場に変わるのを、カストル家の当主は南部辺境伯にも当然知らせている。
南部辺境伯家は公爵家の“正妻”として扱われることを前提に、自家から当主の姉で高魔力を持つ女性を嫁がせていた。
それがミシュラたち三姉妹の母だ。
当たり前のことだが、その前提を覆す話になるのならば、相応の納得できる理由と、詫びに相当する何らかのモノが必要になる。
簡単に通達的な連絡をカストル家から受けただけでは、三姉妹の母親が正妻の立場から追われるのを、実家の辺境伯は看過できないのだから。
正妻は運悪く男子を授からなかったが、それでも「三人の娘を授かっている」という立派な実績だってある。
侯爵家の出で、魔力量も彼女に劣る女性であるロディアが、いくら「後継ぎとなれる唯一の男子を出産したから」と言っても、南部辺境伯家からすれば、それが前述の相応の理由とはならない。
ましてや、その新たに正妻に据える予定のロディアの実家は、醜聞を知らぬ者がいないアノ侯爵家なのである。
そんな案件が実行されれば“南部辺境伯の面子は潰されたも同然”の話となってしまう。
通常ならば使うことはないが、「必要ならば外戚の立場で、カストル家にお願いを通すことができますよ」という札を“使えるかどうか?”は立場の証明にもなる。
つまるところ、南部辺境伯とカストル公爵の双方の面子と実利を守る話がことの発端であり本質。
今ならまだ正妻の立場のままで意見が通しやすいのと、既に男子を授かっているけれど、未だ正妻とはなっていないロディアがいても、カストル家は「現在の正妻の実家にちゃんと配慮してますよ」と、周知するのに相応しい案件。
それが、連名での申請だったのである。
ちなみに、ラックやミシュラはミシュラの母親が、ロディアを直接殺害する意思を持っていて、南部辺境伯の配下である暗部を動かしたことは知っている。
南部辺境伯は、姉が実家の伝手を頼って暗部を動かした事実だけは承知しているが、ゴーズ家の当主と正妻がその事実を把握していることまでは知らない。
また、カストル家にはそれが知られていないことを、彼の家のその後の対応状況から辺境伯は理解していた。
カストル家の当主と家宰が、南部辺境伯配下の暗部の動きを知らなかったのは、彼らがそれを知る立場にはなかっただけであった。
ミシュラの母はロディアの殺害を企てたが、対象者に直接危害を加えるかなり前の段階でことが超能力者のみに露見し、全て処理されてしまった。
そうして、カストル家の者にヤバイ事実が発覚する前に失敗したのと、ラックたちがそれを知らせなかったため、彼らは情報を得る機会がなかったのである。
しかし、彼らはそれを知らなくても、ちゃんと考えてはいたのだ。
ただ、そのような危険性に気づいた時期がミゲラの夫の暴走後だった。
そのため“少々遅かった”という事実はあるけれど。
カストル家の当主も家宰も、危険性に気づいた後は、正妻の立場なら新妻に嫌がらせの一つもするのは当然であるから、「きっとこれまでに何かはしただろうし、今後もするだろう」と、思ってはいた。
それ故に不穏分子として将来は遠ざける決断を既にしているし、危害を加えられては困る母子はゴーズ領へ逃がして匿わせている。
しかしながら、殺害の実行が未遂に終わっただけなのをもし知っていれば、至極当然の話で対処は更に過激なモノとなるであろう。
このケースの過激な対処とは、普通に自害を強要することになるありきたりなやり方。
所謂、対外的発表は「病死で急死」というやつだ。
割とよくある貴族の醜聞隠しの黄金パターンである。
片やロディア母子の滞在を受け入れているゴーズ家の当主は、外敵からの領地防衛が目的で、統治下の地域の全てに超能力で長城型防壁を作り出している。
それは、ラックが土方親父超能力者とされる、象徴の一つだ。
主目的は対魔獣用であったはずのそれが、暗殺者の行動を阻んだ。
そして、偶々、領地の関所という警戒網に引っ掛かった暗殺者の一人に、接触テレパスを行使したのが、ロディア母子への害意が失敗に終わったきっかけとなる。
超能力者は暗殺者を泳がせてから、ついでとばかりに、後に王都周辺の実働部隊を完全殲滅して行った。
暗殺には暗殺で、やり返しただけのことである。
結果的に、それがカストル家内部におけるミシュラの母の名誉を損なうことを防ぎ、南部辺境伯に連座でペナルティが行くことも防いでいる。
それが実情だったするのだが。
勿論、ラックの行動はその状況を狙って行われたのではない。
