65話
「『ロディアの息子の魔力量検査を、トランザ村でやれ』だって?」
ラックは、カストル公の急使が持参した書簡の内容を一読して驚いていた。
ゴーズ家の当主としては、「カストル家が即刻厳重な護衛団を手配し、ロディアと息子を迎えに来る」と考えていたからだ。
それに加えて、「子供の魔力量の検査も、王都で行われるのが当然だろう」と思っていた。
超能力者は抱いた疑問への答えを考えつつ、読み終えた書簡を情報共有のためにミシュラへと渡した。
この状況へと至ったのは少し前、所謂、ラックの過去の行動が影響している。
カストル家が“ミゲラの夫”という後継ぎを失ったのちに、ゴーズ家の当主はカストル公と偽りの姿で別人に成りすまして会っていた。
それは、カストル公の実子、ロディアの子が生まれるまでの時間稼ぎが目的であったのだ。
時は流れ、カストル公の実子の男子が産声を上げる。
前回王都へ出向いた時と同じ変装をしたラックは、ロディアの出産後の子供の性別情報を、テレポートでいち早く速報として王都のカストル家へと届けた。
その結果、カストル家からはトランザ村へ急使が出されたのであり、彼の家の当主は書簡によってラックへ、「息子への命名、メインハルト」を知らせ、同時に魔力量の検査を命じて来た。
それが、冒頭のラックの発言へと繋がってゆくのである。
「魔力量検査をするのは別に構わないけど、どうして待望の息子をこちらに置いたままにするんだろう?」
横でライガの授乳をしながら聞いていたミシュラは、その疑問に返答をする。
「あの。それはおそらく、メインハルト君を守るためですよ。安心して任せられる乳母の手配も、できてはいないのだと思います。父の考えは、『わたくしとロディアで、授乳期が終わるまでトランザ村で面倒を見させる』に切り替わったのでしょう。正確には家宰の知恵でしょうけどね」
ミシュラは知らないことだが、家宰の入れ知恵は授乳の問題だけではない。
カストル家の優秀な家宰は、過去に起きたガンダ領での「ベビーブーム」とでも言うべき状況を調べ上げていた。
彼はその調査結果から、乳幼児の死亡例が驚異の零件という点に、着目していたのだ。
これは、ラックのヒーリングでの対処と、初期の遺伝病の類は遺伝子コピーでそれを調べて治療するという行為も合わせて行っていた結果の産物なのだが、さすがのカストル家であってもそこまでのことは調査しきれてはいない。
だがしかし、だ。
王都で医師の治療がきちんと受けられる貴族家の子供であっても、十人に一人程度の割合で五歳までに死亡する子が出てくる。
特に乳幼児期にそれが集中する傾向は強い。
更に言うと、「平民階級に限定すれば、五歳までの子供の死亡率は、倍以上に跳ね上がる」のだ。
辺境であるはずのガンダ領では、平民階級の赤子の死亡率で、「異常値」と言っても過言ではない結果が実績として残っている。
対象が数としても少数ではなく、それは「偶然の結果である」とは、とても判断できるものではなかった。
つまるところ、「ガンダ家の後見を務めるゴーズ家ならば、より一層のメインハルトの安全が期待できる」と、カストル家の家宰が考えたのは、極自然なことではあったのである。
「そういうことか。まぁネリアも幼い娘を抱えていてここにいるわけだし、子育て環境としてこの館は確かに悪くはないよね」
レクイエ家の娘であるネリアは、魔道大学校を卒業して戻って来ており、フリーダ家のウォルフの遺児となる娘を出産した。
しかし、娘の魔力量は四百と低く、代官を務める最低基準の五百に届いてはいなかった。
将来、娘に入り婿を迎えてフリーダ家を存続させ、フリーダ村の代官を引き継ぐ形もとれなくはない。
だが、それには「生まれた娘がウォルフの子だ」との証明が必要になる。
ネリアは実家であるレクイエ家に戻っても待遇が良いわけでもない。
レクイエ家には彼女自身の弟が後継ぎとして存在しているし、その嫁も決まっている。
未婚でしかも娘持ちで小姑となると、彼女は実家に戻っても、良い未来は想像し辛い。
そこらの事情を全てひっくるめて、ネリアは今後の身の振り方をゴーズ家へと相談した。
結果的に彼女は過去の功績が評価され、ゴーズ家の養女という立場を確保する。
将来はティアン家のブレッドへ姉さん女房として、ゴーズ上級侯爵の養女の立場で嫁ぐことが決まったのである。
「しかし、賢者様がもたらした言葉の知識からいくと、『メインハルト』って、語呂合わせで『主役を張る』という意味でとれなくもないから思わず笑ってしまったよ。どんだけ後継ぎって決め込んでるんだって思っちゃうよね」
「そういう意図での名付けではないとは思いますけれど。人名録を見て過去の偉人の名前から被らないようにもじった辺りが真相じゃないですか? 何代か前のカストル公爵に『ラインハルト』という名もありましたわね」
