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66話

「『南部辺境伯領で空を飛ぶ物体が確認された』だと?」


 北部辺境伯は青天の霹靂となる情報を得て、動揺から思わず声に出して聞き返してしまっていた。

 彼はファーミルス王国、国内での飛行機の開発状況の知識を持っており、報告された内容の物体はそれからすればあり得ない存在であったからだ。


「魔道具で実用化されている浮揚車(ホバークラフト)が発する音と似た種類の音、おそらくはプロペラ音だと考えられる大きな音と、かなりの高空での飛翔が確認されています」


 ファーミルス王国では、長年の夢として航空機の開発が続けられている。

 高度百メートルを超える部分は魔獣の生息域ではなく、「地上からの攻撃が届かない」という条件が付けば、空は安全に移動ができる手段となるからだ。

 天候には左右される部分があるのは承知だが、地上で道なき道を行くことを考えれば、空は移動と輸送の面で魅力がある。

 “広域鉄道”という手段の実用化が困難であることも、そうなる理由に含まれるのだが。


 ちなみに、広域での鉄道が未だに実現されないのは、動力となる車両や線路の製造という部分が問題なのではない。

 魔獣に、線路となる鉄を食べる種類がいくつも存在することが原因だ。


 管理が行き届いている王都内では運用されているのに、長距離列車が作られない理由がそこにある。

 広域に線路を敷設し、その全てを安全管理するのが運用面でもコスト面でも割に合わないのは、王都の役人連中ですらも理解するところだ。


 勿論、仮にその点がクリアされて実用化されるとなれば、次の問題点として「魔力持ちの運転手の確保や、燃料となる魔石の調達」という部分が出てくる。

 動力車の規模にもよるが、おそらくは男爵級の魔力量の持ち主で運転手を探すことになる。

 現状の王都で運用されている小規模のものでも、騎士爵級の五百の魔力持ちを運転手としているのだから。


 つまるところ、問題点を一つ解決すればそれで終わりではなく、そう簡単な話にはならないのが現状であるのだった。


 そうした話は、空と陸以外の海上でも、遠洋航海が不可能な点で非常に状況は似ている。

 造船の技術自体はあるのだ。

 なんなら、戦艦大和級の巨大艦を作ることも不可能ではない。

 但し、必要性が全くないため、「造ろう!」という発想にすら至らないのが、今のファーミルス王国なのだけれども。

 実際、淡水湖や河川では、小型船が使用されている。

 しかし、海は“水深が比較的浅い沿岸部分”という例外を除けば、大型の魔獣への遭遇率が非常に高い。

 そうした沿岸部付近はともかく、一度(ひとたび)外洋に出ようものなら、一時間以上海面に浮いていられたら奇跡に感謝するレベルの危険度なのだ。

 尚、大型魔獣の生息については、「水深の問題や餌となる生物の物量の差が原因であろう」と推測はされているが、真実は藪の中となっている。

 

 この世界には、ファーミルス王国がある大陸以外に、人が住める土地がないわけではない。

 極稀に海岸で発見される漂着物。

 この大陸以外で人工的に加工されたと考えられる品が、別の陸地と人が存在する可能性を示唆しているからだ。


 しかしながら、“渡航が成功する”などという可能性は絶無であるため、どこにあるかもわからない陸地を求めて海へ乗り出すことは、ファーミルス王国ではあり得ない。

 そもそも王国がある大陸内の開発が飽和しているわけでも、支えきれないほどの人口を抱えているわけでもないのだ。

 要するに、様々な要因が絡み合って、地続きではない外洋を挟んだ陸地とは交流がない。

 当然、交易も発生しないのが現実なのである。




「王国内で開発されたものであれば、大々的に喧伝されるはずだな? そしてスピッツア帝国かバーグ連邦で開発に成功したのであれば、その開発過程の情報が入って来ていないはずがない。つまり、『目撃された飛行物体は、海を越えて飛んできた』という結論になる。友好的な存在であれば良いのだが」


 シス家の当主はこの時、ファーミルス王国の東に接していた二つの国の可能性を排除している。

 アイズ聖教国は文字通り無人の荒野と化したはずであるし、カツーレツ王国の跡地となる部分には、生存している人がそう多くはなく、国としての体も成してはいない。

 つまり、今回報告されたものを作り出す余力など、あるはずがないからだ。

 

 最上級機動騎士の武装の射程は、最大で十キロメートル程度であるが、これは地上目標を狙った場合の話となる。

 しかも、最大射程での命中精度は当然低くなってしまう。

 まぁ、そこは操縦者の技量の問題も絡むので一概には言えないのだが。

 何の話かと言えば、「『上空を移動する物体を攻撃する』という行為を、通常行うことがないため、北部辺境伯は攻撃可能な仰角の限界や、距離感の判断に不安がある」ということなのである。


