最終話(80話)
「『敵の基地と思われた場所に何もなかった』だと?」
宰相は、軍部から上がって来た報告内容に驚いていた。
南部辺境伯領の領都が焼かれてから、既に十六日が経過している。
彼は軍部に命じて、なんとか王都へ防空戦闘目的で集めた戦力と、元から王都に存在した戦力から一部を抽出し、更にそれに東部辺境伯の持つ戦力の一部を王命で随伴させることで攻撃隊を編成させた。
斯くして、事前情報があった、敵の前線基地と思われる場所への攻撃をする王命が出された。
ラック以外のファーミルス王国の軍は、遂に防戦ではなく反撃に転じる。
その結果が、冒頭の発言に繋がって行くのである。
「『巨大な穴』と言うか『窪地』と言うか、『基地設備を地面ごと引っこ抜いたような印象の場所が確認できた』と。その場所は七日前に斥候が、『基地らしき施設があったのを確認した場所』で、間違いはないわけか」
単純に考えれば、「『王国が攻撃した事実がない以上、スティキー皇国が自前で基地を処分して撤収したのだ』と判断するべきな状況」だった。
だが、報告内容を信じると、「王国は唯一の攻撃目標を消失した」という事態となる。
そして、「この大陸外にある」と考えられる敵の本拠地の位置は、不明だ。
つまるところ、ようやく反撃が可能になったのに、編成できる攻撃部隊の手が届く場所に敵はいないのであった。
付け加えると、仮に敵の本拠地の位置がわかっていたとしても、そこへ辿り着く手段がファーミルス王国にはない。
まぁ、ラックという例外も存在するのだけれど。
南部辺境伯領からの情報では、彼の地は“南”から現れた飛行機による攻撃で襲われている。
それだけに着目すれば、前線基地からそれらが飛来した可能性を完全に否定できる情報ではない。
けれども、敵はあの段階だと自国の優位性を信じて疑ってなどいなかったはず。
そうであるなら、「前線基地から真っ直ぐに向かわずに、南へ迂回してから攻撃する」という無駄を行う理由がない。
欺瞞行動をする必要などないのだ。
宰相には、「『敵の本拠地が南方にあり、南部辺境伯領の領都を襲撃した飛行機は、そこから飛来した』と考えるのが自然だ」と思われた。
そうした考えを元にすると、前線基地が消失していてもファーミルス王国は安全ではない。
宰相は寧ろ、「敵が自国の戦力に被害が出る可能性を、減らしただけなのではないか?」とまで考えた。
なにしろ、王国は海の向こうにあると思われる敵国を、直接攻撃する手段を持っていないのだから。
加えて、飛行機に対する有効な攻撃手段も然りだ。
但し、空への攻撃手段に関しては、現在緊急で作らせている高射砲の魔道具の配備が完了すれば、問題ではなくなる。
完成品は、まずは王都への配備を優先させる。
だが、いずれは領主貴族にも購入を義務付ければ良い。
そのような手順で、まず国内の迎撃態勢を確保しておく。
その上で、敵国へ直接攻撃を可能とする飛行機技術の国産化を目指す。
それが、ファーミルス王国としての当面の目標となる。
しかしながら、それには大きな障害が存在している。
王国とゴーズ家との間で、彼の家に戦利品として確保されている現物の、引き渡し交渉を纏め上げねばならないからだ。
これらの話は陛下への直言を既に済ませており、宰相は対応策をほぼ丸投げされている。
要は、対価で出すものを選定する原案までは宰相以下文官たちの仕事であり、最終判断を陛下に仰ぐだけの話なのである。
この時の王都にいたファーミルス王国の上層部は、飛行機の根幹部分の技術について深く考えることはなかった。
魔道具ではない道具は、貴族以外でも扱える。
一定量以上の魔力持ちの総数は少なく、それ以外の人の数は多い。
そんな簡単で重大なことに、気づいている人間はいなかったのであった。
「皇国から継続してお金を搾取し続けるってことで、代わりにゴーズ家は皇国を攻撃しない。その部分が骨子になっている密約は無事成立した。だけど、思い通りになっていない部分もある。現金の返還要求は想定していなかったし、飛行船の技術者の移住の強制は断られた。それに、航空戦力の全てを放棄するのを強制しているから、王国以外からの空からの攻撃を受けた場合、ゴーズ家に援軍を求める権利が追加された。もっとも、『求めることができる』ってだけで、必ず応じる義務がある話じゃないけれどね」
