76話
「この見えている分が、『追加分だ』と主張されるのですか?」
王都から本格的に検分をするためにやって来た文官の代表者は、朝一でエルガイ村に現れたミシュラの言葉に驚くしかなかった。
彼は起き抜けの朝食前の時間に、村の防壁の最上部へと案内されて連れて来られた。
そうして眼下に広がる光景を目の当たりにしながら、状況説明をゴーズ家の第一夫人から受けたのであった。
「昨夜の当家の戦果となります。飛行機の類は大型のものが九機、それ以外が百八十一機。車両の類がざっと二千台。車両に関しては、当家もまだ正確な数は把握しておりません。貴方様方の検分は本日で終了される予定で、『明日の朝にゴーズ領を発たれる』と到着時に聞いておりますが、予定の変更をされますか? 当家としての速報を王都に向けてこの後出しますが、変更されるのであればそれを同時に伝えることも可能です」
ミシュラは淡々と事実を告げ、横で絶句している文官に即時の返答を迫った。
彼女の機動騎士の後部座席には、ラックを待たせたまま。
そんな事情であるので、さっさとトランザ村に戻りたい。
テレスをテレポートで王都に送るのが、疲れている夫の本日の就寝前の最後の仕事なのである。
返答を迫られた検分の人員の代表者は、驚きから立ち直るのに十数秒の時間を必要とした。
更にその後、考えを纏めるのに追加で同じ程度の時間使う。
トータルで三十秒と少し。
いきなり予想外の現実を突き付けられて、そこから返答するまでの時間としては決して長くはない。
寧ろ、早い方である。
しかし、待たされているミシュラには、残念ながらそう受け取って貰えるはずもないのだけれど。
「十五分時間をください。昨日までの分を中間報告として託したい。それと二日の延長の申請も書面を直ぐに作ります。あっ。勝手に『二日の延長』と、今言ってしまいました。すみません。確認が先でした。ゴーズ家は、このまま我々の検分作業の継続と滞在の延長を許可してくださいますか?」
「滞在費はその分増えます。それを許容するのであれば構いません。待ちますのでなるべく早く書面を作成してくださる? わたくしも忙しいのです」
二人の話は終わり、ミシュラは待機に入る。
そうして、きっかり十五分後。
宰相宛ての書簡を受け取った彼女は、速やかにトランザ村へと戻るのだった。
「ゴーズ家から追加の戦果報告と、派遣した文官からの検分の中間報告。それに、検分期間の延長申請が届いたのか」
「はい。『延長の申請の可否について早急に命令書が欲しい』そうです。『それを持ってゴーズ領に帰還したい』と、報告書一式を持ち込んだ者が現在待機中です」
宰相は書簡を持ち込んだ文官の報告を聞きながらも、開封した筒から取り出した報告書の内容にざっと目を通す。
そこに記されていたのは、驚くべき戦果であった。
「前回の戦果のほぼ倍ではないか! これの検分に追加で申請されたのは二日か。少しばかり時間が足りないような気もするな。現場の裁量で最大四日までの延長を許可する。直ぐに書簡を託せるよう手続きに入れ。急げよ」
宰相は必要な指示を出し終えた後、報告のために国王の元へと向かう。
ゴーズ家の報告内容は、「大戦果」と言って差し支えない。
要は、吉報であるからだ。
「陛下。ゴーズ家から戦果報告が追加で入りました。最終確認はまだですが、概要は戦利品として確保した物資が多数。前回の物量の倍近い数字が上がっています。具体的には飛行機の類を百九十機と車両の類を二千台程度となります」
「そうか。それは素晴らしいな。ところでな。ゴーズ家以外の戦果の報告を聞いた記憶がないのだが、招集軍は何をしておるのだ?」
国王は、単純に疑問を口にしただけ。
けれども、宰相にとっては、尋ねられると非常に困る問いとなった。
それでも、質問されれば答えざるを得ない。
それが彼の立場であり、仕事である。
「招集軍は防衛を任務としており、敵の攻撃がないため、交戦自体をしておりません。ですので、戦果は今のところありませんな」
「ほう。そうなのか。それではもしもスティキー皇国とやらが、此度のゴーズ家の働きによって停戦ないしは終戦を申し込んできた場合。いや、戦力への被害状況次第では降伏まであるか? 戦功は全てゴーズ上級侯爵とその配下にあることになるのか?」
国王はスティキー皇国の国力を知らない。
だが、「ファーミルス王国の『機動騎士』という主力兵器が、如何に高価な品なのか?」は、よく知っている。
機動騎士に比べれば安価であるスーツ、移動大砲、魔道車の類であっても決して安くはないのだ。
要するに、国王は“軍事力を維持するための兵器にはお金が掛かる”のを、十分過ぎるほどに理解していた。
それ故に、だ。
彼は、「飛行機だけで三百、車両を三千などという途方もない数の兵器を奪われれば、スティキー皇国とやらが財政面で疲弊し、降伏までもあり得る」と、考えたのである。
そして、「降伏まであるか?」はともかくとしても、考え方の方向性自体は間違っていない。
現時点で、「問題点であるだろう」と思われる戦功の所在に着目しているのも、「国の頂点に立つ者としては必要なこと」と言えるのだった。
ゴーズ上級侯爵の魔力量は0だ。
