83話
カクヨム版83話を改稿
「『王妹がゴーズ領にやって来る』だって?」
ラックはアナハイ村の整備のお仕事から戻って直ぐに、ミシュラからの報告を受けていた。
内容が内容なだけに、領主代行として受け取った情報を最速で伝えるのを優先した彼女は、夫の帰宅を執務室で待ち構えていたのだった。
どのような経緯で冒頭の事態へと繋がったのか?
時は少しばかり戻る。
「機動騎士の製造技術者は、告示公募で希望者を募り、その中から選出する予定だったのです。しかし、先王の末の娘で現在の国王の妹でもある方がそれを嗅ぎつけましてね。立候補されました。『あの方が候補者の中にいる』と知れば、他の人間は手を挙げることはないと考えられます。ですので、先に相談に参りました。『雇う側から拒否された』という、これ以上にない明確な理由があれば、おそらく本人は引き下がるでしょうし、改めて選出することができますので」
ミシュラへことの次第を語る文官が、トランザ村へやって来たのはこれが三度目となっていた。
前の二回の来訪で大枠の合意はできたため、「次回からは別の人間が派遣されることになると思います」と、彼は少々影がある面持ちでぼそりと言っていたはずなのだが。
そして、領主のラックが不在の時間帯であれば、ミシュラが面会して用件を聞くことになる。
あまり知りたくない情報を聞かされた彼女は、「この人、無茶な交渉の担当として固定されたのね」と、彼が再びやって来た事情を察してしまったのだった。
「『記憶に間違いがないか』を確認させてください。国王陛下とも、テニューズ公爵夫人とも母親が違う。そして、今は亡き前国王陛下が命じた結婚を拒否して、自ら塔で十年間生活するのと引き換えに、自由を勝ち取った方。それで間違いないでしょうか?」
「はい。間違いありません。元の名で王族に籍は残っていますが、改名されて魔道大学校で機動騎士の製造と研究に没頭するのを選んだ方です。上級侯爵と面識があるかは私にはわかりませんが、続柄は叔母ということになります」
使者を熟す文官は、「貧乏くじ」としか言えないような仕事が続く。
彼はミシュラに伝えるべきことを伝えながらも、内心では、「俺が予想していた人材はこういう立場にいる人物じゃないんだよぉぉぉ」と大声で叫びたい気持ちでしかなかった。
勿論、優秀な文官である彼は、それを口に出したりはしないが。
三度目の交渉に赴かされた文官や宰相が想定していたのは、「今、置かれている現状があまり良い境遇ではなく、好きな仕事ができるなら多少の不利益は受け入れよう」という人材であって、既に安定した職に就いている者は対象外であった。
特に今回、告示公募を行う前に立候補した人物は、彼から言わせれば、「あんた今でも割と好き勝手やってるよね? 何でデメリット付きの仕事に移ろうとしてんの?」と、なってしまう。
但し、そう考えていても、心の中でしか言えないけれど。
しかしながら、世の中には、“他人から見れば羨まれるような立場の人間”であっても、当の本人には、“本人にしか理解できない不満があること”などさして珍しい話でもない。
そして真っ先に手を挙げた御仁は、現在の境遇に満たされてはいなかった。
突如として新たに現れた道が、彼女には自らが置かれた現況より魅力的に見えてしまった。
今回の予期せず起きてしまった事案とは、ただそれだけのことだったのである。
「お話はわかりました。けれど、当家としては、機動騎士の機体を組み上げられる人員の“数”を求めています。こう言ってはなんですけれど、その方だけでは不可能ではございませんの?」
ミシュラは、最低でも四人程度は製造技術者を雇うつもりで、事前にラックと話を済ませていた。
通常は専門部位が分かれる分業制で機体が製造されるのだから、この時の彼女の発言は当然の指摘だ。
そして、「極まれに、一人で全てを造り上げることが可能な人間が“存在している”」という知識を、ゴーズ家の第一夫人は持っていた。
だがしかし。
そのような特別に有能な人材が、ゴーズ家の出す条件に納得して雇われてくれるはずがない。
彼女は無意識のレベルで、あり得ないであろう事態を排除して思考していたのだった。
現実は無情にも、ゴーズ家の知恵袋の一人の常識をぶっ壊しに来るわけだが。
「当然の疑問ですよね。ですが、あのお方は知識と技術は、全てを賄えるだけのモノを持っているのですよ。困ったことに、製造技術者としての評価は、本来分業であるはずの全ての部分で、”親方”を超える最高位の“匠”なのです。本人がスーツや機動騎士を扱える魔力量の持ち主なので、五百未満の魔力量の一般の魔道具しか扱えない技術者よりもできることに幅があります。作業技術が『別物』というわけですね。更に。他にも長所がまだありまして、組み上げた後のテストも自己完結するのです」
