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71話

「『国内の航空基地の全てが襲撃された』だと?」


 スティキー皇国の皇帝は、補佐官からの報告に驚いていた。

 国内のテロ活動を行う勢力は、完全に駆逐されている状況のはずであったからである。

 そうでなければ、安心して外国と戦争などしていられないのだ。


「はい。九つの基地全てで駐機していた輸送機他、ほぼ全ての機体が失われています。組み立て中の機体や分解整備中の一部は難を逃れたようですが、補給用の物資が保管されていた倉庫も燃料タンクも空になっています。組み立て部品の大部分も倉庫にあったため、現状では組み立て作業も止まっています。弾薬も勿論ですが、戦車を含む車両もほぼ全部失っています」


「それだけの破壊活動が目立たないわけがあるまい。襲撃に対しての迎撃状況を話せ。我が国の被害以外に、襲撃者の損害や規模的な情報が抜け落ちているぞ」


 皇帝は、「そんなものが、存在するはずがない」とは思いながらも、「国内の過激なテロ集団が、同時多発的に航空基地の全てを襲ったのだ」と考えていた。

 まぁ、後の部分は、勘違いでしかないのであるが。


「人的被害は報告がありません。死傷者はゼロです。そして、襲撃者の目撃情報もありません。戦闘自体が行なわれておらず、敵へ与えた損害もない状況です」


 補佐官の追加情報で、皇帝は「何かが決定的におかしい」と感じる。

 そうであるが故に、更に問い質すことになる。


「『戦闘はなかったが、軍事基地の軍の兵器がほぼ全て破壊された』などと、そんな現象はあり得るはずがないではないか! 倉庫も襲われておるのだろう?」


 ここまで来てようやく、補佐官は皇帝との認識の食い違いに気づく。

 そうして、彼はその差を埋めるために、追加の説明に入る。


「申し訳ありません。誤解を生む報告となっていたようなので、補足説明をさせていただきます。『失った』という表現は、『破壊された』という意味ではありません。『消失した』のです。方法はわかりません。『警備の目を掻い潜って、盗み出された』と、表現するのが実状に即していると思われます。厳密に言えば、『飛行船だけは盗まれず、使用するには大掛かりな修理が必要な程度の破壊』はされていましたが。『格納庫や倉庫も、外部からの破壊や開錠によって侵入された形跡はなく、気づいたらもぬけの殻だった』と、報告されています。基地の外周部の歩哨からは、『異変は一切なかった』とも。これらは、全ての基地で証言が一致しています。『外部からの侵入及び、基地内部からの機体、車両、物資の搬出をどのように行ったのか?』が、判明していません」


 航空基地の外周は、人の侵入が容易ではないようにフェンスが設けられている。

 出入りは表と裏と通称呼んでいる門があり、それら二つを使用して行われる。

 そこには、当然ながら二十四時間、交代で見張りが立つ。

 また、それとは別に、基地の外周をぐるりと巡回する歩哨も存在している。


 補佐官としては、「それら全ての目を欺き、何の痕跡も残さず物資が持ち出された」とは、とても信じられない。

 しかし、現実には、その信じられない現象が起きてしまっている。

 つまるところ、「怪奇現象としか思えない」のが、補佐官の本音であった。


「『犯人も方法も全くわからんが、事実として、機体も、車両も、備蓄燃料も、補給用の移送予定の燃料も、弾薬、食料などの補給物資も、全てが魔法のように消えた』と? そう言っているのか?」