つまり、魔道具が扱えない男が上に立ってできることは、配下の魔力持ちの人間に命を出して動かすことだけ。
国王は、「武功は実働の家臣にある」と、考えた。
そこから発展して、「なんとかそこに直接褒美を出すことはできないか?」を、考えていた。
何故ならば、立場が低い者への報酬は、それに見合って低く抑えることが可能なのだから。
国王は、無理筋なのは承知していても、そんなことを夢想してしまっていたのであった。
「実際に戦うことがなかったとしても、民の安心感を育み、敵の攻撃への抑止力として働いている防衛戦力に対して『功なし』とはできません。ですが、評価対象期間を現時点までに限定すれば、目に見える多大な功績を上げたのはゴーズ家のみです。今のところ第一功は確実ですな。ゴーズ家の中での功績に対する分配はゴーズ卿に決定権があるので、『国がしゃしゃり出る部分ではない』と考えます」
国王も宰相も、ゴーズ家に機動騎士とスーツの戦力があることを承知している。
実質傘下に入っているガンダ家とティアン家の支配領域を含めてしまうと、統治している領地の規模は大きくなる。
だが、その領地規模に対して、「魔力持ちの家臣が多い」とは言えない。
それでも、「多くはない」とは言え、それなりの数を確保しているのも知っている。
そうした魔力持ちたちは、スーツを扱うことができなくとも魔道車は運用可能なのだ。
宰相には、「ゴーズ上級侯爵が敵の兵器をどうやって鹵獲しているか?」が報告されないためわからない。
勿論、それは国王も同じだ。
ゴーズ家の持つ戦力は、国が直轄している武力ではない。
そうである以上、結果報告しか求めることができないからだ。
もっと言えば、「今回に限っては事情が異なるが、本来であれば結果報告ですらも任意であり、強制することはできない」のである。
領地持ち領主の抱えている軍事力とはそのような性質のモノであるから、「それで当然」と言えてしまうのだけれど。
それはさておき、要するに、国王と宰相は二人揃って、「ゴーズ家は機動騎士とスーツを駆使して、スティキー皇国の兵器を鹵獲している」と、考えていた。
それに加えて、「大量の鹵獲品を全て自領へ運び込むのには、ゴーズ家が保有している機動騎士やスーツをフルに動員したとしても、到底不可能なことだ」と、想像ができた。
報告されている戦利品の物量から推測してしまうと、そうとしか考えられない。
つまり、国王や宰相の常識的判断を以てすれば、魔道車を扱う家臣の動員は必然であり、なんなら馬や牛などの大型家畜を持つ領民までも労働力として活用し、鹵獲品の移動をさせている可能性すらあった。
しかも、だ。
更に加えて言えば、「現実的にはあり得ない」のだ。
一体何があり得ないのか?
それは、「領地防衛戦力の全てを対スティキー皇国の戦力として投入し、戦利品の移送にも従事させる」などという点。
そんな暴挙を行えば、領民が一気に逃げ出してしまうだろう。
普通ならそうなる。
魔獣の領域が近い北部の辺境の地において、「防衛戦力による安全が担保されない」のは、それほどに重大な事柄なのである。
しかし、現実は二重の意味で国王たちの予想通りにはなっていない。
そもそも、ゴーズ家は領地の防衛戦力の動員などしていないし、そのようなことをする予定もない。
魔力持ちの家臣や領民のそれも然りだ。
実働部隊は、徒手空拳の超能力者ただ一人だったりする。
また、仮定の話として、ゴーズ家の当主が領地の防衛戦力を全て抽出して、一時的に他所へ振り向ける決断をした場合でも、統治下の村からの住民の流出は起こらない。
起こりようがない。
何故なら、ラックの作り出した領地や村を守る防壁への住民の信頼度は、異様なほどに高く、機動騎士やスーツがそれなりの期間不在となっても、それが永続的な話でさえなければ、「へー、ちょっとお出かけしてるのか」くらいにしか思われないのだから。
いろいろな意味で、異端で異常。
それが、未だにファーミルス王国に対して秘匿中の、ラックの超能力がもたらす結果なのであった。
「『これだけの戦利品が発生している』という事実がある以上、『報告されていない戦果』が当然あるであろう? まさか『敵が兵器を黙って譲り渡す』とかはあるまい。戦闘があったはずで、殺戮や破壊も伴っているはずだな?」
「その点は疑問に思ってはいたのですが、『確認ができない』と主張されるのを見越して、『物証のある戦果のみを報告しているのだ』と考えます。実際、武勲が巨大すぎて、少しでもそれを減らすために、言葉は悪いですが、報告内容にそのような隙があれば、『難癖の一つも付けよう』となっていたでしょうな」
国王も宰相も、この時点で戦争の勝者がファーミルス王国であることを確信していた。
故に、早くも戦後の論功行賞の心配をせざるを得ない。
招集軍へ参加した戦力に対しては、各々の家に必要経費を補填し、一年分程度の年金相当額を支払えば良い。
問題は、「ゴーズ上級侯爵へ何を以て報いるのか?」なのである。
まして、そこに加算しなければならない“お詫び分のなにがしか”もあるのだ。
王国は、「ゴーズ家に対して『軍事協力の免除』という契約を反故にした償い」も必要であった。
また、機動騎士の貸与への対価の支払いも確定事項だ。
一体どうすれば良いのか?