詳細を聞かされると、ミシュラの判断では能力的には何も問題はない。
寧ろ喉から手が出るレベルで欲しい。
この機会を逃がせば、王都が放出するはずがない技量の持ち主なのだ。
しかしながら、たった一つの気になる点が巨大過ぎる。
領主代理を務める彼女は、「肩書が王妹でさえなければ」と内心で呟くしかなかった。
そんな流れでアレコレと話をした後、毎度のように「返答は明日の朝以降」として、ミシュラは疲労の色がありありと見える文官に、疲れを癒していただく差配をする。
ミシュラはその後通常の領主代行の執務を片付け、時が過ぎて冒頭の発言に繋がって行くのである。
「候補者は、使者を務めている御仁からお聞きした限りでは、能力面ではこれ以上は望みようがないレベルの人材です。王妹で貴方の叔母様なのを無視できるのならば、最高の人物“かも”しれません。ただですね、わたくしが知り得る限りの、当人の過去の経歴からの推測になりますけれど、『性格や物事への考え方には、問題がある可能性が非常に高い』と考えられます。わたくしが“かも”と言ったのは、その心配があるからですわね。貴方はどうされますの?」
ミシュラの言っている人物評価はかなり酷いのだが、「現実を見ている」とも言える。
話題の人物は、「自由を得るのに他に方法がなかった」とはいえ、真面な神経の持ち主ではあり得ない選択をしている。
十年間、塔での生活をし続け、女性としての尊厳を踏みにじられて。
それでも尚、途中で心を折られることなく堪えきった人物であるのだ。
そもそも、選択肢としてそれを考え、実際に選んでいる時点で異常者の範疇に入る。
塔を出た時点で新たな名を使用して生活することが許されているのも、大きな代償を支払ったことで勝ち取った自由の一環。
公に知らされていることではないためミシュラは知らないが、王家のポケットマネーから生涯の生活費として、毎年金貨千五百枚が支払われている。
これは現代日本人的感覚で換算すれば、手取り年収が一億五千万円に相当する。
つまりは、食べて行くのに生涯困ることなどない女性なのだった。
彼女の前の経歴を知らない者は普通の魔力持ちとして接するし、知っている者は名が変わった意味を理解しているため、知らない振りをする。
ちなみに、ミシュラは後者の側だ。
要するに、当人が王族や貴族として扱われたい願望もないために成立した、極めて例外的状況なのである。
これが、元が罪人であれば話が変わってくるのであろうが、彼女はそうではなかったのだった。
元々、金銭報酬狙いから命懸けで塔での妊娠と出産に挑み、人生の大逆転を得る女性はファーミルス王国に存在する。
彼女の場合は元の身分が高過ぎただけなのである。
「うーん。本人は王族や僕の叔母としての立場を振りかざす可能性は低いよね? 最終的な結論は今日の夕食の時に話して、全員の意見を聞いてからにするけれど、僕の考えを言うと『受け入れる方向で話を進めて良い』と思ってる」
ラックとしては面識がない相手で、興味がない部類の話であるため、過去に聞いたことがあったとしても、存在自体が頭になかった女性だ。
はっきり言ってしまうと、今になって急に「叔母です」と言われても、「だからなに?」としか言いようがない。
王妹であるのは気になる。
それは確かだ。
だが、「当の本人は、実質的に王家と縁がほぼ切れている」と考えて良さそうであり、その伝手方面での情報流出の可能性も低い。
懸念事項は「暗示を掛けるのが不可能だ」と思われる点。
元が王女の身分であったため、王族としての最高レベルの耐性訓練が過去にされていることは想像に難くない。
しかしながら、配属先は物理的に隔離されているアナハイ村。
簡単に情報を外に出すことはできない場所であるから、「人材としての価値を考えると、許容して良いリスクだ」と超能力者には思えたのだった。
そんなこんなのなんやかんやで、ラックは先行したミシュラとだけの話を終え、夕食時に妻たちの意見を聞く。全員の意見は一致して“お試しで採用”となった。
統一見解として、「最悪ダメなら放り出して、製造設備だけの入手で満足しておけば良い」となったのがその理由だ。
時間が掛かっても良いなら、今後魔道大学校へ行く者に技術を学ばせて、「卒業後に延々と試行錯誤させればなんとかなるだろう」という判断となったのだった。
それだけの余裕がゴーズ家には存在する。
逆に言えば「その余裕が、王妹に目を付けられた理由」だったりするのだが、この家の面々はその点には誰も気づいていなかった。
当然の話だが、魔道大学校で学んだ“だけ”では、卒業しても最低限の知識と技術しか身に付かない。
通常は、卒業後に仕事として実務に携わって、先達のやり方を見て学ぶ。
平たく言えば、「新卒の技術者は、実務熟練者の持つ細かなノウハウを盗み取ってから、初めて一人前になる」のである。
ここでは関係ないが、王妹側の事情も述べておこう。
