70話
「『ゴーズ家が軍の招集命令と、機動騎士の供出命令を拒否した』だと?」
宰相は、配下の文官から緊急報告で上がってきた情報に驚いていた。
だが、口頭では「拒否した」と伝えられていても、彼が報告書にきっちり目を通せば“実態が”そうではないことが理解できた。
要は、「命令内容の不備を突いての差し戻し」であって、「敵対的に完全拒否」という話ではなかったのである。
宰相は、「ファーミルス王国として、過去の契約に違反する内容をゴーズ上級侯爵に求めたことになる」のを承知している。
それ故に。
ゴーズ家の反応を気に掛けてはいたのだが、彼の中での優先順位は国防が先であり、「ゴーズ家との約束事を守った結果、王国は守れませんでした」などという事態は許容できない。
彼的には、それは本末転倒であるのだ。
ファーミルス王国と国内貴族との間で個別に結ばれた契約内容を破ることが、王家の信用や王国への信頼の失墜に繋がる。
そんなことは、宰相だって百も承知だ。
しかし、それも陛下や自身、公爵家三家の当主全員と、特産となる品々を生み出す基幹設備の安全が確保できてから、初めて考えるべき話であった。
僅か半日で、「国防の一翼を担う、南部辺境伯家の本拠地が陥落する」という緊急事態を前にしてしまえば。
宰相としては、「ゴーズ家への要求内容が、良くないことだ」と、重々わかってはいても、「国や王家の体裁を考える余裕などない」のが本音なのである。
「時間がない。王都の防備が最優先だ。出せる対価は出せ。呑める条件は呑め。今の国内状況で、あの家以外に、簡単に戦力を出せる家などないのだ!」
そもそも、解体予定だった機体や喪失して構わない機体を大量に買い取り、整備して「予備機」などという名目で保持できる財力を持つ家が異常なのだ。
中古の機体自体を欲しがる家はある。
解体予定だった最上級以外の機体は、買い手を探せば、値段はともかくとしても売り払うことはできたはずだからだ。
実際のところ、そうなるはずであった。
しかし、そのケースだと実用目的での購入が当然となる。
つまり、今回のような事態では、「簡単に供出に応じるはずがない機体」となってしまう。
勿論、「戦力としての操縦者付きの機体での抽出」であってもだ。
それは、特に自前の領地防衛が必要な家なら、尚更の話となる。
高齢となった後に後進に機体を譲り渡して、所持する機体がない者や、或いは別の理由で、もともと自前の機体を所持していない魔力持ちの貴族家の人間(主に女性)は、王都に存在している。
端的に言えば、「そういった人材に、緊急で割り当てる兵器が、少しでも多く欲しい」のが現状であるのだ。
用途的には、機動戦闘を期待するわけではないため、極論を言えば、「機動騎士ではなく、高射砲的な移動大砲、もしくは固定式大砲でも、有効な兵器」となる。
しかし、そんなものは今直ぐに数が揃うわけではない。
そもそも、高射砲、高角砲などと呼ばれるような兵器自体が、これまで製造されてもいなかったのである。
空からの攻撃を想定していなかった王都を守れる戦力は薄く、防衛能力の向上は急務となっていた。
これらが、王都側での事情となっており、宰相は判断力と交渉能力がある人材に裁量権をある程度委譲した上で、ゴーズ家への使者として送り出したのであった。
勿論、事前に想定される条件面は、早急に取り纏めて使者に言い含めてあるのは当然だ。
対処可能な最速の処理を以て全ては進められ、移動手段にもでき得る限りの最高のものが用意された。
そうして、再度ゴーズ家に王都からの使者が来訪したのだが、結果は前話のラスト付近の状況で決着となる。
だがしかし。
ゴーズ家は、いや、ゴーズ上級侯爵の対応は、宰相の想定の斜め上を行くのであった。
「フン、フフ、フンフン♪」
ラックは鼻歌交じりに、スティキー皇国のある大陸でやりたい放題をしていた。
戦争における一番大切なものとは何か?
ゴーズ家の当主が考えるその問いに対する答えは、「兵站!」の一言となる。
ラックはそれを元に、妻たちに知恵を求めた。
そうして、フラン主導で考えだされた作戦案は、「悪辣!」の一言に尽きるモノとなっている。
超能力者は作戦案に忠実に従って、テレポートで南の大陸の航空機の基地をこっそりと襲った。
但し、派手な破壊は目立つため、最終手段としてまだ行ってはいない。
何をしていたのかと言えば、「格納庫内や屋外駐機している機体で、警備の目が薄いところから順に略奪を繰り返していた」のである。
ラックは、千里眼を駆使して警備状況を確認し、「盗みが露見するまでには、時間が掛かるだろう」と考えられる場所を暴き出す。
戦争状態に突入しているはずのスティキー皇国なのだが、南の大陸では物資の準備に力を入れてはいるものの、警備自体へはさほど労力が割かれているわけでもなかった。
皇国は「両国間にある海と距離が、絶対の防壁である」という認識であり、「この戦争は、こちらが攻め込んで一方的に殴りつけるだけの戦闘になる」と、考えていたのがその理由だ。
綿密に行われた事前調査の結果は、「空と海での、それぞれの戦力の移動手段。すなわち、『兵力の輸送手段』と言い換えても良いその実行力を、ファーミルス王国は所持していない」という結論になっている。
そうした結論が出たために、警戒する必要がないところに労力を割くことをしていなかっただけ。
そんな話ではあるのだが、戦争を仕掛けた相手側の国内事情や判断を、仕掛けられた側が考慮してやる必要はあるだろうか?
