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77話

「『金庫の中身が空になった』だと?」


 スティキー皇国の皇帝は、補佐官の報告の意味がわからず、聞き返してしまっていた。

 彼は補佐官から「皇都も含む人が住む街中にある銀行や、大手の商会、宝飾店の金庫の中身が忽然と消えた」と報告を受けた。

 言葉の意味自体は、勿論理解できる。

 だが、報告内容の詳細は、「中身だけをきれいさっぱりと抜き取っている」と、言っているのだ。


 補佐官が報告したそれは、「カギを使って、或いは何らかの道具を使うことで、不正に金庫の扉を開けて中身を取り出した」という話ではない。

 まして、「金庫の鍵や扉を破壊して、こじ開けた」という話でもないのである。


 更に言えば、そもそも「金庫」という存在は、部外者が容易に触れる場所には設置されていない。

 常識的にはそのはずなのだ。

 よって、中身を盗み出すには、まず、金庫が設置されている場所に辿り着かねばならないのだが、それ自体が困難となる。

 そうであるはずなのに、不審者が侵入した形跡すらも全くない。

 つまり”あったはずの困難を突破した”という証拠が見つからないのだった。


 要するに、詳細な報告を聞けば聞くほど、怪奇現象としか考えられない。


 先日から朝を迎えるたびに、スティキー皇国の皇帝の元には理解不能な報告が持ち込まれるのであった。


 金庫への被害は一つや二つではない。

 大量の金庫が軒並み空になっている。

 そして、そこに入っていた中身は、現金だけとは限らない。

 お金以外に、宝石、貴金属、宝飾品、有価証券、契約書、手形、小切手等々、重要な品が入っていた金庫も当然のように存在していた。


 不幸中の幸いは、宮中の宝物庫や金庫は無事であったこと。

 それに加えて、個人や小規模の商会は無事であったことくらいだ。


 この事態は、商取引に甚大な被害が出ることが必然であり、それはスティキー皇国の民の生活に多大な悪影響を及ぼす。

 放置はできない大問題なのだが、さりとて直ぐに、或いは短期間で、実行可能となる有効な解決策がない。


 被害報告からの推定だと、国内の現金の総量に対して、なんと六割以上が突如消失している。

 新規で貨幣を製造して供給するにしても、元に戻るには年単位、最低でも一年以上の時間が必要と見込まれる。


 これは、皇国内の経済活動が破壊されたも同然であり、もしもこの事態がファーミルス王国の手によって引き起こされたモノであるなら、即時降伏を申し入れたくなるレベルの重大な問題なのだった。


