82話
カクヨム版82話を改稿
「『機動騎士の製造が可能な人員と、製造設備一式が望み』だと?」
宰相はトランザ村から戻った文官の報告内容に驚いていた。
王都にいる文官たちが考え出した、いくつかのゴーズ家への提案内容。
それらが先方では歯牙にもかけられず、逆提案の形で完全な別物の要求が出されたからだ。
そこへ至るまでの話の流れは、後述の内容となる。
「まず、良い方の報告から。貸し出されている機体の使用料は、『分解フル整備で返却されること』を前提条件として、金貨一万五千枚を要求されました。これについては想定された出費を大幅に下回るため、ゴーズ家の意図を確認しました。『これに関しては実質実費のみで王国への貸しにしておく』だそうです」
宰相に直接の口頭報告を望んだ文官は、王都へ戻ったばかりで休むことすらなく、厳しい表情を保ったままで「朗報」と言えなくもない内容から伝えた。
それを聞かされた宰相は、緊急で機体を抽出させただけでも借りを作っているのに、更に貸しを上乗せしてくるゴーズ家に恐怖を覚えた。
状況的に足元を見られてもおかしくない案件であるのに、返答内容にそれが全くないどころか、王国の懐具合を心配されている気配すらあったからである。
「それは良いことだと思うが、その言い方だと悪い報告もあるのだな?」
「はい。飛行機の引き渡し関連の条件の下交渉は完全に失敗しました。結果的に、『保留案件として、ゴーズ家の要望を確認するだけ』に留まりました。こちらからの提案内容は全てが、『履行される保証がない』と一蹴されてしまいました。そして、『絶対に不可能な条件だと承知の上で』と前置きの言葉があった話なのですが、『もしも、それらを対価にするのであれば、不履行となった場合には王家の持つ魔石の固定化技術をゴーズ家に渡す』というのが上級侯爵の出した条件です」
宰相は「ファーミルス王国がゴーズ家からの不信感を買っている」と承知はしていた。
しかしながら、ここまで「信用がない」とは思っていなかった。
それは、「加害者と被害者の意識の違い」と言ってしまえばそれまでだ。
けれども、「両者の意識」と言うか「状況認識」と言うかには、激しい乖離があったのがここで露呈してしまったのだった。
「そんなことは不可能だ。勿論、不履行にする気があるからではない。だが、『絶対に不履行にしないのならば、この条件を付けても問題がないだろう?』という話にすり替えること自体に問題がある」
「私もそう考えました。ですが、その点を確認してみると、『王国は既に当家との約束を反故にした実績があり、尚且つ、現時点でそれに対する補償が何もされていないではないか。“停戦か終戦後”という条件は私が了承した話であるので、そこをとやかく言うつもりはない。が、当家が独力で鹵獲した“戦利品”の飛行機の引き渡しを“停戦か終戦後”ではなく先行させるのであれば、相応の担保となる条件を盛り込まざるを得ない。戦時下でゴーズ家が単独で得た“戦利品”は、当然ですが当家に所有権がある。そして対価が空手形ばかりでは、当家が他家に恨まれる。ご理解いただけると思うが?』と、主張されました。論理的な穴はなく、正論だけで追及を受けた経験はこれまでにもあります。ですが、今回の下交渉ほど“厳しい”と感じたことは過去にはありません」
そこで諦めて交渉の席を立つことがなかったのは、現在進行形で報告を行っている派遣された文官が優秀であった証だ。
彼は粘り強くラックとミシュラから話を聞き、なんとか「彼らの要望」と言える条件を引き出すことに成功したのである。
そうして、引き出した条件の報告が、冒頭の宰相の発言に繋がるのだった。
「人材の派遣に関しては、『情報流出の問題がそのまま待遇の問題に繋がりかねない』と確認を取ったのですが、『その点は完全に隔離した場所になるので心配はない。が、ゴーズ家の配属先の中でも極めて特殊な位置づけの場所となるため、外部へ出ることや連絡をするのに制限が付く。それを了承できる人材』という難しい条件を付けられています。もっとも、『王家の技術を渡すこと』よりは、『難易度が、そして王国として許容できるかどうか?』を考えた時、遥かにマシです。対象となる当事者は、隔離されて監禁までは行かなくとも、待遇が悪いのは事実なのですが、それを受け入れられる人材も探せる可能性はあるかと」
文官は宰相の発言に対してゴーズ家の意向を足して伝え、更に独自の見解を述べた。
