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87話

カクヨム版87話を改稿。


「『機織職人、染めの職人、縫製の職人が欲しい』ですって?」


 王都に店を構える服飾店の主人は、ゴーズ上級侯爵から届けられた打診の手紙を読み終えて、思わず驚きの声を上げた。

 自身が持つ店は大店であり、カストル家のお抱えでもある。

 彼が知る今回の打診元のゴーズ家は、カストル家と婚姻関係を結んだ家だ。

 しかしながら、直接のパトロンではない。

 そうである以上は、店主が無茶振りに驚くのは至極当然の話なのだった。


 そうしたところへ、ひょいと顔を出した熟練の職人が発言する。


「旦那~。それなぁ。儂らが意地になって弄り回したあの糸と布が原因なんだわ。糸の量産の目処が立って、布地を大量生産したいそうなんだけどな。その話で直接相談されたんで『旦那の方へ話を通してくれ』ってなったんじゃ」


 ファーミルス王国内において、どこの店でも体制は似たようなモノ。

 職人はそれぞれの仕事の分担範囲が決まっていて、個人個人が担当分野のスペシャリストだ。

 そして、馬が合う者同士でチームを作っており、完全な縦割り。

 冒頭で驚きの声を上げた主人の店では、そういったチームが七つ動いていた。

 勿論、同じ店で働く者同士の交流はあるし、仕事の融通はある。

 だが、比喩的で日本風に言えば、「実態は独立している下請け会社を七つ抱えている元受会社」が大店の旦那なのだった。


「ああ。あの難物か。君のとこのチームが他の仕事の区切りを付けた後に、『研究に専念するから、しばらくは仕事を回さないでくれ』ってなったアレだな。店としては、ゴーズ家の当主様の金払いが良かったから、かなり儲けは出ている。『支度金、迷惑料、研究開発費と色んな意味合いを含んだお金だ』と、当初の依頼主のカストル家とは別で大金を受け取ったから文句はないが」


「そうそう。儂のとこもそれで潤ったわ。結果的に割の良い仕事じゃった」


「しかしな、それだと『量産する仕事をゴーズ家がこの店に発注すれば、チームごと専任で受けられる話だ』と思うのだが?」


 店の主人は、彼的には当然の疑問を口にする。


「織りも、染めも、立体裁断も、縫製も全部必要なんだが、『用途が服じゃない』って話でな。そういう話だから当然、商品として売る気はなく、全部自家用で消費する。糸の生産地はゴーズ領にあって、最終製品の使用地もそこじゃ。とどのつまりは、『現地生産したい』ってわけじゃな」


「ふむ。それは理解した。だが、それでもそういう内容でこの店に発注して貰えばそれで良いように思えるが?」


「儂らはそれでも良い。じゃがな。ゴーズ家が心配しているのは旦那とカストル家の繋がりじゃろうよ。あの糸と布は、『世に出れば欲する人間は後を絶たない』と儂は思う。しかし、あの家は自家で独占使用して『他所には一切出したくない』という考えじゃ。これはもしもの話になるのじゃがな。その状況で、旦那にカストル家から『融通してくれ』って話があったなら、どうなる?」


 職人の話がそこまで進んだ段階で、ようやく店主にも状況が理解できた。

 そして、理解できてしまえば、「確かに、これは不味い」と言えた。


 ゴーズ家から店として仕事を受ける形では、状況次第では“板挟み”となってしまう。

 その結果“カストル家お抱えの立場を失う”という最悪の事態に発展する可能性があるのだから。


 店主が黙って“絶対にあって欲しくない事態”について考え込んでいる間に、職人は更に言葉を続ける。


「結局のところ、『今』はあの糸を扱えるのは研究と試作を重ねた儂のチームだけじゃ。現段階では独占技術じゃな。だが、時間と金を掛ければ。儂らと同等の腕前を持つチームを別で作って、あの糸を扱う技術を再現することは不可能ではないじゃろう。既に到達する最終形の答えの現物がある以上は、そこへ至るまでの時間も短縮されるじゃろうな」


「技術の話はわかるが、君は何が言いたいんだ?」


「『儂らが一定期間出向いて、技術指導をする』という選択もある。それをこの店で仕事として受ける手はある。だが、今なら儂らがこの店を去っても、『すぐに補充ができる当てがあるのではないか?』と、儂は思っておる」


