魔力が0だったので超能力を ～保有魔力量至上主義の国で公爵家の長男は冷遇されて辺境で騎士爵の身分からスタートしましたが気が付いたら上級貴族に成り上がっていました～

67話

「『航空機っぽい飛行物体が確認された』だって？」

　ラックは北部辺境伯から届けられた書簡の内容に、驚いて声を上げてしまっていた。

　魔道大学校の授業に熱心ではなかった元劣等生であっても、ファーミルス王国が航空機の開発を続けていて、長きに渡って成功の見込みがないことを知っていたからである。

　逆に言えば、「研究部門は『研究開発にちょっとした前進があった』とすれば、声を大にして成果を宣伝することは明らか」であった。

　しかし、現実はそうなっていない。

　つまりは、届けられた情報から導き出される答えとして、「その確認された飛行物体は、ファーミルス王国の成果物ではない」のが、証明されているも同然なのだった。

「貴方。それが誤報でないのなら、『目撃情報のあった飛行物体は、この大陸内で生み出されたものではない』と考えます。この大陸以外の何処かに、人工物を作り出す文明があることは、海岸で時折発見される漂着物がありますから疑う余地はありません。『そうした場所で作られたもの』と、考えるのが妥当でしょう」

　ミシュラは特に驚いた様子を夫に感じさせることなく、淡々とした声音で意見を述べた。

　実際のところ、彼女の思考の大部分は赤子のライガに向けられており、他のことへの興味が薄くなってる状況だ。

　授乳期の赤子を抱えていても、もし、そうでないのならば。

　それはそれで、母親としては逆に問題があるのだけれど。

「ま、そこはそうなんだろう。問題は『何を目的にこの大陸に姿を現したのか？』って点だよね」

「そうですわね。ですが、『目的が何なのか？』を知るには、相手の出方を待って、それで判断するしかないと思いますわよ？」

　この大陸には元来五つの国があったが、話す言語や文字はファーミルス王国の一強の時代が長すぎたせいもあって、完全に統一されてしまっている。

　周辺国の各国には、過去に使われていた独自の文字や言語が一応あるにはある。

　けれども、現在でもそれを知っているのは“極一部の研究者のみ”という有様だ。

　要は、その地に住む住人ですら、そんなものは読めないし話せないのが当たり前な状況なのである。

　何の話かと言えば、そうした土台がある状態の思考であるため、ラックもミシュラも「『使用言語が異なっていて、意思疎通ができない相手かもしれない』とは、全く考えていない」という話だ。

　もっとも、現実的には、今回の相手に話を限定すると、相手側も日本語をベースにした言語体系なので問題はない。

　だが、それは単なる偶然の結果でしかないのであった。

　ラックはミシュラとそんな話をしている最中に、視点は千里眼を使用しての、“ある程度見当が付いた場所があるわけでもない、漠然とした探査へ”と移行している。

　超能力者は、普段あまり使うことはない「超高空」と言える高度へと視点を移動させ、見下ろす形で「遠くにある」と思われる陸地を探す。

　ついでに、「飛行物体もないか？」と気を付けて周囲を見渡す感じだ。

「うん？　滅んだアイズ聖教国の旧支配地域で、この大陸の南東の海岸線に近いところに、『地上構造物を含むおかしな場所』があるな。それと、陸地っぽいのは南側に一つと南西側にも一つ。両方ともそこそこ大きい。視点を飛ばして視ている限りどちらにも人は住んでいる。但し、南西側はほとんど人がいないね」

　ラックは更に南側の大陸と思われる場所の各所に視点を飛ばし、そこにアイズ聖教国の跡地に勝手に作られている施設と似たものがあるのを発見する。

　そして、そこから空へ飛び立つ物体も視認することができた。

　それにより、「『ファーミルス王国に訪れた飛行物体は、南にある大陸から来たもの』と、判断して良さそうだ」と考えるに至ったのだった。

「南の大陸には、ファーミルス王国の王都より大きな都市が一つと、大差ない規模の都市がいくつかある。魔道車が『ちょっと異常な数だ』と思えるほどに走っているけど、魔力持ちが多いのだろうか？」

