79話
「『ファーミルス王国の巨大人型兵器が突如現れた』だと?」
スティキー皇国第一航空基地の司令官は、その驚きの報告で叩き起こされた。
彼は、ファーミルス王国からの何らかのリアクションを待つ立場ではあった。
だが、さすがに何の前触れもなく、自身の管轄下にある基地の滑走路のど真ん中に、いきなり敵の巨大兵器が鎮座するのは予想外極まりない。
彼は驚きつつも、斥候と伝令を務められる兵の最上位階級者に「敵を刺激しないように」と厳命した上で、意図を確認するための接近を命じたのだった。
皇帝陛下の命令で、昨夜から第一航空基地には通常掲げている皇国旗ではなく、白旗を掲げている。
司令官には信じられないことだが、「第一航空基地を含む全ての軍事拠点がファーミルス王国の監視下にある可能性が高い」というのが陛下の判断だ。
スティキー皇国は軍事の部分だけに限らない、国内の経済活動に甚大な被害を受けているのを彼は知らされた。
そのため、「国力の回復が急務であり、もう対外戦争を行う余力はない」というのが国としての結論。
スティキー皇国第一航空基地の司令官は、皇帝陛下からの命令書で、「白旗は、早急に王国の人間を話し合いの場に引きずり出すための緊急避難的措置」と、理解させられたのである。
本来であれば、スティキー皇国が採用すべき行動案は二つ候補があって、どちらかを選ぶことになる。
一つは、こっそりと北大陸から派兵した全てを撤収し、放置すること。
もう一つは、ファーミルス王国に正式な使者を立てて、停戦もしくは終戦の幕引きをすること。
しかしながら、北大陸に建設された航空基地との連絡は完全に遮断されており、南大陸の全ての航空機が使用不能な現在、前線へ向けて情報伝達を行う術はない。
そして、この状況で先方からの確認のための飛行機の飛来がないのは不自然であることから、おそらく前線基地でも同様に飛行機が使用不能。
つまり、本来であれば行うべき手段が全て遂行不可とされている。
これ以上の皇国国内への被害は許容できず、直ぐにでも王国からの攻撃を止めて貰わねばならない。
それ故の白旗。
スティキー皇国は実質的にはとっくに敗戦国であり、現実がやっとそれに追いつこうとしているだけだったりするのであるが。
「ラック。基地に白旗が掲げられているが、この国の文化でこれは通常の状態なのだろうか?」
まだ薄暗い中、なんとか視認できた基地の姿。
視覚から得た情報で、フランはあくびを噛み殺しながら、複座の後部座席に座ってる夫に問うた。
彼女は普段ならまだ寝ている時間から起き出しての出撃であったため、睡眠が少々足りておらず、はっきり言うとちょっと眠い。
夫の能力による防御は万全であり、「事前実験の結果を以て、安全性が確保されている」と頭では理解している。
しかし、だからと言って、敵地の真っ只中にいる以上、漠然と感じてしまう不安が完全に消滅するわけでもない。
睡眠不足に陥っているのは、“彼女自身が、単機で敵の本国の中枢部に押し入る作戦を実行する前夜だった”という理由で、緊張から眠りが浅かったせいもあるのだろうが。
「いや。前に視た時はどの基地も統一で別の旗だった。たぶん僕が視たのは国旗なのだと思う。文化的なことはわからないけど、言語が同じだからね。白旗の意味が王国と同じ可能性は高いんじゃないかな。僕らは降伏勧告で条件を突き付けるために来たんだし、向こうから『降伏の意思』を表明してくれるなら、楽で良いんじゃない?」
「そう言われればその通りではあるんだが。撃たれる覚悟で来たけど、ひょっとしたら『撃つ気はありません。話し合い歓迎。お待ちしてました』に、なりかねない状況かと思うとな。なんだか拍子抜けしてしまうよ」
ラックはフランに返答した後、彼女の言葉を聞きながらも、千里眼の能力を発動していた。