 王都に限った話ではないが、ファーミルス王国ではそこに住む人口に対してのあらゆる種類の必要な職人の数は決められており、制限がある。

 勿論、競争原理が働くようにと、需要に対してやや多めに上限が設定されているし、五年ごとに適正数の見直しもあるのだけれど。


 実はこれも、過当競争を防ぐために、大昔に賢者が作り出した仕組みだったりするのだ。

 けれども、それはここでは関係がない。

 何の話かと言えば、「南部辺境伯領の領都の人口が激減し、焼け出されて(68話の事案)店主である兄を頼って王都へやって来た弟がいる」ということだ。


 店主の弟は、元は現在も再建の目処が立っていない南部辺境伯領の領都に、服飾店を構えていた。

 彼は優れた手腕を発揮して、スティキー皇国との戦争で業火に見舞われた領都から、幸運にも自身の家族や下請け職人たちとその家族を連れての脱出には成功を収めた。

 あの悲劇が起こった地に住んでいたにも拘わらず、命が助かった側の極少数の人間の中に含まれていたのだ。


 だが、しかし。

 店主の弟は己の幸運をそれだけで使い果たしたようで、店も資産も焼失は免れなかった。

 南部辺境伯領の領都を脱出した彼らは、手に職はある。

 だが、王都で同業は飽和しており、新規参入は不可能。

 現状は兄を頼って倉庫の一部を間借りし、大人数の居候をしている難民キャンプ状態となってしまっていた。


 仕事も収入も安定せず、日雇いの仕事を細々と続け、実態はスラムに住んでいないだけで、限りなくそちら側に近い生活状況。

 そして、前述の発言をした職人はそれを知っていたのである。


「そういうことか。弟をゴーズ家に紹介し、君らの分の職人を彼らの中から補充する。君の希望としては、『指導に出向くのではなく、移籍をしたい』のだな?」


「ま、そういうこったな。儂らが苦労した成果を伝授して、『はい、それまでよ』となったら、それをすんなりと受け入れられるほど儂は人間ができておらんよ」


 形としては、現状の居候の全てをゴーズ領に移住する形で話を纏め、(くだん)のチームを半年なり一年なりなんなりと期間を区切って、技術指導で派遣しても良いはずであった。

 店主自身としては、それが最も良い形であろう。


 しかし、眼前の職人も人間で、感情がある生き物であるから、店にとっての最善が彼らにとっての最善と同一ではないことだってある。

 今回のケースは正にそれなのだった。


 そうした話をしていて、店主はようやく気づく。

 彼が今、ここに来ている意味を。


「なるほど。君個人だけの話ではなく、『もう既に、チームとしての意思の取り纏めは済んでいる』ということか。残るは私の考え次第ってわけだな」


「すまんな。その代わりと言っちゃなんじゃが。実は儂からゴーズ家に願い出たことが一点ある。それはな、『もし、儂らが移住した場合、もう一種類の糸を使った製品や糸自体をこの店にしか卸さないこと』じゃ。これはもう先方の内諾を貰っておるよ」


 ラックが以前(59話)に加工を依頼した糸は、蜘蛛型魔獣のものだけではなく芋虫型魔獣のものもあった。

 こちらはこちらで、布製品としての手触りと光沢が従来のものと一線を画す。

 残念ながら、現段階では蜘蛛のように“飼育しての量産化”という目処が立ってはいないが、ゴーズ家が魔獣の領域から原料の糸を調達するのは不可能ではない。

 勿論、量的な制約は付くが、商品特性としては超高級品路線向けとなる。

 つまるところ、少量生産であっても問題とはなりにくい上に、店としても“他店にはない目玉商品としての位置づけが可能”という美味しい話となるのだった。 


 そんな流れで話は纏まり、両者はガッチリと握手して円満に次の段階へと進むことになったのである。




「お、二人が笑顔で握手してる。どうやら当家の要望はすんなり通ったようだな。それなら、エルガイ村に人の受け入れ準備を始めないとね」


 ラックはたまたま千里眼で服飾店の様子を視ていた。

 彼は店主と職人の話が険悪な状況になるようであれば、「なにがしかの手を打つことも必要だ」と考えていた。

 けれども、それは杞憂となった光景が視られたのだ。


「あら。どなたのお話かしら? 人の受け入れが必要なのは、最近の案件だと蜘蛛糸の加工関連かしらね?」


 唐突なラックの独り言に慣れているミシュラは、横で聞いていてその発言内容に質問を被せた。


「服飾店の職人だよ。少なくとも十五人くらいは住人が増えるね。僕の勧誘活動もたいしたものだろう?」


 ドヤ顔で語った超能力者だったが、ラックはまだ店主の弟の話や、その弟が引き連れている人間のことは知らない。

 職人とその家族の移住に際して、彼らの引っ越し荷物に関しては機動騎士で運ぶ。


 そういう体裁で纏めた荷物を王都から搬出し、その後テレポートで運んでしまうつもりなのだが、人の移動はそうするわけにはいかない。


 家財の荷物も、仕事に使う魔道具を含む道具も運ぶのだから意外に物量はある。

 そして、そこに予想外の大人数が、着の身着のままに近い状態で加わるのだ。


 ラックの事前想定に対して、現実の未来は五十人以上の上乗せがあり、いきなり七十人ほど村の住人が増える事態。

 領主としては嬉しいけれど、驚くことにもなるのである。


「そうですわね。そして、良かったですわね。ですけど、その人数だけでは、生産量が知れていますわよ?」


「うん。まぁそこは、領内で弟子入りする人間を探して、育てて行くしかないよ。こういうのは、さすがに僕一人の力で何とかするのは無理だしね。ま、とりあえず彼らだけで少量生産でも良いから始めて貰って、後は追々ってことで」