 皇帝は、「豊富な森林資源を手に入れて、皇国を富ませること」を初期の目的としていた。

 北大陸の情勢を精査した結果、それは、「ファーミルス王国だけが持つ鉄の生産技術と魔道具の生産技術を入手すること」に変化はした。

 だが、根本である「皇国を富ませる」という部分は変わっていない。

 戦争はあくまで“手段”であって“目的”ではない。

 勝てない戦争を継続して国力を低下させ、富ませるどころか貧困へと向かうならば“本末転倒”なのである。


 これまでの怪奇現象の多発。

 それが、「ファーミルス王国の仕業だ」という確証はまだない。

 だが、こうもスティキー皇国側に都合の悪い事態が続けば、「なんらかの意思を持った力が働いている」と考えるのが自然だ。


 現段階では、まだ“もしも”の話で終わっている。

 しかし、「それが事実である」という確信に至ったならば、その段階で目的や手段の全てを考え直さねばならない。


 スティキー皇国の皇帝は、それを理解できない愚者ではなかった。




「今日も起きて待っていてくれたのだね。夜の間に何かあったのかな?」


 ラックは千里眼で事前にテレポートする先を確認する。

 そのため、ミシュラが執務室に待機していることは知っていた。

 けれども、昨日ならばともかく、今日の超能力者には“妻がそうしている理由”に心当たりがなかったのだった。


「いいえ。何もありませんわ。貴方が持ち帰って来るはずの品の検品と、仕分け作業をするためだけです。『誰にどれを贈るのか?』は決めていませんわよね?」


 妻の序列がある以上は、公式の場において身に着ける品々に、所謂、下克上的な状態は許されない。

 ミシュラは、「ラックが持ち帰った宝飾品の類の中に、『昨日自身が夫から贈られた品々以上の質の品があるのかどうか?』のチェックが必要だ」と考えていた。

 その上で、序列順に品を大まかに振り分ける作業をするつもりで、夫の帰りを待っていたのだった。

 勿論、自らの分も確保する気なのであるが。


「そういう理由か。僕にはよくわからないからお任せするよ」


 そう言いながら、ラックは妻たちへ贈る品が詰まった背負い袋を机の上に置く。


「任されました。でも、振り分けるのはわたくしですが、渡すのは貴方の仕事ですよ。貴方が直に贈ることにも意味があるのですからね」


 ギクリとしたラックは、無言で頷く。

 実のところ、超能力者は、夕食の場で本日の戦利品をドヤ顔で披露し、「好きなものを好きなだけ選びなさい!」と、やるつもりでいたからだ。


「あら? 何か考えがありましたの?」


 ミシュラは、夫の仕種から微かな違和感を感じ取って問う。


「うん。夕食時に全部並べて『好きなの選んで』ってやるつもりだった。それじゃダメだったんだね。助かったよ」


 そんな会話をしつつも、ミシュラはラックの盗んできた宝飾品を五つに仕分けて行く。

 それを見ていた超能力者は、「四つじゃないんだ?」と、内心では驚いていた。

 けれども、下手に口を出すと藪蛇になりそうなため、その点については何も言わずにスルーした。


 ラック的には、「アレは僕がアスラに持って行くのか?」と考えると、少々複雑な気分にはなる。

 それでも、自業自得なので諦めるしかないのである。


「金庫から奪って来た、現金、その他色々は、良い保管場所がないので、一時的に極点の保管庫に放り込んである。この館に置くには不用心だし、ゴーズ家には全部が入るような巨大な金庫なんてないしね」


 ラックが盗み出した物品の総量は、トランザ村にある倉庫約二つ分。

 それらは、領主の館の空き部屋を全て埋め尽くしても入りきらない。

 その上、警備上は一応問題はないが、「村内の倉庫に無造作に置くのもいかがなものか?」と考えてしまう程度には価値のある品々。


 犯行直後のラックは、保管場所の問題からそのままトランザ村へ持ち帰るのを躊躇ってしまう。

 そうして、思いついた安全な保管場所。

 それは、“僕だけの天然の冷凍庫”だったのである。


 続いて、ラックはざっくりとした略奪のあらましの説明を終え、前線基地の状況をチェックし、状況を伝える。

 とは言っても、前線は約二万の兵士がいるだけで、実質的な戦闘力は奪われたままだ。

 つまり、特別に情報共有を急ぐ事柄はなく、「安心していて良いですよ」という内容を報告しただけのことだったりする。


「そうですか。では、今日のチェックが必要な戦利品は、コレ以外には領内に持ち込んではいないのですね? 他には何もなければ汗を流してきてくださる? その間にこちらを終えてわたくしも準備致します」


 そんな流れで夫婦の時間に突入し、その後ラックは就寝する。

 但し、ミシュラは寝るわけにも行かず、そのまま一日の執務を熟すことになるわけだが。




 ラックの目が覚めたのは、太陽が「夕日」と言われるには少しばかり早い時刻だった。

 夕食で妻たちが集まる時刻までには、まだそれなりに時間の余裕がある。

 超能力者は、情報収集のために千里眼を発動した。

 今夜の話し合いに向けて、少しでも足しになる情報が欲しいからだ。


「ふむ。重機の類っぽいのだけは使用可能になったのか」


 前線基地を視ていると、稼働していたと思われる重機の類が戻って来る。

 なにがしかの作業を終えたのだろう。


 では、その作業とは?