彼は“この手の所謂、職人の人材”の中には、頑固・偏屈・変り者と呼ばれる人間が往々にして存在しており、協調性が皆無で「友人などいらん!」と平気で宣う者がいたりするのを知っていた。
つまり、趣味と仕事が完全に一体化している者。即ち、“やりたい仕事(趣味)ができるのならば大概のことは許容する”というタイプの人材は、“探せば必ずいるだろう”と考えたのだった。
「そういうことか。確実とは言えぬが、可能性はあるわけだな。そして、そのような人物ならば、冷遇されていたり、仕事にあぶれている可能性がそれなりにあるわけか」
「その通りです。製造設備はそれなりに値が張るでしょうが、一機分の設備で十分でしょう。人材の数も然りです。三百を超える飛行機。我々の欲している未知の技術の塊。私はその対価として、金額ベースで考えれば『安い買い物だ』と判断します。技術の流出という観点では少々痛手なのは事実です。しかしながら、どのみち、機体を新規で製造するのには王都で作られる固定化された魔石が必要で、製造できる数もこちらで管理できるハズ。借り受けている機体の返却時に、機動騎士で製造設備を輸送すれば一石二鳥だと思われませんか?」
宰相は、交渉に出向いた文官にとっても予想外だったはずのゴーズ家の要求に対し、自身に独自の損得勘定の判断を語った彼を、高く評価した。
そして、「彼を送り出したのは正解だった」と内心で呟きながら、細かな部分を詰めた上で、再交渉に赴くのを是としたのである。
もっとも、宰相たちは知らない。
未来に何が起こるのかを。
宰相たちが想定したような人材。
王都ではまず手に入らない、希少種や大型種の魔獣素材の潤沢な提供。
一機の機動騎士の製造に掛かる費用も時間も度外視し、なんなら実験的な新機軸の発想を盛り込むのすらも許容する寛大な雇い主。
それらの条件が融合して、「化学反応」とでも比喩的表現するのが相応しい状況が作り出された時、一体何が起こるのか?
それを知る人間、事前に想定できた人間は存在しなかったのだった。
「予想はしていたけれど、飛行機の引き渡しに対する対価はロクなもんじゃなかったね」
ラックは来訪した文官と昼食を共にした後、彼に護衛でテレスを付けて送り出した。
そうして、共に見送りに出ていた美貌の妻に話しかけたのだった。
「そうですわね。以前の分割払いに金額を上乗せとかあり得ません。わたくしたちの玄孫を超えるかもしれないような未来まで支払い続ける条件など、確実に守られるかが怪しいですわね。それに、貨幣価値や物価が変動することも考えられます。今と同等の価値だとは限りません」
「そうだね。しかし、要望として伝えたアレは実現するだろうか? 仮に実現すると整備の人材の話の価値が変わってくるかもしれないよ?」
ラックは文官との交渉時にミシュラを同席させ、彼女の考えを接触テレパスで読み取って条件を提示していた。
その時の内容が「以前のカストル公爵との話し合いの条件にも関係してくるのではないか?」と考えたのであった。
事前の妻たちを交えた夕食の席での話し合いで、来訪者が提示した内容への質と量の議論も一応された。
しかし、最終結論は満場一致で「お話にならないので却下」となってしまう結果に。
それ故に、ゴーズ家の当主は一晩待って貰った文官に、朝からそれを伝えて送り出すだけのつもりで、念のために正妻も連れて話し合いの席に着いた。
結果的にはそれだけでは済まず、話し合いは昼食直前まで続いてしまった。
ゴーズ夫妻は彼の粘り強い交渉に根負けして、王国への要望を捻り出すことになってしまったのである。
勿論、ラックが提示した要望の内容を考えたのはミシュラなのだが。
「いえ。製造可能な人材は、整備の技術者よりある意味上位互換ではあるのですけど、完全に分業化されているので。整備の技術者は全体の調整ができますが、製造の技術者は複数の専門担当が居ないとできません。極まれに一人で全部できるオカシイ人もいるらしいですが。でもそのような特殊な方は、弟子を受け入れるのかがアヤシイですわね。それに、整備場はトランザ村かエルガイ村で整えたいですし、製造設備はアナハイ村へ設置するべきです。人の交流面で情報流出の問題も加味すれば、カストル家の父や家宰が提案した整備技術の話の価値が激変とまでは行きません。少しは下がりますけどね」
ミシュラは理由を説明しつつも、「この人、学校で学んだはずのことをほんとに覚えてないな」と内心では少々呆れていた。
機体製造の分野と整備士の分野で、学生のカリキュラムも選択制で分かれていたのに、それを全く覚えていないのはどうなのか。