そのような必要は、少なくとも超能力者にはない。
ラックは、自身が所属する王国に「スティキー皇国と独自で戦う」という内容を宣言した手前、その物証となる戦果を多大に必要としていた。
現在の状況下において、スティキー皇国の兵器や補給物資を奪うこと。
それは、「立派な戦果」と判定されるのだ。
やっていることを客観的に見れば、単なる窃盗。
それもコソ泥の類である。
要するに、ラックがやっているのは泥棒以外のナニモノでもないのだが、戦時での敵国への所業だけに限定すれば、それは許される行為だ。
少なくとも、ファーミルス王国側の視点ではそうなる。
スティキー皇国側には彼らなりの理屈があり、別の見解が当然のように存在はするであろうが。
しかし、皇国は初手で王国の南部辺境伯領の領都を焼き尽くした相手。
ファーミルス王国には、やられた以上はやり返す権利が発生する。
つまり、王国の一員であるゴーズ家の当主には、敵に手段を選んで遠慮する必要など、どこにも、微塵も、一欠片すらもないのであった。
斯くして、ラックは夜の闇が支配する時間の全て使い、奪えるものは根こそぎ奪って行った。
超能力者のテレポートは、大活躍したのである。
「うーん。車両や飛行機っぽいものは奪えたけど、でっかい船っぽいのは大き過ぎて運ぶのが無理だった。仕方がないので、バレない程度にコソコソ破壊してきたけどさ」
ラックが盗み出せなかったのは、係留中であった飛行船。
全長が二百五十メートルを超える巨大なそれは、念のためにと試してはみたが、やはりテレポートで運ぶことはできなかった。
ならばと、船体の重要部分と思われる箇所に見当をつけ、そこを破壊するだけの対処に留める。
大きな音を出してガッツリ破壊するのは最後の手段であるので、そこではそうなってしまったのだ。
ちなみに、スティキー皇国で軍事に使われている燃料は液体であり、簡単に保管する容器も場所も確保できなかった。
そのため、ラックはやむを得ず天然の冷凍庫で氷塊を器にし、そこへと運んで行く。
超能力者は、「食料その他や弾薬の類」と思われるものも可能な限り盗み出しており、皇国側の今後の補給には甚大な被害を与えたのが確定となっている。
また、「海を隔てるファーミルス王国側の大陸への輸送手段を、早期に復旧させることは、困難を極めるであろう」と思われた。
もし、次があれば、南大陸の軍事基地や物資の集積場の警戒は、厳重になっていることが予想される。
よって、今回のように簡単には行かないかもしれない。
だが、「次回の行動の必要性がある事態になるのか?」は、現段階では不明なのだった。
ラックは、事前に千里眼で前線基地を入念に観察しており、「南大陸との通信手段は、タイムラグなしのものが存在しないこと」を確信していた。
要は、「無線通信の類は、スティキー皇国の現状の技術だと『距離の問題』で不可能」なのであろう。
もっとも、十キロ程度の距離の無線通信機は開発されて運用されているようではある。
しかし、その詳細な性能までは、この時点のラックには掴み切れていない。
盗み出した車両や飛行機には、その機能がある機器が積まれているため、そこらあたりは、今後の研究、解析が待たれるところである。
「魔道車に似ているものや、移動大砲の亜種的なもの、あとはよくわからない形状のものも多数ありますわね。あれが飛行機なのですか?」
ミシュラは、ラックがトランザ村の外側に大量に運んで並べたスティキー皇国製の機器を、村の防壁の上から眺めてそう言った。
彼女の眼下に広がる光景は、雑多に置かれた車両系だけで千を超える数があり、輸送機が十機と爆撃タイプの飛行機が百機ほど。
よくもまぁこれだけの物量を盗み出せたものである。
ミシュラはまだ知らないが、彼女の夫は他の補給物資も、別でエルガイ村の倉庫に放り込んでいる。
そちらは食料品、医薬品、日用品として使われる消耗品の類と、弾薬がメイン。
超能力者は、悪用を防ぐために安全面を考慮して、それらは別の村へと分けて保管することにしたのであった。
「うん。そうらしい。大きくて数が少ないのが、物資輸送に使われる機体みたいだよ。燃料は別の場所に保管してるし、弾薬はエルガイ村の倉庫に置いてきた。軍用の食料品その他の補給物資もそっちに纏めてある。精査はミシュラたちに任せたいけど良いかな?」
「はい。任されました。一晩でここまでできたのは、フランの戦略が正しかったということになるのでしょうね」
