84話
カクヨム版84話を改稿
明日は投稿できそうにないので一日前倒しで投稿。
来週は金曜日の投稿を予定しています。
「『機動騎士の最高責任者が辞職した』だと?」
魔道大学校の学長は、事務方から上がってきた唐突な報告に驚いていた。
事前に全く連絡がなかった事柄であり、自身がそれを許可した覚えもなかったからだ。
「退職届が提出されまして、それを事務職員が受け取りはしたのです。ですが、退職手続き自体はそれだけで完了するはずがありません。なので厳密には、今は『本人が退職の意思を示しただけ』の段階ではあるのですが、学長もご存じの通り、あの方はああいう方ですので。あの方ご自身が必要とする品々の梱包と輸送の手配は既に完了していて、研究室兼住居はもぬけの殻。張本人は王宮の文官から紹介状を受け取って、スーツで王都を出ているのが現在わかっている状況です。『彼女が自らここに戻られることはない』と考えられますし、『翻意を促して連れ戻す』のもまず不可能でしょう。私は諦めて、さっさと退職手続きを進めるべきかと愚考致します。学長のお考えはいかがでしょうか?」
驚きで立ち上がっていた学長は、詳細な説明を受けた後、ため息と共にどっかりと椅子に腰を下ろした。
続いて、彼は机上にそっと差し出された書類を一瞥し、仕方なく諦めてラックの叔母の退職を認める。
実態は事後承諾の強要以外の何物でもないのだが、ことがここに至っては、彼は現状をそのまま受け入れるしかない。
魔道大学校の学長は、「後任に適した人材のあてがない」という悲しい現実に思考が向きつつありながらも、一連の書類にさらさらとサインをして行く。
そうして、魔道大学校は学内の機動騎士の維持管理と修理の実務、関連する全ての研究等々、機体に関する全てを統括し、一人で何役も熟すことが可能であった稀代の最高責任者を失ったのであった。
「昨夜、飛行機の受け渡しの対価の一部として、『ゴーズ家が王妹であるあの方を技術者として受け入れ、終身雇用する方向で試用期間を設ける』と聞いたばかりだと思うのだが。それでも今、『今朝、ゴーズ家への紹介状を書かされた』と、そう言ったのか?」
宰相は、ゴーズ領へ何度も出向かせている文官の報告を受け、天を仰いだ。
飛行機の受け渡しに関する話は、受け渡し方法、時期、受領場所、対価の詳細をこれから再検討して詰める予定であったからだ。
対価の一部に該当する人員に、勝手に動かれては困るのである。
「すみません。ですが、私がそれを断ることが不可能だったのはご理解いただけますよね?」
宰相はそう言われてしまうと、渋々ながらもそれを肯定するしかなかった。
王妹に紹介状を書かされた男が暗に、「規則通り、決められた手順通りでやったら面倒なだけですよ?」と言っているのが理解できてしまうからだ。
寧ろ、「どのみち拒否はできないのだから、文官が律儀に規則と手順を重視してしまい、自身の出仕前の早朝からあの方を連れて、自宅に押し掛けて来る事態にならなかっただけマシである」とも言えた。
色々と弁えている眼前の男は、どう言ってみてもやはり優秀なのである。
「ま、まぁ、仕方がないな。事後処理とはなるが、この件は私から陛下へ報告しておく。しかしな。昨日の今日だぞ? 職場での引継ぎ事項などは大丈夫なのだろうか?」
宰相は至極当然の疑問を文官に投げ掛けた。
「怖くて確認が取れません。私が魔道大学校へ出向いて確認などしたら、袋叩きに遭う未来しか想像できません。確認のために他者を送って良ければ、是非ともお願いしたいです」
文官は「宰相の自己責任で人の手配をお願いします」と言っているも同然なのだが、それは危険を察知する能力も高いことの証明でもあったりする。
彼は、上司である宰相の心証を慮ることだけは何故かしない。
国王陛下を補佐する最高責任者は、そこが不思議ではある。
あるのだが、時にムカッと来ることがあっても、代わりができる者が他にいない以上は彼を使うしかないのが現実なのだった。
「たった一人が抜けたことで重大な支障が出る体制であったとしたら、それは魔道大学校のやり方に問題があることになる。放置で良かろう。何かあれば言って来るだろうし、学生を通じて親の貴族から情報が入ることもあろう」