それでも、その生み出された結果の恩恵を、両者はちゃっかりと受けているのだった。
だがしかし、だ。
悲しいことに、超能力者は南部辺境伯の関係者一同から恨まれるだけで終わっている。
棚ぼたの恩恵を受けたはずの彼らからは、感謝など一切されていない。
両者からは、「できる力を持っているくせに、南部辺境伯領を救わなかった」と逆恨みはされていても、感謝は微塵もされていないのが現状なのである。
更に言えば、ゴーズ領は今後の犯行を未然に防止するための協力を、現在進行形で行っている。
しかも、不穏分子且つ本当はロディアへの殺人教唆の犯罪者なのを承知していても、「正妻の実母である」という理由だけで、過去には目を瞑って自領へ引き取る予定までもある。
実に報われない話でしかない。
裏ではそんなドロドロした感じなのだが、現実に起こった事象は簡単だ。
それは“終戦宣言なし”での、対スティキー皇国の戦争目的で王都に招集された軍の解散。
戦争中にも拘らず、南部辺境伯の事情で起こった現実は、多くの領地持ち貴族からすれば喜ばしいことでしかなかった。
彼らの本音はどう言葉を取り繕っても、所詮は王都の防衛よりも自領が優先だからだ。
南部辺境伯からの要請に応えて助力する貴族たちも、上位の貴族家に相応の対価を払わせ、貸しを作れる機会の二つを得られる。
そちらも存外、悪い話でもないのである。
但し、王都で特に仕事に就いていない魔力持ちは、「戦時体制は解除ではない」という理由から、引き続き王都防衛への協力要請は出されたままとなっていた。
けれども、それはファーミルス王国全体からすれば些細なことであろう。
「僕らには直接影響はないけどね。形は戦時体制の継続のままだし」
「そうですわね。ですが、宰相が父たちの連名のそれを受け入れたというのは、もう薄々、悟っているのではないでしょうか。王国は公にはしないでしょうが、内心では『今後、スティキー皇国からの攻撃はない』と。既にそのような判断を下している可能性が高いでしょうね」
ミシュラの予測は正鵠を射ている。
ちなみに、宰相が国王陛下と共にそうだと考えているにも拘らず、それを公表しないのはその方が都合が良いからだ。
相手国に終戦や停戦の確認ができない以上、宣戦布告は有効であり、一度は敵国から国内に攻撃された実績がある。
そして、確定情報が得られない以上は、王国側がゴーズ家に戦後の褒賞を支払う必要はない。
目下のところ、ファーミルス王国にとって最重要なのはそこである。
結局、スティキー皇国はファーミルス王国へ事前に宣戦布告をし、初手で南部辺境伯領の領都を焼いただけで、その後は何もしていないのだ。
正確に言えば、「アイズ聖教国の跡地に作り上げていた基地の撤収をしている」のだから、現状は「撤退行動に入っている」とまで言える。
そして、王国側は彼の国の位置を知らない。
それ故に、王国から能動的に打てる手が全くなかった。
ただ、これも正確に言えば、「ゴーズ家は皇国の位置情報を知っている可能性が高い」のだが、その情報を強制提供させる権限が今のファーミルス王国にはない。
それは、彼の家が招集軍に参加しておらず、招集軍での軍事行動中に得た情報ではない独自のモノであるからであった。
単に終戦や停戦を確定させるだけならば、方法がなくもない。
方法論としては、ゴーズ家に対して、「スティキー皇国と戦闘行為ではなく終戦や停戦の交渉をして来い!」と、命じる手はあるのである。
しかし、それも「実現できるか?」となれば、「不可能」と言わざるを得ない。
そもそも、ゴーズ家に傘下のガンダ領とティアン領を含んだ勢力として、独力の遊撃の軍として参戦させていること自体が本来ならば大問題だからだ。
そこに追加して更に無理を通すことなど、できはしない。
これ以上の要求は、既に傷がついてしまったファーミルス王国の約束に対する信頼に、更に不信を積み増す以外の何物でもない行為となってしまう。
それは、ゴーズ家だけに留まる話ではないところが厄介なのだ。
そして、絶対に不可能なことだけに仮定を考える意味などないのだが、それでも、仮にゴーズ家へ対スティキー皇国の交渉を命じてそれが成ってしまった場合。
ゴーズ上級侯爵の功績が、これまでの戦果報告に加えて、更に追加される事態になってしまう。
そこに付け加えて、“困っているから”先送りしてる報酬の支払期限の条件が有効化する。
ゴーズ家のこれまでの戦果に対して、それに見合う報酬とは一体何をどれだけ出せば良いのか?