ラックの叔母は魔道大学校で、可能な範囲での自由を得ていた。
とは言っても、それは所詮、「限られた予算と物資の範疇での自由」であり、当人の視点だと足りていない部分は多かった。
その穴埋めに、自身の資金を自腹を切ってつぎ込んでいたのが、彼女の置かれていた実態であった。
彼女がゴーズ家の話を知り、考えたのは、そこに行けば自由になる全てのモノ。すなわち、彼の家の機動騎士の所有機体数と素材の物量、用意される予算や最新の製造設備等々だ。
要するに、改造自由な機体が二十機以上存在していて、しかも全機が使用されているわけではなく、遊んでいる予備機が存在している。
ぶっちゃけてしまうと、その点が、魅力的過ぎたのだった。
なんなら、新造用の固定化された魔石だって、おねだりすれば用意されるかもしれない。
それらに加えて、使える製造設備は最新の物が用意される。
新造する設備なのだからそこは当然であった。
噂に聞く彼の家の魔石の保有量からして、テストにつぎ込む魔石の消費量の制限もおそらく緩い。
欲望に忠実で、「やりたい放題がしたい!」こと。
それ“だけ”が望みの技術者にとっては、正に夢のような職場環境を想像することができた。
これが、「現在の安定した立場を放り捨てても良い」と判断し、「我先に!」と彼女が立候補した事情の内側だったのである。
ラックとミシュラは、昨日とは打って変わって晴れやかな表情になった文官を送り出す。
使者としてやって来た文官に、朝一でゴーズ家から伝えられた最終結論は、“王妹の受け入れを可”とするものであった。
つまり、彼は絶望的に無理ゲーだったはずのミッションを、完璧に成し遂げたことになる。
よって、喜びが顔に出ても仕方がない面はあったのだった。
「来ちゃいました!」
「あの。先触れもこちらの内諾もない状態で押しかけられても困るのですが? それに、まだ飛行機の引き渡しに関する最終的な契約は終わっていないのですが?」
「まーまー。細かいことは良いじゃない。わたくしはもう魔道大学校の職を辞してきたのですし、一応血縁者の親戚の家を個人的に訪ねても問題はないはずよ!」
年齢に似合わない物言いの女性は、王妹でありラックの叔母でもある女性。
尚、応対したのは例によって、当主の夫から留守を任されているミシュラだ。
ちなみに、二人が会話を行っているのはゴーズ領とガンダ領との境界にある関所。
この状況は、当事者が関所に到着してから主張した身分が高く、それに加えて、彼女が最近何度もここを通過した文官の紹介状を所持していたために起こった。
要は、関所に詰めていた担当者が、何時現れるかわからないラックを待たずに伝令をトランザ村に走らせた結果、発生した事態だったりする。
ミシュラは、「色々と問題がある人物だろう」と予測はしていたが、実際に会ってみると「その予測を裏切らない性格と行動力の持ち主」であるようにしか見えなかった。
来訪者たる王妹の言い分は、「合っている」とも「間違っている」とも言える。
貴族の女性が親戚の家を訪ねることは、通常問題にはならない。
けれども、彼女は王妹であり、最上級機動騎士を操ることが可能な魔力量の持ち主だ。
戦時下の現在、おそらくは王都の予備兵力の中に組み入れられているハズで、自由に王都を離れて良い立場ではないハズなのである。
「王都の防衛? そんなの知らないわよ。『滞在中に何かあれば、そして必要性や緊急性があれば協力する』というのはわたくしに課せられた義務だけれど、元々王都に滞在することを強制されてはいませんからね。わたくしが得ている自由とはそういうモノですのよ」
ミシュラの疑問にあっけらかんとした感じで答えるラックの叔母は、イイ表情のままであった。
聞かされた領主代行は、「本当にそれで良いのかしら?」とは思えたのだが、よくよく考えてみると、今の王都がスティキー皇国から襲撃される可能性は皆無に等しい。
現実的には眼前の奔放な女性が王都にいてもいなくても、“結果は変わらない”と彼女は気づいた。
但し、残された王都の防衛を任されている責任者あたりが、頭を抱えているかもしれないが。
こうして、ラックは戦利品の引き渡し交渉の契約が終わる前に、押しかけの先渡しで機動騎士製造の匠を得た。自前のスーツで、早くもミシュラの機体とテレスの機体を弄り回そうとしていたかなり年上の美人女性に、ドン引きしたのは些細なことなのだった。
矢継ぎ早に、用意して欲しい製造設備の詳細を熱く語りまくる技術者を得たゴーズ領の領主様。お返しにと、通常にはない色に染め上げた機体への想いを熱く語ってみたら、「そんなの、目立とうが何だろうが、有無を言わせぬ性能差でねじ伏せれば良いじゃない」と、あっさり言い返されてしまった超能力者。思わぬ発想のぶっ飛んだ意見に、目から鱗が落ちたラックなのであった。