　この時点では、ラックはそれらが魔道具ではないことには気づいていない。

　魔道具大国に身を置く人間としては、「ファーミルス王国に似たものがあるだけに、『動作原理が根本から違う』と思い至らないのも仕方がない」とは言えるのだけれど。

「それは『どのくらいの数の話』ですか？　差がわからないと実感できません。でもとりあえず、飛行物体の出所だけは掴めたようですわね」

「うん。そして、これは推測になるけど、彼らは友好的ではないな。この大陸に人が多く住んでいるのは高い位置から見れば直ぐにわかるはずだ。なのに接触することなく、勝手に無人の地に先行して村っぽいものと陣地を作っている。物資もかなり運んできているようだし、ファーミルス王国の移動大砲とはちょっと違う形状だけど、魔道車の発展形みたいな兵器らしきものがある。それもぱっと見で百は楽に超える数だ」

　ラックが述べたその情報はミシュラを驚かせた。

　それは、「『戦争の準備をしている集団だ』と判断して間違いだ」とは思えなかったからだ。

　悲しいことに、ゴーズ家の正妻が下したその判断は、実際に間違ってはいないのである。

「貴方。それはもう軍事侵攻をしているのと同じですわよ？　友好的どころか『侵略の準備中』と言って過言ではありません。ですが、気になる点が一つ。機動騎士は確認できないのですね？」

「うん。機動騎士に似た兵器はないね。建機？　重機？　の類の魔道車が各種三十台くらいかな？　総数で百はない感じ。普通の魔道車はそれよりは多いけど良いとこで二百かそこら。バイクもあるけどこれは数はそんなになさそう。あとは飛行すると考えられる物体が、これはきちんと数えた方が良いだろうな。上から視えてるだけで百六十だ」

　建物として、倉庫っぽい施設も複数あるため、その中に入れてあるものもあるだろう。

　けれども、「それを計算に入れても、総数は二百に届くかどうかだ」と判断できる。

　だが、問題はその物体の性能だ。

　はっきり言ってしまえば、攻撃能力と防御力の性能で「戦力として、どの程度に評価するべきなのか？」が、ラックとしては最も知りたいところである。

　移動大砲の類は「火力自体はそれなりに脅威」と言えるが、機動力は機動騎士に遥かに劣る。

　機動力が低い相手であれば、「機動騎士を用いなくとも、スーツで砲の直撃を避けて接近できれば、問題なく破壊可能」と思われる。

　但し、「ファーミルス王国のそれと全く同じだ」と断定するのは、危険かもしれない。

　しかし、駆動部分の形状から判断すれば、その性能は大きく乖離したものではないであろう。

　戦力評価がもし同じであるなら、スーツであれば五台、下級機動騎士相手であれば二十台で囲んで、仕留めることができたなら“大金星”というレベルの話となる。

　逆に言えば、「ファーミルス王国のスーツや機動騎士単体で、それ未満の数の移動大砲の類を、余裕を以て殲滅可能」と、なるわけなのだが。

　もっとも、それは「スーツや機動騎士のような、高速で移動する目標が対象であるなら」の話であって、固定目標や低速の移動目標相手ならば、移動大砲の類はその火力で以て十分な性能を発揮するのだけれど。