 機動騎士の性能だけで言うと、「仰角のみに限定した話をすれば九十度、即ち真上であろうとも撃つこと自体は可能」だ。

 だが、人型を模して作られている関係上、大地に寝転がりでもしない限り、真上を操縦者が視認することは叶わない。

 つまり、「物理的に撃つことが可能でも、当てるための照準合わせは不可能」という話になってしまう。


 もっとも、現在の仕様ではそうなっているだけで、必要ならば真上を照準可能な視点を機能として追加すること自体はできなくはない。

 但し、「操縦者が違和感なく扱えるのか?」が、別問題で発生はするだろうけれど。


 過去には現在の人の視点を模しただけのものではなく、水平方向に三百六十度の視界を確保するような機体も含めて、様々な仕様の機動騎士が製作自体はされている。

 しかし、当然のことながら、操縦者に受け入れられない機体は、試作機のままで消えて行く運命。


 現在の機体の仕様は、長い年月を経て多くの操縦者に支持され、最適化された結果なのである。

 何故か賢者の拘りの部分である、操縦席の複座仕様だけが、「それとは関係なく堅持されている」のは別の話になるけれども。


 現状の標準的な機動騎士の仕様では、操縦者が違和感なく攻撃可能な仰角は七十度辺りが限界となる。

 付け加えると、攻撃が当たって撃墜が可能な威力が出せる射程距離は機動騎士のクラスによって異なる。

 最上級クラスの機体の武装であれば七千メートルから八千メートル辺りが限界となるのであるが、下級のそれであればその半分に届くかどうかだ。

 但し、ファーミルス王国の人間で、これらの情報を現時点で知っている者は存在しないであろう。


 北部辺境伯は、いろいろと考えた末に、追加の情報収集を指示し、ラックへの情報伝達のための兵も出すことにした。

 気になる案件ではあるが、他に直ぐにできることはなかったのである。




 南大陸。


 ファーミルス王国がある大陸の、南端から南へ千五百キロメートルほど離れた場所に位置する大陸だ。

 海に囲まれてはいるが、海からの恵みを受けることは少ない大地。

 何故ならこの大陸は、その外周の全てが、リアス式海岸に取り囲まれたような地形であったからだ。


 海は全て切り立った崖下に波を打ち付けており、陸上から海へと至る道はなく、海面からの高低差は低いところでも二十メートルを切るところはない。

 海へと流れ込む川は複数ある。

 だが、その全ての終末点が所謂、海岸瀑(かいがんばく)となっている。

 つまり、海へ流れ込む段階で、全てが滝となっている形だ。


 もっとも、そのような地形であるが故に、「海から這い上がってくるはずの魔獣を、天然の防壁が完全に防いでいる」とも言えるのであるが。


 ここにも人類は文明を築き上げていた。

 そして、人あるところには国家が誕生する。

 南大陸に乱立した国家群の戦国時代は終了し、全土を武力制圧、統一して覇を唱えたのはスティキー皇国であった。

 これが約二百年ほど前の出来事である。


 スティキー皇国の現在の総人口は五千万を超え、文明は発達していた。

 ちなみに、この国にも過去に迷い込んできた日本人がいたようで、使用されている言語や文字はファーミルス王国と酷似しており、意思疎通がなんとか可能な程度に収まっていたりする。


 問題点がない国家というものは存在しない。

 勿論、当り前にいろいろな問題を抱えているスティキー皇国だが、最優先で近々に解決が必要な問題があった。

 それは鉄製品への無計画な依存により、森林資源が枯渇寸前という事態に直面していることである。


「全金属製単葉機となる新型飛行機の開発と量産は成功した。藻を増殖させて生産する燃料の精製技術も確立した。しかし、それでも国全体が必要とするエネルギーは足りておらん。外地への探索に出た者の追加情報はまだか?」


 正確には、今持っている設備を運用するだけの燃料は何とか確保できる。

 しかしながら、藻から作り出す「バイオ燃料」とでも言うべきものの製造量は、既に限界に達していた。

 これ以上の燃料の増産は、どうやっても不可能だ。

 つまり、新たに金属を生産加工する分に回す燃料がない。

 植林による木材の再生産が全く追いついておらず、スティキー皇国は新規に工業生産品を生み出す余力がなくなったのだ。


「今さっき、北へ派遣した飛行調査隊から『北へ千五百キロ進んだ場所に、大陸を発見した』との最新情報が入りました。その大陸の北部は森林資源も豊富にあるようです」


 皇帝は補佐官に問い、最新の情報を得た。

 先住民がいて国があるらしいのは確認されているが、地上兵力しか所持していない文明水準。

 スティキー皇国にはない、人型の巨大な機械が発見されているのは気になる点ではある。

 けれども、航空機という力を持つこの国の武力であれば制圧は余裕であろう。

 皇国が存在している大陸を制したのは、熱気球が主力で、飛行船が走りの時代であった。


 他国が反撃できない高所からの一方的な攻撃が、如何に味方有利に働くか?


