表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/140

85話

カクヨム版85話を改稿

「『布だけれど、耐熱性能が従来の金属装甲を超える』ですって?」


 機動騎士の製造技術者として雇われた、ラックの叔母様ことドミニク・マイスターは、定期的な視察にやって来た雇い主が着ている服の異質さに目を付けた。

 そして、ラックからの返答に興味を持ち、そのまま服の素材の性能の話へと発展する。

 それが前述の発言へと繋がるのである。


「先ほど伝えた性能の話に被る部分もありますが、魔獣の領域の深いところに生息する蜘蛛型魔獣の糸。これは熱に強く、切断するのも大変な代物でしてね。加工するのに、『その蜘蛛が体内に持っている液体を溶剤として使う必要まである』という難物なのです。最近になってやっと服に仕立てることに成功して、今は着心地を含めた使用感を試している最中ですね」


 ラックの着ているそれは、以前(59話)にカストル公爵がお祝いの品の名目で派遣してきた職人が居る王都の服飾店で、試行錯誤を繰り返してようやく形にしたモノだ。

 衣服への素材として、彼らが初めて扱う糸を使用する研究開発は難航した。

 余りにも時間が必要とされたため、途中で礼装用の衣服をゴーズ家が提供した糸から作ることは一時棚上げとして延期されたほどだ。


 初期の目的であったゴーズ家当主やその妻の現在の立場に見合う礼装用の服は、一旦通常の布地を用いて作られて、とうの昔に納品されている。

 そして、それとは別に、担当した職人たちの矜持から出た「必ず完成させる!」との発言に、超能力者は追加の物資と金銭の提供で応えた。

 その結果が現在の状況に続いているのであった。


「防刃性能も高く、熱に強い。断熱性能も優れている。唯一の弱点は刺突武器なわけね。それはもう、『服』と言うよりは限りなく『防具』に近いわね。そして、そうであれば機動騎士にそれを転用すればどうなるか? あと、特性からすると飛行船の部材にも適していると考えられるわ」


 そこで言葉を切ったドミニクは、一旦思考の海へと沈み込む。

 但し、彼女の頭の回転は異常に速い。

 答えがはじき出されるのには、そう長い時間は必要とされなかった。

 その思考に要した時間は、具体的に表現すれば、「一秒に届くかどうか?」の短時間であったりする。


「その原料の糸。量産することは可能かしら? この家の軍需物資としての使用が可能な『量』の確保がしたいわね」


「えーと。対象となる蜘蛛型の魔獣を探して狩ること自体は不可能ではないですけれど、安定して量を確保するのは不可能だと思います」


 ラックは無茶苦茶な要求に苦笑いしながらも、現実を伝えるしかない。

 だがしかし。

 ラックの叔母はそこで思考を停止して諦めたりはしない。

 甥が語った見解を、素直に受け入れたりはしないのだ。

 彼女にとって、その程度のことは障害らしい障害ですらない。

 つまるところ、狂気の研究者はすんなり引き下がる人物ではなかった。

 彼女の口から続いて出た言葉が、それを証明することとなる。


「探して狩るのが可能ならば、生け捕りにするのはできないかしら? 王都に持ち込まれた極上素材。その全ての出所を流通経路を辿って調査した結果は、『ゴーズ家からだ』と答えが出ていますのよ。調べるのにずいぶんと手間もお金も掛かったけれどね。つまり、この家は獲物を極力傷つけないで、狩るのが可能な証拠ですわね?」


 いくら異質な考えができる人間であっても、さすがにゴーズ家の当主自らがヒーリングを使用しているのを察知するのは無理であった。

 要するにドミニクは「狩った状態そのままで極上の素材だった」と思い込んでいて、超能力者が獲物の死後に質を変化させていることには気づけなかった。


 しかしながら、ラックの叔母は甥に疑問形で問い掛けつつも、ラックが魔獣を生け捕りにすることなら可能だと確信していた。

 その方法まではわからなくとも、だ。

 そして、それは正しい。


 スティキー皇国にしかない特殊な本の個人的入手を、まだあきらめていない残念なところがあるゴーズ家の当主であっても、その程度のことを実現する力量は持っている。

 彼が超能力を駆使すれば、十分に可能な事柄だからだ。


 機動騎士の製造に“より良い全て”を求める狂気の天才技術者は、確かにラックの力の全体像を察することができなかった。

 だとしても、だ。

 ドミニクは必要な部分の正解だけは、逃すことなく確実に掴み取っていたのである。


「蜘蛛の足を全て使用不能にし、自力で動くことを不可能にする。そうすれば、生きるために、餌を運んで貰うのに、『自らが何をすれば良いのか?』を調教できるのではないかしら? その魔獣を、糸や溶剤の原料をひたすら生み出させる、家畜化するのですわ。そこへ至るのに、勿論、多少の実験的犠牲は付き物となるでしょう。具体的には何匹かは死なせてしまうでしょうね。ですが、必要な餌さえきちんと与えて管理すれば、最終的にはおそらく実現可能な案件だとわたくしは考えますのよ。『挑戦する価値は十分にある』と提案します」


