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81話

蛇足的な後日譚の第一話(カクヨム版81話を改稿)

「『ゴーズ家が持つスティキー皇国の情報を、全て差し出せ』ですって?」


 ミシュラは王都からやって来た文官の言い分に驚いていた。

 ゴーズ家に課せられた義務の中にそんなモノは存在していないからだ。


「スティキー皇国は、南部辺境伯領の領都へ先制攻撃を仕掛けて来ました。ですがそれ以降、我が国に対する軍事行動は確認できていません。北部辺境伯からの情報で確認できた敵の基地も、現在は現地に存在していません。この大陸内でファーミルス王国が確認できる情報の中に、敵の動向はないのです。そして、敵から戦利品を得たのはゴーズ家だけ。ならば当然、情報もお持ちですよね?」


 ミシュラは「厚顔無恥とはこのような人物のことを表現するのにぴったりの言葉だな」と心中で呟きながら、眼前の肉塊が話すのを聞いていた。


 人の外見は仕事内容に関係ないのかもしれない。

 だが、他所へ交渉をさせるために出す人間には、その人物が容姿で与える印象も考慮するべきではないのだろうか?


 そんな割とどうでも良いこと“も”考えつつ、領主代行は脂肪に冷ややかな視線を向けたままで、冷静に言葉を紡ぐ。


「領主が不在であるのを知らされても、戻るのを待たない。そして、領主代行のわたくしに、その話をして情報を引き出そうとしている。それは、わたくしの権限内で対応可能な部分ではありません。そのようなことは、貴職なら常識として当然ご存じですわね? それはそれとして、疑問がある部分の確認をさせて貰いましょうか。仮にわたくしの権限内で可能であったとしても、どのような根拠で情報提供を命じているのですか? 情報に対しての対価も示されていませんね? まさかと思いますが、『無償で情報を寄こせ』というお話ではありませんわよね?」


 ミシュラからの問いを受けて、文官は言葉に詰まった。

 けれども、それは極僅かな時間であった。

 彼は、「王国に所属している貴族には国に協力する義務がある。そして今回の件はその範疇の話だ」という内容の発言を、言葉巧みに主張したのだった。


「おかしなことを仰るわね。王国に対する貴族の忠誠や義務は、いつから無償で得られるモノに成り下がったのですか? わたくしが魔道大学校で学んだ知識には、そのような内容はどこにもなかったと記憶しています。カリキュラムや教本に変更があったのなら、それは国に通知義務がありますわね? そのような通知を受けた記憶はありませんし、学んだ内容への記憶に間違いがあるとも思えません」


 ミシュラは、文官に対して辛辣な言葉で事実を突き付けた。

 そうして、彼女は王都からやって来た無礼者に対して、「当主であるラックが戻るまで待機するか?」もしくは、「このまま王都へ帰還するか?」の二者択一を迫ったのである。




「手柄を焦って勝手に交渉に出向いた愚か者は、ゴーズ上級侯爵に会うことすらなく戻ってきたのか。ドアホウへは厳罰処分。処分内容は慣例通りで構わん。それと、トランザ村へ使者を改めて出せ。処分内容の伝達とお詫びを兼ねてな。ところで、飛行機の譲渡に対する案は纏まったか?」


 宰相は先走った文官の結果報告に適切に対処しながらも、何の動きもなくなってしまった対スティキー皇国戦の戦況に困っていた。

 有り体に言えば、「王都への高射砲の配備が完了してしまった現在、招集軍を解散したい」のだ。

 けれども、解散するにはこれまでの働きに対しての報酬を支払わねばならない。

 現状維持にも経費はかかるが、解散を指示した場合に纏まって出て行く、支払わねばならない報酬は金額が大きい。

 その上、「停戦や終戦が実現した」と言い切れる状況でもないため、解散後に再招集が必要となることもあり得る。

 そうなれば、更に出費がかさむ。

 また、それだけではなく、再招集を受ける側の不満が大きくなる。

 金銭だけの問題ではないのである。


「ゴーズ家へ王権の一部、叙爵権を制限付きで譲渡。具体的には法衣の伯爵家や子爵家、男爵家を一定数新たに興す権利を与えます。それと、機動騎士の新造機体購入権の順番待ちへの割り込み。中古払い下げ機の優先購入権。後は、金銭に、税の免除または優遇、義務の免除期間の延長と適用範囲の拡大。適切な分量の議論はまだですが、出せるモノの案はこれだけです」


 検討段階の案としては「ゴーズ家が希望する種別の、力量が確かな人材を出す」というモノも出されたのだが、それは宰相が即座に却下した。

 そんなことを行えば、出した人材がスパイとして疑われる可能性が高く、警戒されるだけ。

 そうなってしまえば、望まれるような高い力量を持つ貴重な人材であるのに、彼の家で厚遇されるかが不明だからだ。


 事実として、もし人材を送り込むのであれば、故意に特定の情報を探り出すことまではさせない。

 しかし、雑多な内部情報の収集はして貰うことになるだろう。

 厳密には本人が自然に知ってしまう情報を、自覚なしに流出させるのを狙うわけだが。

 つまるところ、スパイだと思われるのは、ある意味間違っていない状況に確実になるのである。


「こちらには『参戦義務の免除を反故にした』という大きな負い目がある。手柄を狙って、上級侯爵を見下している愚か者が勝手に交渉に出たのを気づかず、止めることもできなかった。最悪なことに、ファーミルス王国に今出せる報酬で、あの家を納得させられるとは考えられない」