そうした雑談混じりの話も終わり、翌日にはメインハルトの魔力量検査が行われた。
残念ながら現当主の魔力量を上回るまでには至らなかったが、ミゲラの元夫の魔力量を完全に超えた数値が計測された。
ロディアの子はカストル家の現当主には届かなくとも、それに近い魔力量を持って生まれることができた。
表現としてどうかとは思うが、十分に当たりの範疇に入る後継ぎである。
「わたくしはメインハルトを連れて王都に戻れば、また命を狙われる可能性が高いですし、実家が増長して横槍を入れて来ることもあり得ますの。ここに残れるのであればぜひお願いしたいですわ」
ロディアは、「自身の状況を正確に把握していた」と言える。
彼女自身の価値は、夫となったカストル公爵から見て低くなっている。
後継ぎの母親の身は、彼にとっては「必要不可欠な存在」とは言い難いからだ。
ロディアの実家は過去にやらかしていることが発端で、貴族家としての発言権はないも同然であり、他家からは鼻つまみ者として扱われている。
血縁関係がある家からですら、付き合いの断絶を突き付けられているのだから、それは相当なものだ。
公爵家へ嫁いでもおかしくない高魔力を所持していながら、ロディアが東部辺境伯家の次男へ嫁いだのはそれが理由でもある。
そして、周辺の状況は彼女がカストル家に嫁いだ後でも変化してはいない。
何故なら、カストル家の当主自身が、「ロディアの実家に、力がないことが好都合だ」と公言しているからである。
そんな状況であるにも拘らず、やらかした実績がある愚かな父は、ロディアが次期カストル公爵を産んだことで、これまでの従順で控えめな考えや態度が激変する可能性がある。
そのような事態に至れば、「公爵の逆鱗に触れるのだ」と気づかずにだ。
カストル家は待望の男子を得た。
だが、外戚として干渉して来る家は不要であるのだ。
それが唯一の利点で嫁ぐことができた身であり、下手な動きをする実家持ちの妻という立場に変化すれば、不要を通り越して害悪認定に切り替わる。
しかし、ロディアがトランザ村に息子と共に滞在を続ければ、実家は動きが鈍るであろうし、仮に何かをやらかしても、自身が王都にいなければやらかした本人が相応の報いを受けるだけで済む。
彼女的には、命を狙われるのを避けるのは勿論だが、要らない火の粉を被らないためには、実家への関与を疑われることのないトランザ村での滞在期間の延長は望ましい事柄となるのである。
「ほう。カストル公爵家は実子の後継ぎを得たのか。めでたいことだな。では奴も長生きせねばならんな」
宰相の報告に国王は大して興味もなさそうに答えた。
「先頃の公爵毒殺未遂の件で、あの家は一時的に後継ぎ不在となっておりましたからな。今の公爵も、父親との年齢差は四十以上ありましたし、大丈夫ではないですか?」
前公爵は九十過ぎまで存命であったことを考えれば、「カストル家の現当主が八十近くまで存命で当主に居座るのが不可能」とまでは言えない。
もっとも、前公爵からの当主交代自体は、前公爵が六十代の時に行われているのだけれど。
魔石の固定化に関する秘匿技術の継承は、各家に任されているが、過去に継承が途切れたことはない。
それは、客観的に見れば実は、「奇跡的なことだ」と断言できる結果ではある。
だが、当事者たちにとってはそうではない。
ここまでの長きに渡って、何事も問題がなく継承が続いてしまうと、「過去の実績から『未来が永遠に保証されている』という幻想が生まれてしまうのは、仕方がない」とも言える。
単に「危機感が欠落している」とも言えるのだけれど。
「『カストル公爵のやり口が、強引過ぎる』という不満も、一部にはあったようだが?」
「あまり褒められた方法でなかったのは事実ですな。しかし、カストル公はもしもの話をしただけであり、次期当主ではなくなるかもしれない者へは、『新たに侯爵家を興す提案を同時にしていた』と聞いています。本人が了承すれば、陛下へ話を持ってくる形になっていたでしょうな。現実はそのような結果にはなっていませんが」
現状では、「有効な証言が可能」という条件を満たす者で、尚且つ「カストル公爵の提案」なるものの、有無を含めて内容の真実を知っている人物は、その場にいたカストル家の家宰とミゲラの二人だけだ。
そしてその二人は、事実がどうであれ、カストル公爵の言を全て肯定するのは確実。
つまりは、「歴史は権力者や勝者によって作られる」という悲しい現実が、ここでも実例として再現されているだけの話である。
「不満を口にするのは、感情を抑えられなかっただけのことですな。それは『貴族としての資質に問題がない』とは言いませんが、暴発にまで至るのかどうかは別の話です。そして、あらゆる面で表立って反抗する、そんな気概を持つ家はないでしょう。よって、『戯言でガス抜きがされただけ』と流せばよろしい。そのように考えますな」