 ドミニクは自己の考えを述べた上で、「ラックへ提案」と言う名の実質強要に近いおねだりをした。

 言うまでもなく、超能力者には承諾以外の選択肢は全く存在していなかったのだった。




「捗る! 捗るわ! 刺突に弱い。これは糸の強度の問題ではなく、織り込んでいる糸と糸の間に鋭く尖った先端が入ることが問題なのよ。つまりそこが発生しないように、ずらして三重、いえ、完璧を期するなら四重が良いわね。四枚の布地を重ね合わせて、装甲の代わりとする。更にマント的な追加装備として持たせれば完璧だわ。それに、マントは汎用装備として規格化して作れば、従来機にそのまま使わせることもできるな! 同等以上の装甲性能を新素材で作り上げれば、装甲重量を八割は減らせる。総重量で考えても、五割程度は減る。つまり、同じ出力の心臓部を持つ機体なら、重量が枷となっている部分の性能が単純に大きく上げられるはずなのよ!」


 現実には、機動騎士の骨格を成す部分の強度や可動部分の構造の耐久性は、現在の装甲の重量で出せる限界性能に少しばかりの余裕を持たせているだけ。

 よって、現行の機体は元々ギリギリのバランスで成立していた。


 従来の機動騎士は、固定化された魔石のランクごとに、既に限界の性能を求めての調整が長期間研究されつくしている。

 つまり、その状況で一部の性能が突出して上がれば、少しの余裕を待たせている“だけ”の部分は限界を直ぐに超えてしまう。

 そうなれば、当然ながら他の部分の見直しも必要になってくるのだ。

 それはどう言ってみても、「単純で簡単な話ではない」であろう。

 けれども、それを重々承知しているはずの人物は、それでも性能向上の可能性に夢を見るわけなのだが。




「貴方。『飛行機の受け渡し場所はサエバ領。北部辺境伯の手配でトランザ村からの機動騎士を使っての輸送』が王国より打診されました。使う機体は『王都から返却される貸し出し中の機体をそのまま使用したい』とのことです。その他には、こちらが要望した魔道具は全て納入されることが受け入れられました。追加した魔道具の数は、これだけで金額換算しても輸送機二機分くらいな気がしますけれど。要は、王国は機動騎士の製造設備関連の全てと、わたくしたちが要求した魔道具、その他諸々を運んで、北部辺境伯領に到着後その場で操縦士の交代を行い、あとはシス家の人間で輸送作業を行うようですね。飛行機の機体の研究は『ゴーズ村で行うか?』それとも、『王都まで運ぶのか?』で両案をまだ検討中だそうです」


 ミシュラは日中に届けられた書簡の内容をざっくりと説明しつつ、ラックへと手渡した。

 最も必要な人材や製造設備の話は既に決定しているため、残りは枝葉末節の感覚での扱いへと移行している。

 彼女の観点では、「あまり態度がよろしくない王都側の派遣する操縦士を、ゴーズ領やガンダ領の領内に入れたくない」という要望を通せたため、打診内容は十分に満足が行くものであった。

 まぁそのせいで移送先の最終地点候補がゴーズ村となり、シス家の次男を筆頭とした操縦士への負担も発生したのは、彼女的には些細なことなのである。


 現在のサエバ領を任されているシス家の長男のルウィンは、降って湧いた仕事での想定外の臨時収入に喜ぶ。

 更に研究場所としての選定が確定されれば、領地内の活性化が益々進む。

 それも棚ぼたの話となる。


 また、次男にしても、今は「余分な仕事が増えた」と感じても、近い将来自身が長男と交代でサエバ領の領主となるのが決定している以上、先を見据えれば存外悪い話ではない。

 加えて言えば、トランザ村と何度も往復する仕事に携われば、ゴーズ家で出される食事にありつく機会も多くなる。


 ゴーズ家の食事は、シス家で日常的に出されるそれよりも質が高いのだ。

 彼らはタイミング的に、ラックが狩りまくる蜘蛛型の魔獣の足の部分の肉にありつける未来があるのであった。


 飛行機の輸送業務に従事した者たちは、過去に経験したことのない美味を後日うっかり家族に漏らしてしまう。

 それは、一時的な家庭内不和を招く操縦者が続出する結果に繋がる。

 だが、そんな想定外の未来ことは、ゴーズ家の要望を通したミシュラの責任ではないのだった。


「追加分の魔道具は、飛行船に改造して取り付けるためにドクが所望した品物だから通ったのは良かったね。買うことはできるけど、分量が分量だけに買い付けも輸送も自前で手配したら面倒だからね」