宰相は、自身が目の前の文官のみに頼ったことを承知していた。
その上で、その点は都合良く棚上げし、魔道大学校の自己責任の問題へと話をすり替えた。
人は、概ね自分には甘く、他人には厳しい。
逆の人間もむろん世の中には存在するが、数で比較すれば少数派だろう。
そう言った面で自分自身だけは例外とし、ダブルスタンダードなのはさほど珍しいことでもない。
ファーミルス王国の文官の長を務める男は、多数派の側の人間だったのである。
「すみませんが、行先の場所の情報を秘匿する必要があるので、まず目隠しをさせていただきたい。その状態で最低一時間は、義娘のテレスが操縦する下級機動騎士の後部座席に『大人しく』座っていて貰う。これも雇用条件の一つですので、もし拒否されるなら、王都にお帰りいただくことになります。よろしいですね?」
ラックは昨夜一晩の叔母のトランザ村への逗留は認めた。
けれども、全ての交渉と受け渡しが終わるまでの長期間、トランザ村への滞在を許し、秘匿している数多の情報の片鱗に触れられるのは許容できない。
それ故に結論は、「とっととアナハイ村へ送り込もう」となったのだった。
しかしながら、そうなると今度は移動方法の問題が出てきてしまうのだが。
地面の上を移動してラーカイラ村の先へと進み、北を目指して魔獣の領域を突破して行き、アナハイ村へ辿り着く。
言葉で言うのは簡単に可能だが、実施するのは全く別の話となる。
この件は「機動騎士の単機」という条件下ならば、最上級機動騎士の性能を以てしても達成が困難極まるのだ。
もし挑戦すれば、道中での魔獣との戦闘は避けられないため、魔石の消費が激しい。
仮に、「魔獣との戦闘に勝利し続ける」というそれ自体が困難な部分をクリアできたとしても、燃料の魔石が切れて途中で動けなくなるのがオチであろう。
大木が乱立している魔獣の領域の森は深く、道などない。
目的地のアナハイ村が遠くから目視できるわけでもない。
途中で道に迷う危険性までおまけで付いてくるのだ。
要するに、彼の村は正真正銘、陸の孤島なのであった。
現状では移動方法に飛行船の使用を選択するわけにもいかない。
つまりは、ラックのテレポートを使用するしかないのだが、その方法だと移動の所要時間を偽装する必要が発生してしまう。
アレコレと考えた結果、叔母に目隠しをしてテレスの駆る機動騎士に同乗させ、適当に移動して貰って時間を潰して貰う案を採用とした。
最後に超能力者が機体ごとテレポートさせることで移動完了とするのである。
これらの内幕が、前述の上級侯爵の言葉に繋がっているのだった。
「それは別に構わないけれど。ただね、わたくしは何を見ても受け入れるし、この家が守って欲しいと望む秘密は誰にも喋らないで墓まで持って行くわよ? そこは信用して欲しいかな。秘密保持契約の書類にもサインしたじゃない。貴方は『隠しおおせている』と思っているかもしれないけど、ミシュラさんやテレスさんの機体をわたくしは昨日この目で見ているの。見る人が見れば、稼働時間や使用期間に対して部品の劣化が著しく低いことは一目瞭然よ。この家の魔石の出所は、機動騎士の戦果ではないわね」
元魔道大学校、機動騎士の最高責任者だった女性は、この時点では己の手の内の全てを話したりはしない。
彼女が機体に関して語ったことは事実しか述べていないし、間違ってもいない。
だが、魔石の出所を別の要因だと喝破したのは、部品の劣化を見たせいではなかった。
彼女が一番に着目したのは、実は部品の劣化ではなく外装の傷とその種類、そして、塗装や補修具合なのだった。
経験豊富な機動騎士の大家は、外装の傷を見れば、それが「どのような状況と手段によって付けられたのか?」を大凡判断できる。
勿論、それは機体を操る者の技量や相手によって変化する物ではある。
しかし、痕跡の全てを隠すことなどできはしないのも事実なのだ。
魔獣との戦闘、機動騎士同士での戦闘、土木作業への従事で付く外装の傷や汚れ。
それらは彼女の観点では、それぞれに特徴がはっきりと出るモノなのだった。
もっとも、それだけで判別ができる領域に到達しているのは、彼女以外ではファーミルス王国に何人いるのか?