宰相の言は、逆に言えば「裏で不満から来る行動に出る者が、一定の割合で出ること」を示唆している。
だが、そのような者は結局のところ、「“ファーミルス王国の安全”が、より大げさに言うのならば、“この大陸の安全”が、何によって保たれているのか?」を理解できない愚か者でしかない。
ファーミルス王国の繁栄を支えるのは、王家を含む四つの家が抱えている秘匿技術の恩恵が大きい。
ファーミルス王国が建国されて以降。
これまでの間、周辺国も、王国内の野心がある貴族たちも、魔道具を独自に作り出す権益に食い込む夢を捨ててはいない。
彼らは王国が生み出す魔道具と同等の品を作り出すには、「最終形の『魔石を固定化している』という現象が必要」という、辿り着くべき技術の“答え”がわかっている。
それがわかっているにも拘らず、千年単位の時が経過している現在においても、代替技術が未だに開発されてはいない。
また、ファーミルス王国の王家を含む四家の持つ秘密を、探り出すことにも成功しない。
この事実はデカイのだ。
そうした事実も含めて諸々の実情が理解できない者は、暴発して自滅してくれたほうが、ファーミルス王国としては歓迎なのである。
もっとも、狂人の凶刃が王国の急所に届いてしまえば、そうも言っていられない事態に発展するのは当然であるけれども。
王家も三大公爵家も、傲慢に振舞い、時に理不尽な無茶を押し通すことはある。
しかし、それはそれが許されても仕方がない程度には、自国への、この大陸に住む全ての人々への、貢献もしているのが実情であるのだ。
だからと言って「何をしても良い」という話ではないのだけれども。
彼らは傲慢な面も持ち合わせているが、鷹揚な面だってある。
なんだかんだありながらも、「長く弱者を守っている」という事実はあるのだ。
確かに、幸運に恵まれた部分もあるだろう。
とは言え、そうでなければファーミルス王国が、こうも長く繁栄することはできなかったはずなのだから。
そんなこんなのなんやかんやで、カストル公爵が、自ら最上級機動騎士を王都から動かす許可を取っての、「贈り物満載、トランザ村への訪問行脚」という事態が発生した。
ついでにそこで内々に、将来的な話として「ミゲラとその娘、カストル家三姉妹の実母、三人の女性の身柄をどう扱うか?」が、決定されたのだが、そんなことは些細なことなのである。
公爵の主張する「この国の平穏を守るための協力を求める」という大義名分の他に、カストル家の家宰は、「機動騎士の整備を実地で学べる場に、ゴーズ家から人を出す権利」という手土産をその協力への報酬として用意していた。
端的に言えば、彼は「ラックとミシュラを、露骨に餌で釣る行為に出た」のであった。
ゴーズ家は、その持っている戦力や統治している領地規模に見合わず、自前で機動騎士を整備することができない。
現状のこの家はその部分が、弱点の一つとなっていた。
カストル家の有能な家宰は、特にラックたちから要望を出されたわけでもないのに、彼らが飛びつきたいほどの極上の報酬となるそれを察知していたのだ。
この隠し玉の提案の魅力を前にしては、二人は瞬殺即堕ち。
複雑な胸中であったはずのラックもミシュラも、即答で首を縦に振らざるを得なかった。
以前の約束事で、両家の家と家との関係は無関心、無関係が実態となる状態に戻されたはずである。
そうであるのに別の理由をこじつけては、「便宜を図れ」と言わんばかりの状況に、ラックは怒りの感情を持っている。
なんなら実は義父である公爵に軽い殺意を覚えるまであったりする。
やらないし、やれないけども!
そして、気に食わない相手二人を含む、総勢三名を領内で面倒見ることには不満しかない。
しかし。
しかしである。
それでもラックがこっそり命を救った家宰が持ち込んだ報酬の提案は、「ゴーズ家に巨大な利をもたらす」と容易に予想できてしまう。
つまるところ、心の内に秘めていた怒りも不満も、そんなものの全てをを吹き飛ばす勢いを、ソレは持っていたのであった。
情けは人の為ならず。
ミシュラに頼まれて行った、ラックのカストル家の家宰への治療行為。
それは、結果として「ゴーズ家に容易には手に入らない報酬が提示される」という結末を生み出したのである。
こうして、ラックはカストル家の家宰が用意した餌にまんまと釣られて、アウド村へ三人の女性を押し込める話を進めてしまった。
形式上、カストル家三姉妹全員を娶る結果へと一歩近づいたゴーズ領の領主様。「結果的に姉妹の序列が完全に逆転するなんて、もう笑うしかない」と呟く超能力者。「新婚当初の僕もミシュラも、今のこの状況は想像さえしなかったなぁ」と、独り言がこぼれ落ちるラックなのであった。
次話から新展開となります。