過去の契約を反故にする違反行為が存在している。
無理を押し通して強要した参戦に対する賠償問題をどう処理するのか?
それら二つの問題ですら適した案がなく、対処不能で先送りしている現状。
そこへ報酬を追加する案件を積み増し、先送りしたくてもできなくなる状況に自ら飛び込むことになる命令など出せるはずがない。
寧ろ、それでも尚、命令可能な状況であったなら「困るしかない」と言える。
それは、ファーミルス王国にとって、自殺や自爆と称される行為以外の何物でもないのだから。
そんなこんなのなんやかんやで、実質は終戦しているはずなのにグダグダとなったままのスティキー皇国との戦争は、以前にミシュラが予測した通りの王国側の対応展開となってしまった。
期待をしなければ裏切られることもない。
ラックは今のファーミルス王国へはそんな考えを向けてしまうし、蔑まれ続けた幼少期を思い出してしまう。
それは昔の孤独な、魔力0の無能として生きていた頃に、自身を守るために必要だった考え方。
ラックはミシュラという伴侶を得てからは、「全てが順風満帆」とまでは言えなくとも、「そこそこ幸せだ」と感じる人生を送ってきている。
しかしながら、領主の立場となって以降に、「理不尽な目に遭ってはいない」などとは、とてもじゃないが言えない。
それでも、比較の対象を“幼少期から魔道大学校を卒業するまでの期間”を基準としてしまうと「二度とあの日々には戻りたくない」と断言できる程度には、今の生活の方が良いのだ。
ラックは思う。
今の磨き上げられた超能力を持っている自身は、ミシュラを連れて二人だけで暮らすことを考えるのならば、何処へ行ってもやって行ける。
究極の話をすれば、魔獣由来の素材を潤沢に使った高性能の住居を作れば、極点でだって生活は可能なのである。
だが、ただ生きて、食べて行ければそれでだけ良いのか?
ラックは残念ながら、もうそれだけでは満足できなくなってしまっている。
なんだかんだといろいろな事案発生がありながらも、子供たちの成長を見守り、彼らの将来の生活を考えて領地を作り上げて行く過程は、充実していて楽しいのだ。
特別枠のミシュラ以外の妻たちから信用され、頼られることで、幼い頃になくしてしまったと思っていた自尊心的なものが復活し、育まれたように思う。
こっそりと超絶性能の機動騎士を作り上げることや、ファーミルス王国では誰も体験したことのない、空を征く飛行船の雄姿を見せつけて、ドヤ顔だってしてみたい。
それをしても、誰からも文句を言われず、取り上げられることもない。
そんな立場や力を手に入れたい。
いつしか、ラック自身の目的は、そんな方向性へも向いていたのである。
こうして、ラックはミシュラとの会話の中で、現在のファーミルス王国の状況と自身の立ち位置や目的をなんとなく再確認した。
相変わらず美しい妻の顔を眺めつつ、「僕の望みは、いつの間にか変化していたのだなぁ」とちょっと感傷的になってしまったゴーズ領の領主様。アナハイ村に顔を出したら、ドクから「赤い機体にしたいなら、塗装用の赤の原料を早く調達して来な!」と、言われてしまう超能力者。「さっさと魔獣の領域へ行ってこい」とばかりに、尻を叩かれる日常を過ごすラックなのであった。