その問いに対する答えを持つ者は、王都に一人も存在していなかった。
そんなことが王都で起こっていても、それを知らないゴーズ家の時は関係なく流れて行く。
テレスは王都から検分のために派遣された人々への、新たな命令書を携えて下級機動で戻った。
但し、ミシュラが義娘からそれを受け取って、直ぐに彼らの代表者に渡すことはなかった。
何故なら、期間延長の申請に対して、返事が来るまでの時間が短過ぎるからだ。
彼女は彼らがその日の検分作業を終えて、エルガイ村へ到着した後の適度な時刻に調整して、それが届くようにしたのだった。
「こうして集まっての夕食を、僕としては戦争の状況とは関係なく、今後も継続したい。だけど、三人は子供との時間も大切だと思う。『そこをどうするか?』を検討課題として提案しておく」
ラックはこの発言の後、今後のアスラの扱いの変更についても言及し、事情を理解していなかったミシュラ以外の三人の妻に頭を下げた。
彼女たちは、第五夫人に対して元々含むところがあったわけではない。
そのため、「そうですか」くらいの反応しかなかったけれど。
ミシュラ以外の三人は、ラックが内に入れた人間には甘いことを身を以て知っている。
実のところ、三人の妻たちは、「アスラの扱いの変更は、時間の問題だ」と、最初から考えていた。
故に、特になにがしかの意見を述べることもなかったのである。
そんな感じで、昨日の“正妻に負のオーラが漂っているぞ事件”は、何事もなく終息したのだった。
「昨夜の僕の活動は、日中にミシュラからの書面で伝達されて、共有できていると思う。今夜の行動予定も含めて、考えを自由に発言して欲しい」
今日も今日とて、ラックの方針はブレない。
ゴーズ家の当主は、「知恵を出すのは僕の仕事じゃない」と言わんばかりの丸投げを行う。
それを受けて、フランは苦笑しながらも発言する。
「次の狙い目はお金。昨夜の窃盗で、工場は警戒されているはずだ。だから今日は別のところを襲って貰う。具体的には、王宮に該当する場所の宝物庫と、街にある銀行の金庫、可能であれば、大きな商会の金庫も対象として欲しい」
このある種の天才は、本当にえげつないことを考えだす。
如何にスティキー皇国を困らせるか?
発想が軍事面だけに限定されていないのが、フランの恐ろしさの本質である。
もっとも、本人を含めて、誰もその点には気づいてはいないのだけれど。
フランの作戦案が、皇国の人間の命を奪うことを優先しないのは、決して人道的な考えからではない。
そのほうが、「効率よく敵が苦しむ」と判断しているだけなのだ。
スティキー皇国を滅ぼすだけでは、ゴーズ家に利益が生まれない。
ゴーズ家の一員である才女は自家の利益も重視する。
彼女の作戦で投入される戦力は、たった一人の古今無双の超能力者。
戦費的な必要経費は、ラックの食事と衣服くらいしかない。
強いて言えば「あっち方面のお相手」も必要だが。
戦力の用意も、補給の心配も、自軍が受ける損害も、なんなら戦費すら気にしないで良い完全なフリーハンド。
通常ならば熟慮が必要な、侵攻ルートの縛りすらもない。
こんなにもやりたい放題が可能な戦争の作戦立案。
フランは完全に楽しんでいたのであった。
こうして、ラックの今夜の行動予定は一旦は決定した。
その後に、「アレ? これはちょっと無理かも?」と思った部分があったのは、些細なことなのだった。
第二夫人の提案内容に含まれた王宮の宝物庫への窃盗には、「待った!」をかけたゴーズ領の領主様。その理由を問われて、報告していなかった今朝のミシュラにイロイロ献上した一件が他の妻たちにバレてしまう超能力者。「なるほど。昨日の今日だと、王宮は警戒されているかも」と、納得はして貰えた。が、圧が凄い。ニコニコ顔の三人の妻から、何気にスティキー皇国内にある宝飾店への襲撃も追加されてしまうラックなのであった。