いたとしても一人か二人。
ひょっとしたら他にはいないかもしれないレベルだったりするわけだが。
「困りましたね。昨日会ったばかりの貴女を、いきなり全面的に信用するのは不可能なのですよ。信頼関係を築き上げるのには、相応の時間が必要だとは思いませんか?」
「それは嘘ね。それが本当なら、第二夫人以降の女性を短期間で見極めて妻に迎え入れている点で矛盾が発生するもの。特に第五夫人。わたくしでもあの女性がこの家に受け入れられるのが異常なことだと簡単に理解できますわよ? この家には。いいえ違うわね。貴方には何かがあるんでしょう? 相手を短期間で見極める特別な方法というモノが」
さすが異常な経歴を持つ女性である。
常人とは異なる異質なものの見方と考え方によって、彼女は見事にラックの持つ能力の本質に迫った。
だが、超能力者も伊達にここまで長きに渡って、己の持つ力を外部に知られないようにして来たわけではない。
ラックは「バレてーら」と言ってしまいたくなる気持ちを抑え、最後の悪足掻きに出た。
「降参です。そこまで仰るのでしたら、良いでしょう。貴女はこのあと、外部からこの地に入り込む人間に対して行う尋問をされることになります。それでよろしいのですね?」
ラックは普通ならされたくないであろう行為を説明し、確認を取る。
しかし、彼の叔母はその言葉にあっさりと了承の言葉を返した。
そして、彼女はテレスに連れられてガンダ領との境界の関所へと向かったのだった。
超能力者は関所バージョンの爺様に変身し、テレポートで先回りして二人の到着を待ち受けたのである。
そんなこんなのなんやかんやで、ラックは叔母に対して接触テレパスを使用して内心を深く深く探ることに成功する。
結論から言えば、「彼女の決意」と言うか「覚悟」と言うかは本物だった。
勿論、「機動騎士の研究と製造が前職より自由に行える待遇である限り」という条件は付く。
けれども、領主直々の調査結果は、「外部に、特に王家やその他の貴族家、軍部に情報が流出する心配はない」と、「信頼に足る人物」という評価になったのだった。
尚、この時、叔母の持つ機動騎士への想いもラックは知ることになった。
それ故に彼は彼女を信頼できると判断したわけだが。
しかし、その後、彼は誰にもその時の詳細を語ることはなかった。
それは狂気にも似たナニカとしか、表現しにくい強いドロドロとした感情。
あんまり知りたくなかったそれに、超能力者が触れることになったのは些細なことなのである。
そんな流れのアレコレの後、ラックはテレポートの能力を明かす決心をした。
そうして、ラックの叔母はアナハイ村の地に足をつけたのだった。
「ねぇ。あの大きな物体は何? プロペラが付いているところから察するに、移動する乗り物よね?」
機動騎士にしか興味がないと思われていた女性は、初めてみる飛行船三隻を指さしてラックに問い掛けた。
「あれは飛行船です。戦争相手のスティキー皇国からの戦利品ですね。三隻しかない貴重なモノで、機動騎士の運搬に」
「えっ! あれは、機動騎士クラスの重量物を積んで飛行することができる船なのね? 一度に何機運べるのかしら? 移動速度は? 航続距離はどのくらい? 上昇限界高度はいくつ? 動力はなにかしら? 燃料を含めての運用に必要なコストは?」
ラックの言葉の途中で、王妹は興奮気味に言葉を被せにかかる。
内容は前述の通り、質問の羅列だ。
彼女は矢継ぎ早に質問する。
いい歳の大人の女性であるはずのラックの叔母様は、好奇心を隠しもせず、上司であるはずの超能力者に詰め寄ったのだった。
「えーと。僕も聞きかじりの知識しかありませんので。全てに答えることはできません。それと、まだ構想段階なのですが、ファーミルス王国の技術を導入して改造して運用するつもりがありますので、性能は今後変化すると思います」
多少は打ち解けたため、ラックの使用する一人称は変化している。
ゴーズ家の当主の言葉遣いは、目上の身内に対するそれへと近くなった。
但し、これはざっくりした話で、彼の話し言葉は対象となる相手によって変化するのだけれど。
「その構想ってやつを、是非拝聴したいわね。それと、機動騎士の運搬に使うのなら、わたくしもその改造に参加して良いのよね? 関連していますわよね?」
叔母の発言に対して、「いやいや関係ないよね?」と心の中で呟いたラックだった。
だが、この件は、ここで目を輝かせて改修作業への参加を希望する当人の、今後のアレコレに対してのやる気というモノを加味して考えざるを得ない。
超能力者には、飛行船の改造に叔母の参加を許可する以外の選択肢はなかったのである。
こうして、ラックは機動騎士の製造設備がまだ全くないアナハイ村へと技術者を連れ込んだ。
当面は、叔母には今後の構想を練って貰う予定であった。
製造設備一式が運び込まれるまでは、ゴーズ家の当主はそうしてお茶を濁すつもりだったのだ。
しかし、現地の飛行船の存在が全てを覆し、彼女の別のやる気に火をつける結果を招いてしまったのだけれど。
暗示なしで、「超能力を使用できる」という秘密を明かした二人目の存在を得たゴーズ領の領主様。強烈過ぎる個性を発揮する女性に、早くもウンザリしかかってしまう超能力者。「なんだか、『飛行機の対価を得た』って言うより、実は物凄くやっかいな人物を押し付けられただけなんじゃ?」と、思わず呟いてしまうラックなのであった。
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