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78話

「『個人所有の書庫の本までもが消えた』だと?」


 スティキー皇国の皇帝は、補佐官の報告に平坦な声音で聞き返していた。

 一昨日の朝は集結中だった追加派兵予定の兵員に、一万人を超える負傷者が発生した報告を受けている。

 その前日には、金庫の中身が空になる事件も発生しており、「もう何が起こってもおかしくない」と思っていた彼だった。

 けれど、昨日は何もなく平穏な一日であった。


 だがしかし。

 その平穏があったことによって、「これで怪奇現象は止まったのか?」と、考えたのは甘かった。

 今朝の宮中の書庫の報告に追加されて、午後一で受けたそれは、内容が余りにも予想外過ぎた。

 皇帝は驚き過ぎて、一周回って冷静になってしまう事案。

 それが、冒頭の彼の発言に繋がって行くのである。


「はい。詳細を述べますと、宮中の書庫と同様の現象が複数、他所でも起こっていました。報告がこの時間になったのは、各所で気づいた時刻が遅かっただけです。大学を筆頭に各種学校が保管していた図書は根こそぎ消えました。本を扱う店舗は言うに及ばす。『個人所有の書庫からも本が消え去った』と報告が上がって来ています」


 この時点で、皇帝は「怪奇現象であり、ファーミルス王国の仕業ではない」と思い込むのはもう不可能だと悟った。

 兵器、燃料、補給物資が消失し、殺されずに負傷兵の数を積み上げられた。

 全てではないが、かなりの割合で国内の生産設備を消失した。


 そこまでの段階で、もう疑いではなく、証拠がなくとも決めつけても良いレベルではあったのだ。

 そこに追加されて大量の金庫の中身を奪い去られ、追加で負傷兵の数を積み増された。

 続いて、今日の報告分では、スティキー皇国の基盤を支える知識の部分を狙われたのだ。

 これらは「皇国の全てを奪って疲弊させ、崩壊させる勢いの事象の大集合」としか言えない。


 ここまでのことを「国内の人間が行なっている」と考えるのには、さすがに無理があり過ぎる。

 タイミング的にも、王国の一都市を焼いた後から、頭を悩ませている事案が起きている。


 皇帝には、「誰がやったのか?」を特定できる証拠はない。

 だが、一連の怪奇現象は、「ファーミルス王国からの報復攻撃」と考えて間違いはないのだろう。


 こうなってくると、連絡が取れていない北大陸に建設した航空基地も、「健在であるかは怪しい」と思わざるを得ない。

 そもそも、司令官を含む上層部のほとんど全員と、二個師団に匹敵する数の兵がそこから拉致されて国内に戻されているのだから、無事なわけがないのであるが。


「確証はない。だが、状況証拠がここまで揃えばもう疑っている場合ではない。いずれにしても、我が国に戦争を続ける余力はなくなった。仮にファーミルス王国の攻撃ではなかったとしても停戦は免れない。しかし、敵である王国と話し合う方法がない。どうすれば良いのか。補佐官。何か案はあるか?」


「どんな手段でも宜しければあるにはあります。ですが」


 皇帝は、言い淀む理由を述べようとした補佐官の言葉を仕種で制した。


「構わん。言え」


「はい。ここと、各航空基地の全てに白旗を掲げて、『降伏の意思あり』と敵に伝える。それしか手段を考えつきません。屈辱的な手段で申し訳ありません」


「なるほど。そうすれば、話し合いのできる人間を出してくる可能性があるのか。それで良い。直ぐに実行しろ」


 一連の現象が報復であるならば、ファーミルス王国側は何らかの手段を以て基地や宮中の情報を得ているのは自明の理であった。

 補佐官の献策でその点に直ぐに思い至った皇帝は、即時採用を決断をする。

 

 もう損切りするしか手が残されていないのを、スティキー皇国の皇帝は理解していた。




「えーっと。これで後は降伏勧告するだけなんだけど、突き付ける条件を詰めたいと考えます。前提はゴーズ家の利益が優先。実質戦っていない王国への利は考えなくて良い」


 ラックは妻たちへ意見を求める。

 ゴーズ家の当主としての漠然とした要望は、「飛行船が欲しい」なのであるが、それは放って置いても出てくる内容のため、態々言及はしない。


 なるべく前提となる条件を減らした方が、出される案が多岐にわたる。

 それを経験上熟知していたせいもあるけれど。


 加えて言えば、“フランのえげつない作戦”に従って、知識の源となる本を皇国から大量に盗み出して入手している。

 それがあるため、ラックの中では、「時間さえかければ、独自開発も可能だ」と考えることができる点もある。

 実際にはそんな簡単な話ではないのだが、ゴーズ家の当主は、「資料を与えて丸投げで研究させれば何とかなるだろう」としか考えていなかった。


「貴方。ゴーズ家の利益のみを追求してよろしければ、スティキー皇国にファーミルス王国に対しての軍事行動の全てを未来永劫放棄させた上で、追加の対価も出させるのが最上と判断します。それを以てこの家は皇国への攻撃を止める形。わたくしはこの国の貴方に対する過去の仕打ちを考慮すると、今回の件に関わる報酬でも理不尽を突き付けられると予想しています」