ラックは、妻たちとの夕食の席で報告を行っていた。
情報を共有して認識を統一し、決まったことに対しての今後の対応を、妻たち全員で考えて貰わねばならないからだ。
今日も今日とて、彼女たちの知恵を拝借する気満々。
そんな姿勢がブレない超能力者なのだった。
当事者であるスティキー皇国の人間にしか予測困難なことがあったのは、交渉の席で要求の応酬を聞いていて初めて知ったラックだ。
ゴーズ家の当主には、皇国内の現金を大量に奪った自覚はあった。
それで皇国が困ることは、妻たちの意見が一致していた。
だがしかし。
ラックには、「どんなレベルで困るのか?」まではわからなかった。
それが、「国内の経済活動が不可能になるほど、深刻なダメージになる」とは予測できなかったのだ。
そもそも、「現金の総量や、どのくらいの現金の流通量が最低限必要なのか?」の知識はゴーズ家の誰も持っていない。
故に、「皇国側から泣きが入って、返還を懇願されるレベルだ」とは想像できなくても、仕方がない面はあったのである。
技術者の移住についても、「国として強制可能だろう」と、漠然と考えていたが甘かった。
また、ゴーズ家とだけの停戦が、皇国側からすれば、他から攻撃されない担保にはなっていなかった。
それでも、勝者からの要求で航空戦力の全ての放棄を呑む以上は、皇国側は安全保障の部分を交渉内容に入れるしかなかった。
ここら辺が発生してしまったのは、前提として持っている常識の差、思い込みが邪魔をしていたのだろう。
相手の考えを事前に想定できていなかった理由は、そうとしか考えられない。
皇国側の生々しい事情を知ってしまえば、彼らの要求は至極当然の話ばかり。
そうなれば、「全てゴーズ家の思い通りにならなくても仕方がない」と言える。
交渉の実務を担当していたフランが、ラックの報告に前述の内容へ自身の所感も付け足して説明を行う。
そんな感じで話し合いが始まったのだった。
「飛行船の製造技術に関しては、平民に学ばせる予定ですの?」
当初の予定では、皇国の技術者に製造してもらい、ゴーズ領の人間で置き換えるのは先の話になる予定だった。
ミシュラの質問は、先送りしていた部分で未定だったのである。
「いや、製造に使う道具の基礎技術が違うから、こちらで作るのであれば魔道具を利用するしかない。ものによっては平民じゃ扱えない魔道具も必要になるから、基本は魔力持ちだね。最終的には、補助作業員として平民を使う形になるんじゃないかな」
ラックは、作りかけの飛行船で製造作業中のものを、千里眼で視たことがある。
故に、その点には簡単に答えることができた。
「そうなのか。なら操縦士の方はどうなるんだ? 皇国は魔力持ちが運用しているわけじゃないだろう?」
続いて、リティシアが疑問を投げ掛けた。
「それも魔力持ちでの運用を考えている。僕の思い付きなんだけど、皇国の仕様のままで建造するより、魔道具を導入して建造するほうが運用コストが下がる気がしているんだよね。皇国の飛行船は燃料だけに頼っているけど、ゴーズ領製のは、魔石も併用したい。その方が、攻撃力も上がると思う」
ラックが考えているのは攻撃方法の多様化。
皇国仕様では実弾が必要だが、魔道具が使える高度百メートル未満なら魔道具の武装も有効なはずなのだ。
魔力を持たない超能力者は、実弾も魔道具も自身では使ったことがない。
それ故に、思考がどちらかに偏ることがなかった。
ラックは、「飛行船に魔道具を導入して魔力持ちが運用することで、燃料や実弾に頼る部分を減らせば、総積載量について柔軟な発想ができる」と考えたのだ。
この点に関しては、超能力者は珍しく妻任せではなく自前の頭を使っている。
別の面での問題もある。
平民にも扱える乗り物兼兵器で、利用用途が多岐に渡るモノの導入は、「ファーミルス王国の貴族制度への影響も大きいのではないか?」と考えてしまった。
これは、過去に似た方向性の思考をしたことがあったせいで、ラックは直ぐに思い至った。
もし、自身と同じような超能力者が平民並みの数になったら、魔力持ちの貴族の存在価値ってどうなる?