超能力者は知る限りの全てのそれっぽい場所を視て、同様に白旗が掲げられていることを確認したのだった。
「今、ざっと視たんだけどね。王宮も含めて、どの基地も白旗だ。特定の日でそういう行為がある文化とかの可能性もあるかもなんだけど。現時点では願望込みで、『降伏の意思表示だ』と信じたいね」
いついきなり撃たれるかがわからないため、ラックはずっとサイコバリアを維持している。
時刻はまだ日の出前。
ようやく空が明るくなりかけた時間帯。
スティキー皇国側の行動を期待するには、もう少しばかりの時が必要であろう。
超能力者は、フランと二人だけの纏まった時間を過ごすのは久々であるため、暇つぶしも兼ねて雑談を主体に、貴重な時間を楽しむのだった。
そんな状態で時は過ぎる。
明けない夜はなく、陽はまた昇る。
ゴーズ家の当主と第二夫人がこの地に降り立ってから、二時間を経てようやく状況は動く。
彼らの機体にゆっくりと近づいてきたのは、オープンタイプの車。
運転手とは別で、その車の後部座席に乗っていたのは、大きな白旗を手にして掲げているガチムチの男性であった。
スティキー皇国が開発した無線通信機の性能は、まだまだ低い。
しかしながら、有人の中継点を複数確保することによって、第一航空基地はリアルタイムに近い情報伝達を可能としていた。
基地の司令は巨大人型兵器との交渉を成功させ、更には、皇都での移動先を確保した。
ついでと言ってはなんだが、巨大人型兵器のファーミルス王国での呼称が「機動騎士」であるのも皇都へ伝えた。
そうして、瞬時に機体が消え去ったことに茫然となりながらも、彼は自身の職責を果たし、基地全体の臨戦待機態勢を解いたのだった。
「ほう。何もなかったはずの場所にいきなり機動騎士が出現したのだな? ファーミルス王国は何やら面妖な技術を持っている。そして、これまでの怪奇現象もその技術を使っての攻撃であったことがこれで確定した。そういうことで良いな? 補佐官」
「その通りです。指定した移動場所は王宮敷地内の庭。城壁の中であり、機動騎士は門を通り抜けることができる大きさではありません。勿論、空からの侵入でもないことは、複数の衛兵の証言で明らかになっています」
皇帝はいきなり機動騎士を出現させる術があるのであれば、スティキー皇国の敗北は必然だったのだと知る。
そして、皇国に本気で容赦なく反撃するのであれば、任意の場所に爆弾のような物体を次々に送り込めばそれで済んだことに気づく。
兵を放り出して負傷させた方法で、代わりに爆弾を使えば良いのだ。
では、それをしなかった理由とはなんだろうか?
そこに思考が至った時、その理由がそのまま交渉の材料に化けることを悟った。
スティキー皇国は負けた。
だが、ファーミルス王国の要求を唯々諾々と丸呑みするのではなく、交渉の余地がありそうなことに希望を持てた。
そうして、彼は、「降伏勧告を受け入れる立場で、補佐官のみを連れて交渉の席に着こう」と思考を切り替えたのだった。
そんなこんなのなんやかんやで、超能力者は“僕の天然の冷凍庫”とは反対側の極点に、屈みこんだ機動騎士をテレポートさせた。
フランの機体の手の上には、スティキー皇国の皇帝と補佐官の姿がある。
ラックは一切邪魔が入らず、自身と妻の二人が生身を晒しても、皇国の二人が万一の凶行に及べば生きること、帰ることが不可能な場所を交渉の場として選んだ。
これは立派な拉致監禁なのだが、一応相手からの許可を先行して取っている。
皇国側は、交渉の場を決定するのに強く出られる立場ではなく、出向いてきた二人の安全保障をすること自体を“ラックたちに信用して貰うこと”が極めて困難だった。
それ故に。
ゴーズ家の当主にお任せした結果が、極点付近への移動だったのである。