 ミシュラは一旦言葉を切った。

 そして同席している全員の面持ちを確認する。

 特に異論がある雰囲気は感じられないため、彼女は続けて言葉を紡ぐ。


「ですので、そちらはないものとして、利は皇国から得ましょう。前線基地を撤収させれば、貴方以外に皇国に手を出せる武力はこの国に存在しません。飛行機の引き渡しを強制されても、王国が運用可能になるのは早くても数年先だと考えます。『燃料の調達』という条件も加味すれば、もっと先になるかもしれませんわね」


「私は元々、ゴーズ家単独、いや、ラック単独で降伏を勝ち取るつもりでいた。最終形は皇国を説得し、ファーミルス王国へ使者を立てさせ、停戦か終戦の決着とする気だった。けれど、今の話だと、『実質終戦。但し、国と国の間では戦争状態は維持したまま』の形に聞こえるのだが?」


 フランはミシュラの考えに対して疑問をぶつけた。


「その通りです。双方の国が手を出せない状態で、戦争を形だけ継続します」


「そうしたい理由と、それで発生するゴーズ家の利がピンとこない。そこを説明して貰えるかな?」


 フランの問いに答えたミシュラに対して、今度はリティシアが発言した。

 理解が及ばない部分に説明を求めるのは、当然ではある。


「まず報酬の話から致しますわね。ゴーズ家の当主の巨大で比類ない武勲に報いること。ファーミルス王国にそんなことが可能かしら?」


「無理だろう。出す可能性がある物は爵位、金銭、義務免除の期間や適用範囲の拡大。そんなところだろうが、武勲に見合う質と量が整えられるとは考えられない。それに、義務免除については、『反故にした』という悪しき前例も作られた。一言で言えば、信用がない」


 ミシュラの問いに対しては、エレーヌが辛辣な見解を述べる。

 彼女のソレは、「自国の予想される対応と過去の実績が、ロクでもない」と、切って捨てたも同然の発言なのだが、ラックを含む全員が彼女の述べた内容に賛同していた。


「そうですわね。宰相は狡猾にも、『報酬を決めて支払うこと』に条件を付けています。『全ては停戦か終戦が成った後』とね。ですので、それを逆用することに致します。継戦中ならば、報酬は得られませんが、争う問題も起きません。これが利の一つです」


 ミシュラの見解は、要約すれば、「貰えるあてなどない報酬で、王国と喧嘩になるのは馬鹿らしい。その分は皇国から貰って、現状維持で放置しましょう」であった。


「一つということは、まだ他にもあるのか?」


「ええ。勿論あります。ゴーズ家は寄子としているガンダ家とティアン家の分も含めて、今回の戦争に対し、戦力を独自運用で参戦するのを国に認めさせています。戦果を出す条件は既に満たされているので問題はありません。ここでスティキー皇国とファーミルス王国の戦争が終わらなければ、ゴーズ家の支配領域は国の求めに応じて参戦中のままなのです」


 ここまで話が進めば、フランにもミシュラの意図するところが読めた。

 義務を遂行中であれば、同様の義務を王国は追加できない。

 もしも、その他の国の要請が発生したとしても、突っぱねる理由になる。


 現状が続けば、災害級魔獣の初期戦闘に参加する義務も免除のままだ。

 魔獣との戦いが長期戦となり、追加の援軍が必要な事態が発生した場合はその限りではないが、そんな事例は過去にほとんどないのだ。

 加えて言えば、その状況であれば援軍を出さねば、国ごと滅んでしまうのでゴーズ家も戦力を出さざるを得ない。


 最も重要なことは、戦争状態の継続が不都合になれば、いつでも終戦や停戦を皇国に申し入れさせることができる点。

 少なくともラックの目が黒いうちはそれが確実であり、任意の時期でいつでも状況を変更できる権利が手中にある。


 その上、以前にフランが提案した飛行機や飛行船関連の話は、「この流れだと前提に含まれている」としか考えられない。

 そうであるなら、仮に唯一無二の能力を持つ存在がいなくなっても、制空権を所持したまま機動騎士を南大陸へ輸送可能となる。


 フランには、「下級機動騎士を数機も運べば、戦車や大砲程度では相手にならないのが確定だ」と思えた。 


 勿論、これらはスティキー皇国に降伏勧告を行い、様々な条件を突き付けて呑ませることができた場合のその先の話だ。

 よって、現時点では“捕らぬ狸の皮算用”なのをフランは承知している。

 だがまぁ、「実現する未来である」という前提で思考しても、おそらく問題はない。


 ラックの行ったスティキー皇国に対する蹂躙は、そう考えても大丈夫なだけの被害を与えているはずなのだから。


「そういう話だと、確かに私が考えていた『皇国に使者を出させる』よりは良い状況を作り出せそうだ。一応確認しておくが、以前に提案した『飛行機関連の技術の破棄と製造及び研究の禁止。飛行船の技術者と製造関連の全てをこちらの大陸に接収』は、皇国に呑ませるのが確定なのか?」