 瞬時に、「現場を探すよりも指示内容を探す方が早い」と考えた超能力者は、基地内のそれらしい場所にある資料を漁る。

 千里眼を駆使して見つけた内容は、機動騎士の襲来への対応策として、幅五メートル、深さ三十メートルほどの溝を掘ることだった。

 前線基地の兵士は、溝を掘り終えてから上部に通常の地面と変わらない偽装を施し、落とし穴的な罠を完成させるつもりで作業に従事していたのである。


「おいおい。通常の移動時はホバーなのに落とし穴って」


 スティキー皇国の人間は、「機動騎士の移動方法が“歩く”や“走る”だ」と、考えていることがここで判明した。

 判明した点から、「『知らない』というのは恐ろしい」と、ラックは思ってしまった。

 そして、「こんなことで無駄に消費できる燃料が残されているのかな?」と、ちょっと意地の悪い方向へ思考が傾き、ニヤリとしてしまうのであった。


 観察を続けていると、基地へ戻って来た重機は、地下に埋設されている燃料タンクから補給作業に入っていた。

 しばらくすると、慌ただしく人が動き出す。

 この段階に至って、初めて燃料“も”盗まれていることが、皇国の兵士たちに発覚したのであった。


「まだ気づいていなかったのは笑えるけど。明日以降の作業は、燃料なしでどうする気なんだか」


 ラックは知ることはないが、この後、前線基地での今夜の作戦会議において、燃料タンクの残燃料枯渇への対応策は捻り出されるのだ。


 燃料に関する重大な問題の報告を受けた基地の司令官代行は、無用の長物と化した残存している飛行機の燃料タンクから、燃料を抜き取る指示を出すことになる。

 但し、その指示で稼働できた重機により、翌朝以降、前線基地に残された人々には更なる絶望が与えられる。


 そんな未来を引き寄せるきっかけになるのだが、対策を考えて指示を出した司令官代行はそんなことを知る由もないのであった。


 前線基地の観察を終えたラックは、時刻を確認してまだ少しばかり余裕があることを知る。

 続いて、超能力者が視たのは、南大陸の航空基地だ。

 稼働できる状態の航空機は存在していない。

 輸送機や飛行船の修理作業が継続して行われている様子はあったが、作業完了にはまだ数日単位の時間が必要だと推測できる進み具合。


 それ以外に気になる点は、基地内に人の数がかなり増えていることだった。

 これは確認した全ての基地に共通していた。

 おそらくは、追加派兵するための人員が集結中なのだろう。

 そこまで視た時点で、良い感じの時刻になってしまった。

 ラックは新たに得られた情報に満足して、ミシュラが仕分けた品を受け取るために執務室へと向かったのだった。


 そんなこんなのなんやかんやで、アスラを除く全員が満面の笑みで夕食の席に着く。

 彼女たちが手にしている元盗品は、一人分を金額換算すれば、中級機動騎士が新品で購入可能なレベルなのだから当然ではあるけれど。


「ミシュラが通達した内容以外の追加情報はそんな感じ。後はいつも通り、自由に意見を出してね」


 ラックは四人の上機嫌さに内心ではドン引きしつつも、なんとかそれを隠蔽することに成功していた。

 それはそれとして、起きてから新たに得た情報を共有するための説明も終えたのである。


「まず前線基地が作っている落とし穴。これで兵士の心を折りに行こうか。ラックなら埋め戻すのにどのくらいの時間が必要かな?」


 フランの考えは相変わらずだった。

 彼女は、敵が重機を数十台投入して一日かけて作業した分を、台無しにする仕事をラックに振ろうとした。

 これは、夫の能力への「信頼が厚い」と言えば聞こえが良いが、単に「人使いが荒いだけ」とも言える。


「現場を確認してないから正確なことは言えないけれど、最大でも三時間を超えることはないと思う」


「それぐらいで可能なら、まずはそれをお願いしよう。南大陸で集結中の兵については、就寝中の警戒態勢が緩いと予想する。予想通りであるならで構わないが、そいつらを別の航空基地へ拉致して放り出して、死なない程度に負傷させて貰おう」


 ラックの返答に満足したフランは、続いて南大陸で準備中の部隊への攻撃を提案する。

 案の内容自体は前回の拉致と同じで新鮮味はないが、対象としている場所が前線基地ではないため、「警戒はされていないだろう」という判断だ。


「わかった。拉致の方も警備状況次第だけど、まぁできると思う」


「敵の戦意を挫くのは良いけど、終着点はどうするんだい? スティキー皇国はラックの盗みでもう内情はボロボロだろう? そうした状況を民が知るには時間が必要だろうけど、時が経てば暴動が発生しても不思議じゃない」


 リティシアは、「今朝の段階で、スティキー皇国が限界に近いところまで既に追い込まれた」と予想した。

 しかし、そこにフランは更に追い打ちをかけるプランを提示している。

 それらにも失敗の見込みがない以上、「皇国への追加ダメージは確定」と言って良い。


 つまるところ、リティシアの視点ではもう皇国は詰んでおり、“ラックに”敗北している。

 その現実を、敵の親玉に理解させれば戦争は終わるはずなのだ。

 けれど、鬼畜な作戦立案者はその点に未だ言及していない。

 それ故の疑問であり、質問であった。


「今の時点で言えるのは、『ガッツリ奪いたいもの』がまだある。だから、それを終えてから『降伏勧告』という流れだな。特に状況に変化がなく、今夜の作戦が成功した場合の私の目論見の話をする。ラックには一日かけて奪う予定の品物の所在確認を行って貰うつもりだった。明後日に確認した場所の全てを奪いつくす。そうやって降伏するしかない状態にキッチリ追い込んでから、降伏勧告をして皇国に“ゴーズ家”の要求を呑ませて終わる」


 こうして、ラックはスティキー皇国から盗み出した宝飾品を差し出し、フラン、リティシア、エレーヌのご機嫌を取ることに成功した。

 夕食時の活発な意見交換はそこそこ長い時間続いたが、最後はミシュラが取り纏めた。

 そこで出された結論で、超能力者の今夜の行動と、今後の方針が決定されたのである。


 土方親父としての能力に、絶大な信頼と実績があるゴーズ領の領主様。「今夜は敵が頑張って掘った場所を埋めにお出かけだ」と呟いたあと、「その前に、乗り気になれない事柄のお片付けがあった」と、アスラに贈り物を持って行く超能力者。そうしたら、「嬉しいけど、この人頭大丈夫?」という思考が、接触テレパスで読み取れてしまったでござる。「この女性と理解し合うには、まだまだ時間が必要だな」と、黄昏てしまうラックなのであった。

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