「はい。現実はそうなっています」


 皇帝は、「何をやっているのか!」と怒鳴りつけたい気分になった。

 だが、それをしても状況が好転することはない。

 彼は、気持ちを落ち着け、消えた物資の行方と犯人の調査を命じた。

 そして、それとは別に、戦争中の前線基地を維持する方法を含む、補給計画の修正案の作成を命じ、この案件の話は一旦終了となったのだった。


 皇国が全土を支配している大陸。

 そこに、「『外敵が侵入』して、まるで怪奇現象の如く、物資を奪って行く可能性」などという発想は、この時の皇帝にも補佐官にもなかった。

 その部分は、完全に彼らの思考的盲点に入り込んでしまっていた。


 スティキー皇国への反逆行為となる物資の窃盗。

 為政者側としては、「そんな愚かなことをする者は、皇国内にいるはずがない」と考えられるのだが、現実的には、「国内の人間の犯行」としか考えることができない。

 ジレンマに陥り、オカルト現象の分野としか思えない。

 それでも、現実に起こっている事象であり、放置できない事柄。

 そうである以上は、何らかの対処を必要とするのである。




 ラックが行なった大規模な窃盗行為は、スティキー皇国では怪奇現象の扱いとなってしまった。

 彼らの持つ常識が、「ファーミルス王国からの報復攻撃の一環」という真実への到達を拒否し、「最初から存在しない、皇国内の盗賊団的な犯罪者集団を、追い求める状況」を作り上げてしまった。


 つまり、フランの考えた作戦目的のうちの、皇国側に「自国が安全地帯などではない」と思い知らせることと、「もし、略奪ではなく、破壊や殺戮が代わりに行われたらどういう結果となるのか?」を考えさせることの二つは、現時点では失敗していることになる。

 但し、これはあくまでも現時点の話であって、皇国側が未来永劫事実に気づくことがないわけではない。


 迅速で綿密な調査が行われれば、動機の面から、そして失われた物資の保管場所という物理的な面から、更には未来に起こる追加の事象から、皇国は「ファーミルス王国が引き起こした現象だ」と結論付けるしかないのだ。

 それは遠い未来の話ではない。

 そして、勿論、未来に起こる前線基地の状況の報告も、その結論が導き出される一助となるのである。




「前線基地の情報なんだけれどね。今日の日中に、来るはずの輸送機が到着しなかったことで、午後から南大陸へ確認のための飛行機を飛ばしている。夜間飛行はこれまで見たことがないから、戻ってくるのはたぶん明日の午前中かな?」


 夕闇が落ちる少し前に、目を覚ましたラック。

 彼は、起きると直ぐに千里眼の行使を始めた。

 超能力者は寝起きでも、やることはやるのである。


 ラックが視るのは前線基地や、昨晩略奪しまくった南大陸の航空基地。

 今夜の行動に影響するかもしれないので、その状況を確認するためだ。

 そうして、前線基地の“今日の記録を付けている文書”を視ることに成功した覗きの達人は、「本日の予定をどうするのか?」を自分だけで考えようと、一旦はなったが直ぐにそれを止める。

 この後、妻たちとの打ち合わせや日中の出来事の報告も兼ねた、夕食の時間があるからだ。


 どうせ、千里眼で視た内容を、同席する四人の妻に最新の追加情報として伝えれば、新しい案がいくつか出される。

 そして、その内容の検討がされるに決まっているのだ。

 ならば、「そこで彼女たちに知恵を出して貰う方が、無駄がない」という結論に達してしまうゴーズ家の当主は、「任せられる者へ柔軟に任せることができる、傑物でもある」のだろう。

 まぁ、「自身で考えるのを放棄しているだけ」とも言えるが。


 そんな流れで夕食タイムに突入し、ラックが発言したのが前述の部分となる。


「そんな状況ですの? でしたら、この大陸の基地は『まだ昨夜の件を知らない』ということですのね。こちらからの報告としては、朝一番で貴方が送り出したテレスが先行して検分する王都の文官を一人連れて戻りました。簡易で検分を終えた彼は、今夜はエルガイ村に逗留して貰うことにしました。ロディアがいるこの館には宿泊させられませんから。彼への迎えが来るのは明日のようですし、後続の検分を行う人員も、明日来る予定となっています。もし、迎えが昼までに来なければ、テレスをもう一度王都に向かわせますわね」