 ラックは面倒な叔母のことを、名を略して“ドク”と呼ぶようになっていた。

 いろいろと要望が出され続けて、仲が深まった結果の産物である。


「機動騎士の武装用の魔道具も紛れ込んでいますけど、これ、機動騎士へ装備させずに飛行船に取り付けるのですわね? そうなると、専属で魔力量二千以上の人材を常時飛行船に乗せるのですの?」


「いや、『可能であればそうしたい』とは思っているけど、ドクの現時点での構想は、『機動騎士の輸送中に操縦士の手を借りたい』って状況を想定している。『最高威力の主砲ではあるけど、常時使えるとは限らない』って感じだね。副砲で魔力量が低くても扱えるものも積むし、実体弾の武装を一部残す。だから、魔力持ちじゃない人間にも攻撃手段はあるけどね」


 そんなこんなのなんやかんやで、飛行船の大規模改装案は順調に進んでいた。

 具体的には、スティキー皇国にはない画期的な素材である蜘蛛糸から作られる布が、ふんだんに利用できる前提で、最終的には船体の浮力を生み出すために使用している水素を使わなくなる案が出されたのだった。


 飛行船の機構としては、一世代前の熱気球タイプの浮力発生方式へと戻す。

 この方式だと、同じ体積の気体の量で得られる浮力が若干低下してしまう。

 だが、船体自体の重量が軽減されたため、結果的に積載可能重量は僅かな減少で済んだ。

 但し、逆に言えば、「もしも水素を使う仕様のままで船体の自重が軽減されたのならば、最大積載量の増加が可能」であった。


 しかしながら、飛行船の技術者たちはそれを選ばない。

 何故なら、彼らはドクの心理的誘導もあって、別の要素に重きを置いてしまったからだ。


 ファーミルス王国の影響下にある地へ、飛行船の技術者の三人が居を移したことで、「船の部材に魔道具と魔獣由来の素材を利用する」という新機軸が発生した。

 これは、彼らに「浮力を得るための水素に対する、代替可能な実用的手段」という、スティキー皇国の地では想像すらできなかった新たな選択肢を与えてしまう。


 そうして、新旧の技術の利点と問題点の洗い出しを改めて行った結果、「危険な可燃性気体での爆発事故を起こさせないことを、ドクを含めた技術者全員が重視する方向」の結論へと至るのだった。


 魔道具が確実に使用可能な高度八十メートル以下の低空で、魔石を消費して一気に大量の高温の空気を得る。

 高温の気体を溜める部分の、魔獣素材による断熱性能が極めて高いことを利用して、気体の温度=浮力を保持する。

 百メートルを超える高度での移動に使うプロペラで推力を得るには、可燃性液体の燃料が必要であり、そこから追加の熱量も浮力の微調整分として得られる仕組みだ。

 付け加えると、燃料を節約したい場合は高度五十から八十メートル程度の低空で魔石利用の推進機関を使う。

 こうした二つの国の技術のハイブリッド改造案は、結果として航続距離の面で飛躍的な性能アップをもたらす未来へと繋がるのだった。


 尚、ドクは飛行船改装計画の事前に、専任の三人の若い男性技術者に対して、厳密で多岐にわたる聞き取り調査を行っている。

 特に、熱気球から始まる飛行船の開発史と事故については、根掘り葉掘りと念入りにだ。


 機動騎士への異常な愛に溢れるドミニクは、機体の航空輸送中に、飛行船が墜落を含む重大事故を起こすなどの理由で、“機動騎士が破壊されて失われること”を極度に恐れた。

 安全重視の方向で船の武装が強化されたのも、「機動騎士が乗っていれば、その操縦士の手を借りて主砲が使える」という割り切った仕様となったのも、実はそこに本当の理由が存在している。

 だがそれは、他の誰も知ることはなく、彼女だけが承知している秘密なのであった。


 こうして、ラックは自身の持つ超能力に頼らない領地への変貌の第一歩を踏み出した。

 見る人が見れば、「ラックからドクに依存する対象が変わっただけなのでは?」と、言われかねない現状だったとしても、変化の兆しは現れたのである。


 強烈な個性を放つ叔母様の言いたい放題な要望に、振り回され続けるハメになるゴーズ領の領主様。ついには、「機動騎士の骨格に利用できる魔獣素材も、さっさと出しなさいな」と、直接的な催促をされる事態にまで遭遇する超能力者。「僕、雇用主なんだけどなぁ」と、諦め顔でぼやきが入り出すラックなのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