「その辺りは以前に話し合った時に意見が一致していますから。既定路線のままですわね」


 そんなこんなのなんやかんやで、話し合いは進み、決めるべきことは決まる。

 夕食をとりながらの会話という会食形式は、辺境伯を除く上級貴族クラスの家ではまずない。

 けれども、ゴーズ家は彼らが騎士爵の時代からこんな感じなのだ。

 過去には子供たちが同席していることすらあった。

 当主と正妻が共に公爵家の出でありながらそんな風であるのだから、この辺りもゴーズ家ならではの“破天荒さ”であるのだろう。


 そうして決められたのは、まず降伏勧告の方法。

 これは、フランが元々考えていた案が採用となり、出向くのは発案者の彼女が操縦する下級機動騎士。

 そこにラックが同乗する形だ。


 それは、「皇都に一番近い航空基地の滑走路上で、朝から機動騎士を棒立ちさせて、呼び掛ける」というシンプルな方法。

 勿論、移動はテレポート頼りで、防御はラックのサイコバリアにお任せ作戦。

 要は、皇国側が根負けして対話する気になるまでは、「好きなだけ撃って来い」という超能力者の持つ異能に頼り切った傲慢な作戦だ。


 ちなみに、「フルボッコのサンドバックにされても、安全かどうか?」の試験は、事前にちゃんと行っている。

 フランとラックが乗る下級機動騎士を同条件の棒立ちで、クーガの乗り込んだ最上級機動騎士に遠慮なくフルパワーで攻撃させたのだ。


 それを一時間。

 棒立ちの機動騎士は余裕で耐えた。


 尚、たった一時間で攻撃が終了したのは、サイコバリアが限界を迎えたわけではない。

 ラックがこぼした、「この程度なら、睡魔という意味での限界に達しなければ平気だ」という発言に、「無駄な攻撃だった」と息子が匙を投げただけ。

 父は長男に、“どう足掻いても越えられない壁”としての実力を見せつけただけで終わったのだった。


 後は皇国に突き付ける条件。

 ミシュラの提案した内容と、フランが提案していた飛行機や飛行船に関する部分はそのまま採用。

 更にそこに追加されたのが、敗北した軍の最上位責任者として、スティキー皇国の皇帝がゴーズ家の“お願い”に今後、協力すること。

 それだけではない。

 “皇国の総税収の一パーセント相当に当たる金を、毎年ゴーズ家に自主的に贈ること”も付け加えられた。

 また、飴の部分として、余剰魔石との交換でゴーズ家から鉄製品の供給も決められた。

 ちなみに、この交換レートはスピッツア帝国やバーグ連邦に適用させるものと連動する。

 この辺りは属国に近い扱いだ。


 最後に、アイズ聖教国の跡地に作られた基地の所有権の完全放棄。

 これは、基地に残している物資も全て含めてとなる。

 残存物資の接収と基地丸ごとのゴーズ領へ移転。

 そんな大掛かりな案を、ゴーズ家は視野に入れている。

 それが、基地の所有権の放棄を条件に織り込んだ理由なのだった。


 尚、残留している人員については、皇帝直々の撤退命令を出して貰った上で、今日、機動騎士が現れた航空基地への移送を“無料で”ゴーズ家が引き受ける。


 ゴーズ家から突き付けられる予定の条件は、皇国にとって厳しいものだ。

 しかしながら、その中には、「『魔石の輸出』という、新たな産業の創出」と、「魔石を対価に安価な鉄製品が供給される」というプラスの部分もある。

 付け加えると、「藻から作り出す燃料の輸出」もあり得る。


 スティキー皇国の国内事情は「最悪」と言って良いほどに荒れてしまった。

 だが、ゴーズ家からの勧告を受け入れるなら、結果として好転する部分もあるのだ。

 当初の「鉄を生産するための森林資源の獲得」という、金属加工の目的の観点だけで見ると、トータルコストでは敗戦後のほうが条件は良い。

 但し、「空の移動手段を全て失い、航空機全般に対しての研究や開発が禁じられる」という絶大なペナルティが付くわけだが。


 こうして、ラックは一区切りとなる結末を目指して、話し合った末に妻たちのからの結論を得た。

 はたしてゴーズ家一同の思惑通りにことが進むのか?

 未来は未だ確定してはいないのである。


 スティキー皇国から大量入手した多種多様の本。所謂“成人男性向け”がその中に混ざっていることに気がついてしまったゴーズ領の領主様。国が違えば、この手の品物を規制する法は異なる。ウッキウキでコソコソと、自室にその手の本を持ち込んでみた超能力者。笑顔で目が座っている美貌の正妻に、とっ捕まるラックなのであった。

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