「それしかないですわね。上級貴族の礼装用の服が作れるレベルの職人は領内にはいませんけれど、領民用の服を作れる人材ならいるわけですし」


 この時、二人は気づいていないが、ヒイズル王国からゴーズ領に移住した人間の中には、かなり上質の服を作れる人材も実は存在している。

 但し、そういった人材は、元の所属国が違うのと、国としての格がファーミルス王国よりも低かったことが原因で、作れるものがゴーズ家視点だと微妙な品となるのだけれど。

 もし、彼らを見つけて服を作らせても、王国の流行とは違ったデザインで、品質的には下級貴族レベルに相応しいものになってしまう。


 元がカツーレツ王国内において、そこそこ規模に繁栄していた街の職人なのだから、それも仕方がない部分はあり、また、それで当然でもあるのだが。

 そして、彼ら的には、高級品の服は現状のゴーズ領だと仕事としての実需がないため、作っていないだけだった。


 ゴーズ家は大々的に領内で募集を掛けて、デキル人材探しをしているわけではない。

 そのため、ゴーズ領内ではこのようなことが、分野を問わずで往々にして起こっていたのである。


 そんなこんなのなんやかんやで、ラックとミシュラは下級機動騎士で引ける荷車的なものと共に王都へと訪れる。

 移住予定の職人たちと細かな打ち合わせをすると同時に、先行して運べるものは運んでしまおうという目論見だ。

 勿論、人材の引き抜きに応じてくれる店主への正式な挨拶もきちんと済ませるのであるが。




「えっ? 『南部辺境伯領を焼け出された元服飾店の人員が、ほぼ丸ごとゴーズ領への受け入れを希望』ですって? それ、大丈夫な人材なのですか?」


「ええ。私の弟ですので、身元は確かですよ。勿論、腕前と言うか、技術の方も。もし、事前に確認をされるのであれば。これは人伝に聞いた話ですけれど、ゴーズ領へ入る時に人物鑑定を行ってる方をこちらへ連れて来ていただいて、調べて貰っても構いません」


 店主への挨拶が済んだ後の話は、ラックの予想外の事態へと進む。

 しかし、職人が増えること自体は、ゴーズ領にとって歓迎できる話となる。

 

「ご存じの通り、ゴーズ領は北の辺境の地ですので、気候は南部に比べると寒さが厳しいとかあるのですけど」


「身体が気候に慣れるまでは、体調を崩す者が出ることもあるでしょうけれど。それでも、『同じ人間なのだから無理ってこともない』と考えています。但し、『これはどうしても住めない』とギブアップした人材は、王都(当店)へ戻して貰って構いません」


「ゴーズの旦那。すまんな。なんか流れと状況でそういう話になっちまったが、それでも元々『人を増やす』って話だったし良いよな? 儂ら的にも、量産に向けてど素人から鍛えるよりも遥かに楽だし。あと、儂らのチームにはいないデザインができる人材もいるからお得じゃよ」


 職人の纏め役は、悪びれもせずに堂々と発言した。

 彼はそもそも、(くだん)の弟がこの家を出て独立する前から店に勤めており、昔から面識があって人柄も知っていた。

 それに加えて、現在の店を失った彼の境遇に同情していたのであった。


「予定はしていませんでしたので、住居の準備が整うまで時間は貰いたいですけれど。一応全員受け入れる方向で。後日、人を調べる爺さんを派遣しますので、移住希望者は一人の例外もなく全員調べを受けてくださいね。話を聞いた限り、そこで撥ねられる者はいないと思いますが、そこでダメとされた人物は受け入れません」


 こうして、ラックは当初の予定の職人三家族の十六名と、追加で五十六名の受け入れを決めた。

 追加人員の内訳は二チームの服飾職人プラス服飾店の経営の人材とデザイナー、それに加えて彼らの家族となっている。

 要は、全部で七十二名をエルガイ村の新たな住人として迎え入れることにしたのである。

 七十二人もの人々に爺さんバージョンで、時間を掛けて接触テレパスを行使するのは大変な作業ではあったが、得られる見返りも大きかったのであった。


 職人から「デザインができる人材がいる」と聞いて、「スティキー皇国の本を参考に服を作って貰おう」と心に決めたゴーズ領の領主様。エルガイ村の服飾産業が軌道に乗った時点で、ならば、ミシュラに着せてみようと領主権限でコソコソと制作依頼を出してしまった超能力者。そうして「正妻にドン引きされた『スケスケのナイトドレスもどき』がどうなったか?」と言えば。後に王都でひっそりと販売されて、隠れた大ヒット商品となるのだが、そんな未来を予知することなんてできるはずもないラックなのであった。

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