 宰相は配下の文官たちに現状認識を改めて語った。

 その上で、下交渉を行う人材として、彼が知る中では最も総合力の高い人物を選び出したのだった。




「フン、フフ、フンフン♪」


 ラックは上機嫌で、戦利品の品々から燃料を抜き取る作業に勤しんでいた。

 宰相からの当初の話だと、飛行機はファーミルス王国へ全量引き渡しするのを強要される。


 だが、しかし。

 その引き渡しに「燃料満載で」という条件は入っていない。

 つまり、燃料の搭載量は関係がないのだ。

 王国の技術者が飛行機を研究するにあたって、実機を動かしてみる必要がある。

 その点は疑う余地などない。

 けれども、飛行機の稼働に必要な燃料は“ゴーズ家には”要求される予定はないのである。


 ゴーズ家の当主は、昨日の夕食の席でミシュラから聞いた文官の話に激怒した。

 その後、対応するための案が話し合われた。

 そうして、「そういうことなら、こちらにも考えがあるぞ」とばかりに、領主様の土方作業はお休みとなり、翌朝からの作業内容は変更される。

 勿論、報復案の発案者はラックではないのだけれど。

 発想の柔軟性と、相手が“行われたら困ること”を容易に考え付くのも才能のひとつだ。


 この時の超能力者は、「なるべく妻たちを怒らせないようにしよう」と改めて心に誓ったのである。


 尚、夕食の席で淡々と話が進む中、当初の怒りの感情が途中から嘘のように消えてしまい、何気に冷や汗を流す事態へと切り替わっていたのは、ラックだけの秘密である。




 南部辺境伯領の領都で起こった惨劇からは既に六十日が経過している。

 この時期、ファーミルス王国に今のところ報告する予定がないアナハイ村の整備は順調に進んでいた。

 もっとも、村とは名ばかりで、正規の住民は永住での移住を受け入れた、元スティキー皇国の技術者の若い男性三人のみ。

 その中の一人が暫定の村長を務める。

 そこに母親がそれぞれに加わって総勢は六名。

 実態は飛行船専用の軍事基地以外の何物でもない感じなのであるが。


 “飛行船の製造、整備と運用。それに加えて航空基地化を主眼に置く地”という位置づけで開発が進められているその場所は、ラーカイラ村の北方。

 但し、隣接しておらず、百二十キロほど距離が離れている。

 間に横たわっているのは魔獣の領域。

 アナハイ村は、ゴーズ領の北端とこの大陸の北にある海岸線との、ちょうど中間地点あたりに隠し村的な感じで整備が進められたのだった。


「僕が整備開発しても、所属をゴーズ領と主張したり、ファーミルス王国の領土だと主張しなければ良いだけ。そもそも報告義務なんてないんだよね。農地なんてないし、収益が発生するわけでもない。元々、軍事施設は課税対象じゃないしね」


 整備中のアナハイ村は、仮にファーミルス王国にゴーズ領として申請したとしても、課税対象となる農地も、畜産業もない。

 また、間に広大な魔獣の領域が存在していて、徴税官が検地や徴税に来ることなど不可能。

 これでは、「王国の管理下で庇護下だ」と言えるような場所ではない。


 ラックはミシュラたちとの話し合いの中で、ゴーズ家の力を蓄えるためにファーミルス王国の法の穴を探していた。

 その結果、生まれつつあるのがアナハイ村だったのである。


 体裁としては王国外部の独立勢力。

 設備の建設費や人材の出向、魔獣被害からの防衛を請け負う対価として、基地の使用料などを分割の支払いに丸まる充てる。

 要は国を名乗っていないが、規模を縮小させた旧ヒイズル王国のような状態。

 但し、所謂、国土に該当する全てが軍事施設の塊であり、それを傭兵のように貸し出す形なのだが。


 アナハイ村に存在する長城型防壁を含む各種施設の建設費は、そのままゴーズ家への借金となっている。

 日々発生する魔獣への対策としての警備料金や、出向してきている人材の給与、食料を含む消耗品への対価も全て借り入れ金で賄う。

 ゴーズ家はアナハイ村に対して、購入資金を全額貸し付けてスティキー皇国製の飛行船三隻を売り払った。

 その上で、その時の売却条件に“永年借用権”を付けたのである。


 ゴーズ上級侯爵は、飛行船の使用料と駐機場の利用費、維持及び整備費など船を運用するために必要な金銭を支払う。

 勿論、航空基地の使用料も支払う。

 それらの支払金額がそのまま“ゴーズ家への借金の返済に充てられる”という、完全な自作自演のやらせなのだが、ルール上の問題は何処にも存在しない。


 斯くして、ラックは妻たちの入れ知恵によって、飛行船の所有権をあえて持たないことで、ファーミルス王国からの横暴への備えとしたのであった。


 尚、便宜上アナハイ村の長に就任したのは一番船の船長の息子。

 スティキー皇国の飛行船の船長は何故かシングルマザーばかりで、全員が船から降りるのを拒否し、そのままゴーズ家へ就職した。船長全員に息子が一人いて、彼らが飛行船整備や製造の技術者であったのも共通していた。