「どうしたものかな。敵対勢力なのは確定で良いと思うけど、『僕が先制攻撃してぶっ潰す必要があるか？』ってなるよね」

「そうですね。貴方の庇護下にある領地に実害が出る可能性が高くなるなら、最初の一発を相手に撃たせるか、宣戦布告を受けてからの反撃は許されるでしょう」

　ミシュラは態々言葉に出しては言わないが、「最悪、バレないようにやるのならば、国是すらも無視して良い」と考えている。

　今は接触テレパスを使っている状況ではないので、それが直接ラックに伝わることはない。

　だが、長年連れ添った相手の考えは、ある程度読めるのも事実である。

　この時のゴーズ家の当主は、そうした正妻の思いも考慮した上で、「状況にもよるが」と条件は付くものの、「アイズ聖教国の支配地域だった場所に作られた根拠地と、相手の本国の戦力を根こそぎ奪う」のも視野に入れてはいたのであった。

　そんな風に夫婦の内輪の話が終わっても、「直ぐに状況が動く」というわけでもない。

　そして、何気にカストル公爵はまだトランザ村に居座ったままであったりする。

　彼の御一行は、明後日の朝には帰路に就く予定となっている。が、「来たついでに、少しでもゴーズ家の内情を探る」という目的も、達成するつもりがあるのであろう。

　カストル公の滞在の名分は、一応ある。

　今後のロディアとメインハルトの話。

　ミゲラ母子と、カストル家三姉妹の実母の身柄の扱いについての詳細を詰めること。

　それに伴う報酬の子細を話し合うこと。

　その三点となる。

　大枠の話は既に決定しているため、やることは両家で詳細な条件面を話し合って書面にするだけ。

　但し、「言葉で言うのは簡単で短くとも、実務はそうはいかない」という見本のような状況が、今のトランザ村の領主の館で起きている現象であった。

「『ファーミルス王国の国王陛下への、謁見を求める使者がきている』だと？」

　東部辺境伯の治める領都へ一台のバイクが辿り着いたのは、カストル公が名残惜しそうにトランザ村を出立したのと同日であり、時刻もほぼ同時刻であった。

　使者は自身を「スティキー皇国の人間だ」と主張しており、辺境伯はそのような国の存在は知らない。

　だが、この者の領都到着時に検分されたバイクは、ファーミルス王国で作られた魔道具ではないのが直ぐに判明した。

　ことは重大であり、それは魔道具という存在ですらなかったのだった。

　この大陸で開発されて使われている道具であれば、このようなものが噂にならないはずはない。

　何故なら、王国が独占している、「固定化された魔石を組み込んだ魔道具」というアドバンテージを、揺るがしかねない代物であるからだ。

　つまり、この情報一点のみで、「目の前の使者を名乗る人間の主張には、そこそこの信憑性がある」と言えるのであった。

　東部辺境伯は、「使者が王都へ持ち込む話の内容の事前確認を取ろう」との思惑から、会話で水を向けるも、それは当人からあっさりと拒否された。

　辺境伯が「ならば通行の許可を出さぬ」と脅しを掛ければ、「では、貴殿の権限で『ファーミルス王国は、スティキー皇国から持ち込まれた提案内容を検討も協議もすることなく破棄した扱い』とする」と、即座に使者に切り返されては、「役者が違う」としか言いようがない状況に陥るしかなかった。

　結局、彼は渋々ながらも使者に同行する東部辺境伯領の人間を付け、王都への通行を許可したのだった。

　そんなこんなのなんやかんやで、スティキー皇国からの使者は王都で宰相に書簡を届け、究極の二択を文言でも突き付けた。

　使者は国王への謁見は許可されず、まずは宰相が話を聞いて判断を下す形に落ち着いたのである。

　勿論、宰相は使者の主張を聞いた後に、その場で即答するような愚は犯さない。

　当然の如く使者を待機させての、返答への時間稼ぎをする。

　もっとも、使者から突き付けられた選択肢は、「戦う前から降伏して全てを失う隷属」か、「全面戦争」のどちらかしか示されていない。

　その二つから選ぶのであれば、誰に確認をすることもなく返す答えは決まっている。

　けれども、第三の道として、こちらからの逆提案をしての持ち帰り案件として、使者を一旦追い返すことも選べる答えの一つであるはずだ。

　宰相は、「それができるかどうかはわからないが」と考えつつも、彼の考えはそこまでで一旦打ち切られ、国王への報告へと急ぐのだった。

「陛下。先日の南部辺境伯領で目撃情報があった飛行物体の件は、今日訪れた使者の『自称する』所属国である、『スティキー皇国』なる国が開発したものだったようですな。ファーミルス王国としてはそのような外国の存在を公式に認めてはいないので、現時点では『自称国家』として扱います」