「トランザ村の状況は理解したよ。敵の前線基地の掴んでいる情報はそんな感じだね。次の出撃予定は明日だったようなんだが、今日の分の輸送がなかったことで、今、作戦実施の可否を軍議の真っ最中。あちらさんも忙しいようだよ」


 ミシュラの発言に答えたラックは、食事をしながら会話もしつつ、千里眼の行使も断続的に行うという、常人離れしたマルチタスクを実行中だ。

 しかし、やはりそこまでの行為には若干の無理がある。

 どうしても食事に向ける部分はおろそかになりがちで、非常に行儀が悪くなってしまう。

 所謂、子供たちには見せられない、見せてはいけない姿。

 もっとも、それをこの場で指摘する妻はさすがにいないが。


 ラックの妻たちは、唯一無二の力を行使する夫の大変さを、本当の意味で実感することはできない。

 けれども、「理解しようとする意志」は持っている。

 そして、それをある程度は想像で補うことができるのだった。


「その、延期になるかもしれない攻撃作戦の目標地点はわかるのか? それと、これはできるならで良いんだが、今日、南大陸に向かった機体が今夜は向こうの航空基地のどれかにいるな? それを奪うか使用不能にするかをしてくれると、更に時間が稼げるし、皇国へのダメージを大きくできると思う。勿論、他に使える機体がない前提だけれど」


「そういうのもあるか。今日は前線基地をやるつもりだったけど、そういうことなら、まずはそっちを優先するよ。それと、敵の攻撃目標は、視て予定か指示書っぽいの探すからちょっと待ってて」


 フランは疑問点を明確に問い、今日の方針への助言も熟す。

 この方面の才能は、妻たちの中で彼女が突出しているのだろう。


「見つけた。東部辺境伯の領地だね。計画だと領都以外にも、余力次第で村もいくつか目標にするっぽい。今後の作戦予定も視たけど、南部辺境伯領内に別で航空基地を作る予定もある。西部辺境伯の領地への襲撃がその次で、その後は王都と再度交渉ってなってる。これはどうも、『北部地域を排除すると、魔獣の領域の関係でやばい』って皇国が理解してる節があるな」


 ラックとしては、今夜前線基地の基地機能も戦争継続能力も奪い去るつもりでいた。

 そのため、フランのこの問いで、「『敵の明日の攻撃目標が、どこであっても関係ない』と、自身が無意識に考えていたのだ」と、この時に気づいた。

 そうして、超能力者は己の心構えを引き締めることになる。


 今夜の予定はおそらく、失敗することはない。

 攻撃予定を完遂する自信はある。

 それでも、慢心してはいけないのだ。

 確実に守りたいモノがある。

 しかし、完璧でも完全でもない身。

 そうである以上は、「細かなミスや、気づかない見落とし」という事柄は、必ず何時か何処かで発生するだろう。

 慢心は、その可能性を押し上げてしまう。


 慢心して傲慢になりかかっていた自身を、そうした意図があった発言ではないであろうが、気づかせてくれたフランには感謝しかない。


 それはそれとして、「攻撃予定を知れたことで、『北部地域は元々攻撃対象とされていない可能性』が浮上してきた」のは大きい。

 これを完全に信じることは危険だが、北部辺境伯(お義父さん)と共有するべき情報となる。


 そんなこんなのなんやかんやで、夕食と有意義な情報交換は終了した。

 議論の結果、前線基地の攻撃予定の情報から、「敵の戦争目的が、ファーミルス王国の殲滅ではない」という予想で全員の意見は一致する。

 これは、「再度行う予定の交渉で、王国から何を引き出すのか?」を推測した結果、スティキー皇国の狙いが、王国の生命線である安価な鉄の生産や魔道具であることが、「最も可能性が高い答え」として導き出されたからだ。