勿論、広めの空間をサイコバリアが強固且つ多重に覆っている。
そのおかげで、バリア内部は強烈な低温から守られていた。
まず、ラック自身とフランの安全を確保すること。
次に、皇国の彼らを見られては困る場所に連れて行かないこと。
超能力者は、その二つに拘り、交渉場所の選定に妥協はしなかったのであった。
「さて、初めての対面ですね。私がファーミルス王国上級侯爵、ラック・ジョ・ゴーズ。連れているのが第二夫人のフランです」
「フラン・ジョ・ゴーズです。夫の補佐を務めます」
皇帝と補佐官は、周囲の環境の激変に動揺しまくりだったが、機動騎士から降りてきた二人の自己紹介を受けて、多少の落ち着きを取り戻した。
「スティキー皇国第7代皇帝カーリック・スティキー。こっちが補佐官のバーミールだ」
「補佐官を務めているバーミールです」
四人は改めて名乗りを終えたところで、早速話を始めた。
まずは、降伏する意思があるのを再確認した上で、無条件降伏ではないことを共通認識として確認する。
後は条件交渉。
これは、細部を詰める作業も含めてしまうと、通常であれば最低でも数日単位の時間を必要とする案件だ。
だがしかし。
双方が最終決定を行える権限を持つ人物を出しての交渉。
尚且つ、それぞれに優秀な補佐をする人材が付いている。
それらに加えて、双方共にのんびりと交渉をする気が全くない。
厳寒の地に集った四人にとって、「とっとと条件を決めて、さっさと終わらせよう」が、共通認識なのだった。
はっきりと言葉に出されなくとも、その点の利害は一致していたのである。
概ね、ゴーズ家の突き付けた要求は条件付きながら受け入れられた。
敗北した軍の最上位責任者として、「スティキー皇国の皇帝がゴーズ家の『お願い』に今後、協力する」という曖昧模糊とした部分も受け入れられたのである。
その代わり、皇国の補佐官が出した条件はそれなりに大きなものになる。
現金の返還。
要は銀行の金庫の中身だ。
流通する現金は、「国という巨体の血液」と言って過言ではない重要性を持っている。
皇国の国内経済の崩壊を避けるためには、不可欠。
絶対に最低限の供給量が必要なものであった。
勿論、補佐官は「全額返してくれ」と過大な要求をするほど愚かではない。
盗み出された全量の七割が戻れば、なんとか経済は壊死を避けて回して行ける。
最低限必要量に対して、綿密な計算をして頭の中だけではじき出せる彼は間違いなく有能だ。
そして彼は、「不可能なことは不可能」と述べ、妥協案を出す。
結果的にゴーズ家は、毎年皇国の総税収の一パーセントに相当する金を指定されている場所に置いて貰い、それをいただくことになった。
そのような出来レースで、ゴーズ家はファーミルス王国に戦果を継続報告し続ける形だ。
前線基地の人員の撤収関連や基地そのものの放棄に関しては、そのまま受け入れられた。
ちなみに、放棄される消耗品の類の物資はゴーズ家で接収する。
航空基地自体は今後、アナハイ村と名前だけはラックが既に決定している予定地、すなわち現在のゴーズ領の北の魔獣の領域を切り開いて移築する予定だ。
尚、スティキー皇国は、ファーミルス王国から南大陸に攻撃をされた場合の反撃を以て、以降の攻撃に関する自由を得る。
ゴーズ家が求めたのは、王国に対しての条件付き攻撃禁止だ。
但し、皇国側がゴーズ家との約束を破った場合、彼の家からの皇国への攻撃はあり得る。
それは、例外扱いとし、先に挙げた王国からの攻撃には含めない。
もっとも、その状況だと、皇国は全面戦争を既に覚悟しているかもしれないが。
飛行船に関しては、技術の伝授や生産方法の伝授、生産設備の移転をゴーズ家の負担で行うことが了承された。
飛行船と飛行機の部品を含む現物の全量譲渡と、保有及び製造の禁止、飛行機の製造設備の譲渡もなんとか合意に至った。