それと似たような話だ。
貴族側の立場のゴーズ家の当主は、そう気づいたのである。
積載量の基準を、「機動騎士が運べる」という線引きで行くなら、スティキー皇国で運用している二百五十メートル級のサイズまでは必要なくとも、かなり大きなものになる。
勿論、実際に作ってみなければ正確なことは言えない。
だが、おそらく超高額な建造費が必要になると予想できる。
建造費の問題で数が作れないならば、運用は信頼している十四人の古参の娘たちに任せたい。
そんな考えを持ってしまうラックなのだった。
「防犯上で考えても、平民でも動かせる船は危険だろう。盗難の意味でも、武装としての意味でもな」
エレーヌがあっさりとそう言った。
彼女は自身の実家であるティアン家が魔獣に滅ぼされかけている。
その現実に対抗できたのは、ティアン家とフリーダ家のスーツとクーガの駆る最上級機動騎士といった魔道具の武装に加え、ラック個人が持つ超能力のおかげだ。
要は、貴族が存在意義を示したのであって、断じて、平民が持つ武力や数の力で対抗できたのではない。
平民が、貴族階級の持つ武力の恩恵を意識しないで済む世界へ移行すること。
それは、「強力な魔獣が発生するこの大陸内では、危険でしかない方向だ」と、エレーヌは自身の経験を踏まえて考えたのである。
更に思考を進めて、自分自身を含めた貴族階級にある人間の価値の変化を考えると恐ろしくもなる。
もし、平民階級の力のみで全ての魔獣を討伐できるならば?
潤沢な魔力量を誇る魔力持ちの貴族とは、魔力を持っていることの価値が低くなれば、単に子供ができにくい劣等種になりかねないのだから。
「明日から、旧アイズ聖教国の支配領域だった場所に作られた航空基地への対処を始める。具体的には人員の移送。それが済んだら、基地自体の仮移築。仮置きの予定地はアウド村。たぶん二日ほど時間が必要になる。それが済む頃には、皇国で整備中の飛行機や飛行船が稼働可能になるからそれらの移送に着手する。流れとしてはそんな感じ」
ざっくりとしたラックの皇国に対する行動予定が示され、妻たちは細部の問題を話し合って詰めて行く。
戦後処理は大変なのだった。
そんなこんなのなんやかんやで、「皇国への対応の話が粗方終わったかな?」の状態になったところに、ミシュラが爆弾を放り込む。
それは、対王国の話であった。
ファーミルス王国にゴーズ家が単独で停戦した報告をしないのは当然だが、王都では「早急に飛行機の引き渡しを受け、研究を急ぎたい」という話になるに決まっている。
飛行機の引き渡しが最も最初に来ると予想される問題であり、全量を引き渡すのであれば三百機を超える数になる。
対価の問題もあるが、時期や移送方法の問題だってある。
特に移送方法については、「ゴーズ家の負担で指定した場所に運べ」などと命令されたら大問題になってしまう。
かと言って、王国側に負担させれば、それはそれでよろしくない。
トランザ村やエルガイ村のある地に、移送のための人員が大量に入り込むのは好ましい話ではないのだから。
戦利品に対する王国の検分が済んだ以上は、「入手した車両をどう扱うか?」がゴーズ領の裁量範囲となる。
それらを野晒しで放置しておくわけにも行かない。
その点をフランに突っ込まれたラックは、あっさりと解決策を示した。
それは、「エルガイ村の地下に大規模駐車場を作って、そこに保管する」という案だ。
当面、燃料が必要となる車両を運用する考えは超能力者にはない。
何故なら、燃料を継続調達できる見込みがないのだから。
ついでに言えば、「使って行けば当然必要になる整備や、交換部品を調達できる見込みもない」のだ。
荒廃して復興へ力を注ぐスティキー皇国は、自国の需要を優先してしまう。
よって、現状では無茶な要求をし辛いのである。
運用できないものを、他者が容易に触れられる状態はよろしくない。
王国に引き渡して、研究者や技術者の玩具にされるのは面白くない。
保管や警備に人手が割けるほど、ゴーズ家は人材が余ってはいない。
諸般の事情を鑑みて、ゴーズ家の当主が決断した選択内容は妻たちが驚くモノだった。