 斯くして、ラックと妻四人の明日の夜までの行動予定は、話し合いの結果から様々な修正が入ったのである。




 夜の帳が下りる。

 今宵もラックの時間がやって来たのだ。

 超能力者は、まずは、千里眼を使用する。

 そうして、南大陸にある航空基地を全て確認して行く。


「む。やはり警戒されているか。それならそれで」


 こぼれ落ちる独り言。

 視えているのはフランが予測した状況の一つだ。

 そして、「予測された状況である」ということは、「対処方法も既に決められている」ということなのである。


 ラックは“僕の天然の冷凍庫”に死蔵していた、二種類の劇物をテレポートで取りに行く。

 そうして、こっそりと、それらを駐機されている飛行機の操縦席にテレポートさせた。

 置いたうちの一つは、火を吐き出すタイプのワームの体内から取り出して、良い使い道がなく死蔵されていた粘度の高い、燃焼すると高火力となる油性の物質。


 もう一つは、狼型の魔獣の膀胱の中身を凍らせた物質。

 こちらは高濃度のアンモニア水で、溶けだせば激臭を発し、気化した気体を吸い込むようなことがあれば、その量によっては死に至る可能性まである、かなり危険な代物だ。


 飛行可能な機体を破壊するわけでも、近づいてテレポートで奪うわけでもない。

 だが、使用するのは不可能な状況に追いやる。

 清掃するにしろ、部品交換で修理対応するにしろ、人手も、時間も必要とするだろう。

 フランの考えた鬼畜な作戦案は、「徹底的に、敵の負担を増やすこと」を目的としているのである。

 

 ラックは、優先した南大陸で一仕事を終えた。

 次の攻撃目標は、前線基地である。

 超能力者はここでも、破壊や殺戮を手段とはしない。

 彼は次々と、人のみを拉致していく。

 

 ゴーズ家の当主は、千里眼とテレポートを駆使し、南大陸にある航空基地の滑走路のど真ん中付近へ適度にばらける感じに、前線基地に滞在している人員を放り出し続けたのだった。

 その場所の地表から、高さ一メートルの空中へと。




「敵が一番困ること。戦う装備も弾薬も燃料も、食料すらなく、生きている兵士のみを大量に抱え込むこと。ラックの目指す『兵站の破壊』とは、少し違うかもしれない。けれども、結局はこれが一番」


 フランの考えはえげつない。

 彼女は、「ついでに可能であれば、見捨てずに治療の手間をかければ助かる程度に負傷もさせれば最上だ」とまで言うのだから、思考の方向性は徹底している。

 正に、「悪辣!」の一言な作戦なのであった。


 ラックは、前線基地の無防備に眠ってる兵士を優先し、「その中でも、待遇が良い」と考えられる敵兵を最優先で狙う。

 フランの考えを忠実に再現する夫は、よほど運が悪くない限りは死なない、微妙な高さの空中へ皇国の兵士を放り出す。

 そうすることで、超能力者は“落下ダメージで勝手に負傷してくれる方法”を選択したのである。


 こうして、ラックは前線基地の将兵の五割に当たる、二万人ほどを拉致することに成功した。

 超能力者は、スティキー皇国内に負傷兵を大量生産し、たった一晩で前線基地を翌朝、大混乱に陥れる。

 前線基地に残された将兵は、“朝になって姿が見えなくなった多数の味方の、大規模脱走を疑わざるを得ない状況”に追い込まれたのだった。


 敵の最前線の本日の作戦予定を、まんまと中止に追い込んだゴーズ領の領主様。就寝前に、「まだだ! 今夜も悪夢は終わらんぞ!」と、少々興奮気味に呟く超能力者。大陸の南東にある前線基地へ、今夜行う再度の襲撃に備えて、ベッドの上で横になって目を閉じるラックなのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「ついでに可能であれば、見捨てずに治療の手間をかければ助かる程度に負傷もさせれば最上だ」とまで言うのだから、思考の方向性は徹底している。 ↑ 非人道的平均である クラスター爆弾がまさにこれで…
[良い点] やりたい放題death [気になる点] 前線基地と敵の最前線と南大陸の航空基地の表現があって一回混乱するかも [一言] 次はお腹ゴロゴロしちゃう程度の遅効性の毒物をお水にマジェマジェすると…
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