 皇帝の知る歴史が、空からの攻撃の有効性と優位性を証明していた。

 その時代から月日は流れ、新技術は次々と開発されている。

 航空機が発明され、空での武力行使は布製の翼での複葉機、単葉機の時代を経て、ついには全金属製の単葉機へ進化を遂げていたのである。


 スティキー皇国の目的は森林資源の略奪。

 更に、可能であれば現地住民を奴隷化して、生産設備を現地で稼働する労働力に充てたい。

 皇帝の身勝手な夢想と、この国の状況が、北方で発見された大陸への侵略戦争を引き起こそうとしていた。

 そして、彼らが「恐ろしいほどに安価で鉄を生産する技術が。『ファーミルス王国』という国にはある」と知るのは、少々未来の話になる。

 付け加えると、「スティキー皇国で使われている、使い捨ての魔道具の進化した技術」という魅力的なものがあることも知る。

 もっとも、この国には大型の魔獣が発生することが基本的にないため、得られる魔石は小型の魔獣によるものばかりだ。

 よって、それが固定化され、武器へと使用されても、その威力は限定的だったりするのだけれど。


 スティキー皇国には「正式に国交を開き、貿易を行う」という道もあったはずなのだ。

 だが、未来にもたらされる追加情報で、最高権力者の皇帝の欲望はより一層刺激される。

 それは「ファーミルス王国が持つ技術を手に入れる」という方向性へだ。

 そうなってしまえば、最終的に出てくる答えは自明の理となる。

 皇国には、「北にある大陸と共存共栄」という道を、模索する未来は“この時点では”存在しないのであった。


 そんなこんなのなんやかんやで、ゴーズ家がカストル家とグダグダなやり取りの応酬をしている裏では、別で深刻な事態が発生しつつあった。

 時系列的には、カストル公爵が初めてトランザ村へ訪問した日が、冒頭の北部辺境伯の発言があった日と同日であったりするのである。


 スティキー皇国の航空機が南部辺境伯領で目撃されたのは、実は航空機が初めてこの大陸へ訪れた時ではなかった。

 それが目撃された時点では、既にアイズ聖教国の東部海岸線付近に、橋頭保となる航空基地が建設された後であったのだ。

 これは、最も近いファーミルス王国の東部辺境伯領からでも、四百キロメートル近くの距離が離れている場所であり、アイズ聖教国が滅んだ後に辺境伯領に近い側へ新たに入植を始めていた人々にも、気づかれるような場所ではなかった。


 ちなみに、ここでは関係ないが、入植しているのはスピッツア帝国やバーグ連邦で募られた希望者の集団となっている。

 ファーミルス王国には国是の縛りがあるため、自国の人間を聖教国の跡地に入れるわけには行かなかったのが、そのような状況になった理由だ。

 入植地の彼らは、早い段階で“魔道具ではない”バイクで訪れた、スティキー皇国の軍の諜報部門の人間と接触している。

 だが、彼らは王国の出身者ではなく、この新しい地の常識というものは構築されている最中であった。

 それ故に。

 訪れた人間の細かな異常性に気づくことはなく、良いように情報を抜き取られていたのだった。


 ファーミルス王国のある北大陸の南東部、最南端に近い海岸線付近には、スティキー皇国製の建機の類と戦車が大量に空輸され、配備戦力は増強されている。

 皇国は三個師団となる三万人規模の兵力を初期戦力として送り込んでおり、基地の整備は着々と進められていたのであった。

 

 新たな戦火の幕開けは近く、東部辺境伯の元へファーミルス王国の国王へ謁見を求めるスティキー皇国の使者が訪れるのはそう先の話ではない。

 訪れる使者が持ち込む内容は、「全ての技術を譲り渡しての隷属」か、それとも「全面戦争」か、の二択となる。

 突き付けられたそれに対して、王家を筆頭に、この大陸に住む全ての住人が、前者を受け入れるはずもない。

 未だ訪れていない未来の話ではあるが、義務を免除されているはずのゴーズ上級侯爵へ、あってはならない軍事協力の要請が出される。

 そんな展開が待ち受けているのである。


 こうして、ラックが自前の機動騎士整備場を持つ未来に想いを馳せていた裏で、事態が大きく動いていた。

 超能力者になんら落ち度がある話ではなく、実に気の毒な話となる。


 この話では、全く出番がなかったゴーズ領の領主様。自家の慶事に浮かれていたら、またしても予想外のところから、理不尽が突き付けられる事態に追い込まれる未来がやって来る超能力者。現時点では、そんな未来に気づく由もないラックなのであった。

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