超能力者は、彼以外には入る方法がない、出入り口なしの地下空間を作り出し、大量の車両を実質封印するつもりでいたのである。
フランは、「死蔵するくらいなら」と、スティキー皇国に返還することを提案した。
だが、それは他の全員が反対した。
属国化している以上は、皇国の現体制に倒れて貰っては困るが、余裕を与えすぎてもダメなのだった。
匙加減が難しい話ではあるのだけれど。
実際、皇国は近々の苦しい時期を抜けだした後は、好景気に沸き国力を増して行く未来がある。
皇国の軍事へ振っていた部分が経済活動の増進へと向けられたのは、ゴーズ家が与えた飴が彼の家の面々が予想した以上に、皇国に有益なモノであったからなのだが。
こうして、ラックは戦争対応から解放されたはずなのに、事後処理のお仕事に追われる羽目になった。
何気に土方作業を無意識に増やしてしまう親父は、力業での解決が性に合っているのだろう。
妻たちを前にして、「僕以外の誰にも入れない地下空間を作る」と、宣言をしたゴーズ領の領主様。正妻のミシュラは、夫のその発言時の態度や仕種に微かな違和感を感じ取る。そうして、その考えには別の目的もあるのを見透かす。それ故に、「定期的に、わたくしが視察するのはよろしいですわね?」と釘を刺す。その言葉に、「えっ? なんで?」と思わず即答で聞き返し、馬脚を露す超能力者。他の妻たちにも、「何か別の意図がある」とバレバレになったラックなのであった。
斯くして、ゴーズ上級侯爵であるラックは、元々ある発展途上の自前の領地に加えて、空を征く独占技術と、協力国家としてスティキー皇国の存在を得る。
ファーミルス王国の枠組みから飛び出すつもりはまだないが、直ぐにそれを行ってもなんとかなりそうな状況を生み出した。
また、理不尽な干渉を突っぱねることが可能な材料も揃いつつある。
超能力者が目指した、自身が迫害されることのない楽園は、「もう完成した」と言っても過言ではないのかもしれない。
ラックは、今後も子や孫の世代のためにできる限りの力を尽くす。
超能力者には、自身が持つ肩書が変化しても、いろいろな出来事に遭遇して、それらを超能力による力業で解決して行く未来がある。
だが、そのあたりは別の物語としておこう。
「貴方。開拓できる土地は、まだまだありますわよ」
「うん。でも、もう急ぐ必要はない。これからはのんびり行こう。徐々に後進へ権限を委譲して、仕事に追われる日々よりも一緒に過ごす時間を増やそう」
「わたくしはそれで嬉しいですし、構いませんけれど。皆への配慮を忘れないでくださいね」
どこまで行っても、妻たちに弱いラックの立場は、そのまま続いてしまうのかもしれない。
~FIN~
完結です。
お読みいただきありがとうございました。
以下、お願いとお知らせ。
応援ポイントの☆をまだ入れておられない読者様へ。
よろしければ、画面の↓にある☆応援ポイントをクリックお願いいたします。
勿論、任意です。
【小説家になろう】のアカウントをお持ちでない読者様へ。
よろしければ、アカウントの取得をお願いします。
あなたのブックマークと応援ポイントの投票で、救われる思いをする作者さんがきっとたくさんいらっしゃいます。
ぜひとも、アカウントの取得をよろしくお願いいたします。
勿論、任意です。
【この作品の今後について】
アフターストーリーや閑話をそのうち投稿するつもりです。
ですので、本作は連載中の扱いのままとし、完結処理はしません。
ブックマークはそのままにしていただけると幸いです。
(2023/08/13追記 一度完結処理をして、後日連載中へ戻す方針に転向しました)
(2023/12/26追記 本作のカクヨム版がカクヨムコン9に参加中ですのでそちらが済んでから。2024/02の中旬~2024/03上旬頃からアフターストーリー用の改稿に手を付け、追加投稿を予定しています。先行しているカクヨム版に元原稿(81話~228話)はあるので、こちらの放置はしません(決意表明))
(2024/03/08追記 アフターストーリー 81話を投稿。以降週一くらいのペースで投稿予定)