ラックが提示したテーマの“兵站の破壊”に対して、フランの頭脳から導き出された作戦の骨子は“千里眼とテレポートを駆使した、隠密行動による略奪”となっていた。
但し、初手の対象が“この大陸に作られた前線基地”ではなく、彼女は“敵の本拠地のある大陸”を指定。
その点がフランの作戦の肝であり、秀逸な部分なのであった。
まず、相手に「自国が安全地帯などではない」と思い知らせること。
そして尚且つ、「ひっそりと略奪だけを行える」という事実は、「もし、略奪ではなく、破壊や殺戮が代わりに行われたら、どのような結果となるのか?」を相手に考えさせることができる。
それは、スティキー皇国の上層部に恐怖心を抱かせるには十分な方法なのだ。
その上、前線基地へ物資は既に運び込まれていても、そこで行われるのは基本的に消費活動だけであり、後続の補給を断てば最終的には立ち枯れするしかない。
つまり、本国を先に叩けば、状況次第では、敵の前線基地の戦力は戦う前から撤退や降伏もあり得るのである。
勿論、ラックにもフランにも、それをノンビリ待つ選択はない。
前線基地は前線基地で、きっちりと対応するつもりだ。
これらは単に、「どちらを先にするべきか?」の順序の話でしかないのだった。
そんなこんなのなんやかんやで、妻たちは盗品の事後処理も含めた日中のアレコレに追われる。
その裏では、一晩中働きづめだったラックは疲労の色が濃いため、孤独に就寝モードへ突入していた。
勿論、緊急事態となれば叩き起こされるのだが、そのような事態はそうそう起こるモノではない。
そして、ゴーズ家の当主に睡眠をとって休んで貰うのは、今夜も働いて貰う予定があるからでもある。
悲しいことに、超能力者の働きは替えが利かない。
彼にしかできないことは、彼にやって貰うしかないのである。
午後を迎え、前日に送り帰した使者の持ち帰った情報を元に、機動騎士の借り受けのための人員がトランザ村へとやって来た。
そして、彼らは、あり得ない物体を目の当たりにすることになったのだった。
「なぁ、俺の勘違いじゃなければ、あのあたりにズラッと並んでるのって、南部の領都を襲撃した『飛行機』って奴じゃないのか?」
「お前もそう思うか? 俺もそう思った。『アレがここにある』ってのは、この領地がアレで南部辺境伯領を襲撃したか、王国を裏切って『スティキー皇国』とやらに協力している可能性がある」
王都から来た、機体に乗って帰る予定の貴族に連なる連中が、そんな不穏な想像の話をコソコソとしていれば、機体のある倉庫への案内役を任されたアスラは黙って聞き流すわけには行かなかった。
第五夫人とはいえ、彼女も現在はれっきとしたゴーズ家の一員。
自家にあらぬ疑いが掛かるような、無責任な噂話が広まる元は、絶対に看過することができない。
「のちほど、ゴーズ家の第一夫人からお話がある予定ですが、わたくしから先にお伝えしておきましょう。あそこに見えているあれは、昨夜この領地が敵国から奪取してきた機体なのです。平たく言えば、『この領地の戦果の証明』となる品々。既に今朝、『あれらを検分する人員の派遣要請』を王都へ出しています。そろそろ、その情報が王宮にいる宰相殿に届く頃でしょう。ですから、間違っても、『ゴーズ家が南部辺境伯領を攻撃した』とか、『敵である皇国に内通して協力している』という事実無根な話は、されないように願います。不愉快ですわ!」
ピシャリと言い放ったのは、「さすが元公爵令嬢」と言うべきであろうか。
アスラの気位の高さは、名誉に係わる部分には特に敏感である。
そして、この件は後日ラックの耳にも入り、彼の中でのミシュラの姉の評価が僅かに上方修正されるのだが、それは些細なことであるだろう。
こうして、ラックはスティキー皇国の本国の複数箇所に、「人的な被害がなく、物理的な破壊という被害をほぼ出すことがなかったにも拘らず、痛撃を与える」というわけのわからない戦果を叩き出した。
そしてそれは、翌日の深夜には、宰相の元へ確定報告として情報が届くのであった。
今宵行われる予定の再度の襲撃に備えて、真っ昼間からスヤスヤと寝息を立てるゴーズ領の領主様。そこで、「どんな夢を見ているのか?」が定かではない超能力者。寝言で、「どうにかして、このでっかい船っぽいのを手に入れる方法はないものか?」などと言っているのを、誰にも知られることはないラックなのであった。