　宰相は言葉を一旦切って国王の様子を見た。

　まずは「ここまでの理解は大丈夫か？」と、雰囲気を感じ取るためであり、「国王から何か発言の意思があれば、それを促す」といった対応となる。

「ほう。で、その自称なにやらの皇国が、我が国に何を求めて来たのだ？」

　国王は「つまらん話だな」という態度で宰相に問うた。

「『我が国が持つ全ての技術の無条件譲渡と隷属。もしくは全面戦争。どちらかを選べ』が、使者の持ち込んだ話となります」

「ほう。弱小国がまた大言壮語を吐いたものだな。『ファーミルス王国に正面から喧嘩を売る国が存在する』とはな。驚くしかないわ」

　この時の宰相は、「陛下が怒り狂うか？」と考えていたのだが、予想が完全に外れて驚いていた。

　国王は飛行機の脅威度を理解しておらず、この国の持つ戦力を信用しての発言だっただけだ。

　彼は、「本気の戦争となれば、ファーミルス王国は相手がどんな国であろうと、『あっさりと灰燼に帰す力』を持っている」と、少しばかり前のアイズ聖教国の末路と同等に考えていたのである。

「陛下。お言葉ですが、敵国は空からの攻撃手段を持っていると考えられ、『脅威度は未知数だ』と考えるのですが」

「羽虫か？　いや空を舞う鳥か？　宰相はそんなものを恐れておるのか？」

　国王は自身が最上級機動騎士を扱うことができる。

　故に、「空を移動する物体であっても、武装を使用して撃てば良い」と簡単に考えていた。

　それ自体は、あながち「間違い」とも言えないのである。

　勿論、「攻撃が届いて、当たるのであれば」なのだが。

　なにしろこの時点では、敵が持つ飛行機の性能は全くわからない。

　判断を正確に下すには、材料が足りなさすぎるのであった。

　だが、しかし。

　国王として、隷属はあり得ない。

　それであれば、「最悪の事態として、戦って負けた方がまだマシである」とまで考える。

　そんなことはあり得ないが。

　敵が欲しがっている技術。

　これは、王都と王家、三つの公爵家の当主が健在で、尚且つ“全員が協力的”でなければ意味がない。

　そのようなものであるのは、国王自身が「嫌」と言うほどに深々と理解していることだ。

　もし、敵がそれを理解していれば、戦争の状況がどう推移しようとも、「少なくとも王都は無事で残る」という考えも、国王にはあったりするのだけれど。

　専守防衛。

　先制攻撃は行わないが、売られた喧嘩は倍にして返した上で、「相手次第だが、敵を殴り殺すまでやっても構わない」のが賢者の理想であったはずだ。

　国王は、賢者が残した遺産であるファーミルス王国の武力を、最後まで疑うことはなかったのである。

　こうして、ラックの知らぬところで、開戦への賽は投げられた。

　スティキー皇国からの使者は、返答を受け取ってあっさりと王都を去ったのだった。

　カストル公爵にお帰りいただいて、ホッとしていたところに、「南部辺境伯の領都が壊滅的被害を受けた」という急報を受けるゴーズ領の領主様。「慌てて千里眼で確認したら、未だ燃え続ける領都が確認できたでござる」としか言いようがなかった超能力者。「ゴーズ家の領地が攻撃対象になることはあるのかな？」と考え、アスラ以外の四人の妻を急遽集めて、話し合いを始める気になったラックなのであった。