但し、皇国は航空戦力を完全放棄することになるため、王国以外から航空攻撃を受けた場合は、ゴーズ家に援軍を求める権利が与えられたけれど。
問題となったのは人の移動と、空を飛ぶ物の研究の禁止である。
特に人の移動の部分が大問題だった。
研究の禁止は、「スティキー皇国として法で禁じる」という対応までは可能だ。
けれども、隠れてこっそりと知識を継承し、研究する者の存在を完全に消滅させるのは不可能。
法で禁じて、違法行為が発覚すれば捕えて罰する対応は約束できる。
だが、逆に言えば、「それ以上は不可能」なのである。
この点は法で禁じて、これに関する違法行為には「根切りとか族滅に相当するような広い適用範囲で即時処刑の厳罰を適用する」という決着となった。
罰に関しては“保有及び製造の禁止”に違反した場合も同じだ。
大問題の人の移動。
これは、ゴーズ家は飛行船の技術者を、人材として移住での確保を望んだ。
しかし、皇国側に「人身売買は断る」と拒否された。
皇帝も補佐官も、二人揃って「人身御供は、人身売買も同然」と反発したのだ。
技術者は天涯孤独の単身者などではない。
彼らには普通に家族も縁者も友人もいる。
当事者も関係者も納得できないであろう話を、皇帝の命令乱発で強制するのは現実的ではない。
補佐官からは、「一定期間の出向ではどうか?」と、妥協案が出された。
しかしそれはファーミルス王国の情報流出に繋がりかねないため、ゴーズ家側の事情で不味い。
この話は、王国との停戦や終戦ではないため、皇国に知られたくないことがいろいろあるのだ。
結局、技術の伝授に関しては、永住希望者に移住は認めるが、基本的にはゴーズ領から人材を出向させて、技術を身に付けさせることで決着となったのだった。
それら対する対価が、主軸はファーミルス王国で唯一南大陸に攻撃しているゴーズ家が、スティキー皇国に対して攻撃を行わないこと。
要は、実質の停戦である。
それ以外にも、飴の部分で鉄製品と魔石の話が決められたのだけれども。
最後に、ゴーズ家以外のファーミルス王国の戦力により、南大陸へ攻撃が行われた場合の特記事項が加わる。
皇国には反撃が許され、以降の戦闘行為に関しては先に述べた通りの条件だ。
それに追加されるのが、ゴーズ家との停戦に関する約束での、戦闘以外の部分の扱いについて。
その時点で以前の状態に原状回復できないものと、譲渡済みの物品以外の、全てが無効となることが付け加えられたのだった。
一部はゴーズ家の思い通りとは行かなかった。
けれども、全体で見れば、十分満足の行く内容。
ラックがコソコソと耳打ちし、フランが頷く。
「これで合意ということで決定で良いですか? こちらとしては満足の行く内容となりました。ですので、後で贈り物を届けますね。『有効に活用していただける』と信じています」
こうして、ラックは敵の皇帝と直接会談を成功させた。
実質的にはほとんどフランと補佐官の言葉の応酬だったとしても、トップ会談という体裁だったのである。
先日ラックが金庫から奪った品の中には、所謂、汚職や違法行為の証拠物が多々あった。例えば裏帳簿など、巨額の追徴課税ができそうな、皇国の膿を出すには打って付けの資料の存在に気づいていたゴーズ領の領主様。それらを贈り物として届けるついでに、早速“重要なお願い”をする。「今後、皇国で出版される全ての本。『種別を問わず』で必ず各一冊を納本するように」だ。尚、余分な手間を省くために”目録”は不要とした。譲渡方法は、年一回のお金のやり取りに紛れ込ませるやり方。それらを持ち帰る役目を自らに課す超能力者。本を選別して、個人的に確保したいソレは抜き取る気満々の懲りないラックなのであった。