特にラックのいたクラスには、保有魔力量の問題でそちらの方面を仕事として選んだ人間が、多数存在したはずなのである。
学業面での常識に欠ける点があっても、その分突出した別の能力があるのは事実なのだが、“しっかりと注意して支えなければならない夫なのだ”と、改めて知る彼女なのだった。
「それはそれとして。『製造設備は金額的に高い』と言っても、最新の魔道具のフルセットで作っても、総額は知れています。純粋に費用だけで考えれば“輸送機の五機分くらい”と見積もるのが妥当ですわね。つまり、総数で三百三十六機の残り三百三十一機分はゴーズ家に生涯仕えてくれる機動騎士の製造技術者と、これまで王都以外に存在しなかった機動騎士製造技術を得る対価ということになります。わたくしたちが提供するのはファーミルス王国にない技術で作られた現物ですから、交換する物の本質が技術同士なので王国は呑むしかないと思いますわよ。貴方が以前妄想していた、三倍の速度で動ける機体とか作れると良いですわね」
ミシュラの言葉の最後の部分に、ラックは敏感に反応した。
彼が幼少期に読んだ漫画知識に盛大にヒットしたからである。
偉大なるご先祖様の賢者がこの世界に持ち込んだ、電子書籍なる物からの写本として作られたそれは、色が言葉で表現されている。
つまり、残念なことに画自体はモノクロなのだ。
実物で、しかもカラー。
ラックの「何としてでも実現するぞ!」という無駄に熱い意気込み。
燃える男の子の、頭の中身がお子様化した超能力者なのだった。
そんなこんなのなんやかんやで、王都から再度来訪した文官は、ミシュラの予想を裏切ることなく前向きな返答での下交渉となった。
勿論、この段階ではまだ人材が確保されていたわけではない。
だが、製造設備として、一機が組み上げられる設備の納入と、それが可能な数の人員が手配されることが約束されたのであった。
「『該当する人材をこれから探す』って話だったけど、こういうのって直ぐに見つかるのかな?」
「言葉は悪いですが、魔道大学校から毎年その技能を最低限度以上に習得した人材が輩出されるので、競争があってあぶれている人間はいると思います。勿論、『ダメなら他の職を』と転向する方が普通ですけど。諦めきれずにしがみ付いている方もそれなりの数が居ると思うのです。例えば、わたくしの最初の機体を購入したジャンク店の方も、おそらくそんな感じの方だと思いますわよ」
ミシュラの言葉に、「完全に希望通りの職に就ける幸運な人間は、どこの業界でも少数派なのか?」と世知辛い現実に触れてしまったラックだ。
もっとも、魔道大学校に通う人間は、魔力を全く持たない彼のような超が付く特殊な例を除けば、職種を問わなければ引く手数多だ。
要は、収入面で生活に困窮することは、あまりないのが実態なのだけれど。
ラックはふと自らのことを振り返って考えてみる。
自身は魔力量が0であったために酷い目にも沢山遭った。
けれども、美貌の妻を得て、爵位でも結果的には、継ぐことができなかった実家のそれに迫るところまで陞爵を果たした。
領地も資産もしっかりと確保できている。
更に言えば、婚約者選びに困ることがなさそうな高魔力の実子を、なんと五人も得ている。
学生時代は散々同級生に見下されたが、よくよく考えてみるとその中に今の自身より上の立場の人間は存在していない。
ゴーズ家の当主として、また、上級侯爵として、態々無意味な仕返しを今更する気は微塵もない。
勿論、直接顔を合わせて、昔のままを引きずってなにがしかの無礼な振舞いでもされれば話は別だが。
それはそれとして、いつの間にか立場が完全に逆転して、同級生の全員を見下すことが可能な地位にラックはいる。
そのことに、気づいてしまえばちょっと後ろ向きな優越感を覚えてしまう。
人としては当たり前で仕方のない感情であり、些細なことなのであるけれども。
こうして、ラックは飛行機の引き渡し交渉の結果待ちをすると同時に、今の自らの立場を自覚することになった。
短期間で急激に爵位が上がったため、無意識下では辺境の騎士爵~男爵の感覚が抜けきってはいないのだけれど。
基本的には茶色や緑色が多い機動騎士のカラーリングに、赤、白、青、黒を候補に挙げて一人ニヤニヤしているゴーズ領の領主様。「目立つ色にすると危険度が上がるだけなんだが?」と、夕食時にフランから冷静な指摘を受けてしまった超能力者。「それでも僕は!」と、なんとかそれを実現する道を考え込むラックなのであった。