 彼女たちは息子たちと共に、北大陸のアナハイ村を第二の故郷として骨を埋める決断をしたのだった。


 勿論、全員がラックの接触テレパスで本心を探られたのは言うまでもない。

 思想、信条に問題はなく、彼女らはすんなりとゴーズ家に仕える一員として認められた。

 但し、「息子の嫁の世話だけは頼みたい」という母親としての内心も共通していたのには、超能力者は思わず笑ってしまいそうになった。

 ラックが笑って噴き出しそうになるのを、必死に堪える経験をする羽目になったりしたのは、些細なことなのである。


 そんなこんなのなんやかんやで、ラックはアウド村に仮置きしていた元スティキー皇国の航空基地の移築を完了させる。

 その後は、アナハイ村がある地の防壁内の細々とした整備と、残存魔獣の駆逐に精を出していた。


 そこに暴走した王都の文官が、新たな問題を投じた。

 ミシュラが彼を王都へ追い返すことに成功はしているが、その結果から次の動きが発生するのは容易に予想できる。


 仮初の静寂を保っていた水面に石は投じられた。

 波紋が広がるのが当然の成り行きなのだった。

 ゴーズ家としては、スティキー皇国の情報の話はともかくとしても、飛行機の引き渡しが要求されることはわかっている。

 しかしながら、「それがどのような条件下で行われるのか?」は不明なのだ。

 超能力者が千里眼で宰相の動向を監視し続ければ、或いはそれを事前に察知することが不可能ではないかもしれない。

 だが、それだけに時間を割き続けるわけにはいかない。

 ラックには彼自身にしかできない仕事が、他に山のようにあるのだから。




「で、今日も王都から先ほど文官がやってきて、大人しく待っていると? そういう話かい?」


 燃料の抜き取り作業から戻ったラックは、ミシュラから来訪者の存在を告げられたのだった。


「用向きの概要だけは既に聞いています。最初に昨日追い返した文官の行為に対しての謝罪と、処罰内容が伝えられました。それとは別件で、飛行機の引き渡しの対価の下交渉。端的に言えば『要求したいモノがあるのなら先に言ってくれ』が本音なのでしょうね。それと、『王都に対飛行機に効果が見込める魔道具の配備が終わった』そうで、『ゴーズ家が貸し出していた機動騎士の返却の用意がある』そうです。それについても『貸出料金の条件を詰めたい』そうですよ」


「機動騎士は『分解フル整備で返却して貰えば良い』って話にしてたんじゃなかったっけ? 全部中古で購入時の整備は分解整備まではやってなかったから、それだけで金額的には割が合うよね? 緊急対応の謝礼で別途少し現金報酬を出して貰えばそれで十分じゃないか?」


 うろ覚えで、感覚的な話で返答してしまうラックだ。

 ラック的には、細かなことは頭脳担当に丸投げで良いのである。


「そうですわね。他で色々あるのは確定しているようなものですし、この件は貸しにしておく姿勢で行きましょう。消費した魔石の実費に少し色を付けて、金貨一万五千枚ほど請求しておきましょうか」


 機動騎士の分解フル整備には高額な主要パーツの交換が含まれるため、フランが以前に推定してくれた金額はおよそ金貨三十万枚分。

 但し、これはゴーズ家が北部辺境伯領の整備場で行った場合に支払う予想金額であるので、王都の直轄整備場に王国が支払う金額はそこまで高額にはならない。

 今回のフル整備での王国の出費は、前述の半値に近くなるはずなのであった。

 つまるところ、コミコミで王国が負担する総額は、金貨十七万枚程度となる。

 それが、ゴーズ家の二人の会話で決定となったのである。


 こうして、ラックは新たにやって来た文官に会って話を聞いた上で、家としての正式回答をするのに一晩の時間を要求した。

 夕食時の会食形式の報告会は続けられているため、妻たちの考えを確認してからの話としたのだった。


 密約の履行で飛行船の引き渡しを要求したら、スティキー皇国から「移住希望者だ」とシンママ船長三人を押しつけられたゴーズ領の領主様。それを知ったミシュラから「愛人扱いで受け入れたのではありませんわよね?」と、あらぬ疑いを掛けられてしまう超能力者。痛くもない腹を探られて、辟易するラックなのであった。

週一くらいのペースで投稿を予定しています。

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